国内トレラン界最大のイベントUTMFが今日スタートします。昔は人間が走れる限界が42.195kmだと聞きましたが、その4倍の距離を数千人が不眠不休で走ります。山岳レースの過酷さに加え、低体温症と熱中症のリスクを伴うレースに多くのFB友達が参加することに改めて驚かされます。エクストリームスポーツは人類史で前例がないくらい短期間で人間のパフォーマンスを大幅に向上させ、限界を完全に書き換えました。若手アスリートに有利なスピードレースとは異なり、中年以降の選手に勝機があることにも魅せられます。重要なのはエネルギー産生で、炎症を抑え回復を早める日頃の食事やレース中のエネルギー補給の方法こそが最高の武器になります。肉体を酷使しない現代社会において、人体の限界を変える革命の場はエクストリームスポーツをおいて他にはないのでしょう。
楽観的なミニマリストの暮らし
住宅を紹介するYouTubeを見ますが、マイクロアパートメントと呼ばれる狭小住宅を扱うNEVER TOO SMALLやThe Local Projectが好きです。小さな空間を暖かくて潤いのある暮らしに変えるセンスの良さが参考になります。1cmでも広さを求めた結果、すし詰め状態で立ち並ぶ建売住宅やワンルームマンションに破壊されていく街の景観を見ると、日本人は祖先が持っていたミニマルな暮らしに無限の可能性を見出す感覚を取り戻すべきだと思います。自動車としての必要最小限の機能を形にして、40年以上一度もモデルチェンジすることなく製造されたBMCミニのような住宅です。物量や広さを求めれば際限がなく、どこまでそぎ落とせるかによって自分に必要で大切なものがわかり、そこに本質が宿るのでしょう。ミニマリストの暮らしは失うものが少なく楽観的に生きられそうです。
現代のヒトラー
「アメリカが最も恐れた男”プーチン”」を見ました。共同アパートで育った凡庸な少年が、冷酷非情で傍若無人な怪物となりマフィア国家のボスに上り詰める物語は、歴史で知るヒトラーと重なります。KGBでは人間の弱さにつけ入る方法、人を操る方法、相手の心の内側に入り込む方法を学んだものの、スパイとしては凡庸で東ドイツの崩壊を目撃し、超大国と信じて身を投じた国の消滅に幻滅したあたりも同じです。東ドイツから帰国してしばらくタクシーの運転手をした後、サンクトペテルブルクに住む元KGBという理由だけで、業績がないまま副市長になった幸運も似ています。運と野心と謀略でその地位につき、若さと強さを前面に押し出した強面のタフガイとして、自信を失った国民に熱狂的に支持されるあたりもヒトラーを彷彿とさせ、今が大戦前夜でないことを願うばかりです。
商品は他者とのコミュニケーションツール
年度初めのためか電車に乗る人の数が以前の水準に戻りつつあるようです。オフィスを廃止するなどの過激なトレンドもひと段落して、元のワークスタイルに戻るのだとすると安心すると同時に少し残念な気がします。オフィスの在り方は働き方そのものですが、平均的な日本企業の労働環境は幸せには見えません。海外の企業のミーティングには、つい手が伸びてしまいそうな魅力的なドーナッツが置かれたりして雰囲気が和らぎますが、日本なら事務的な会議室でどこが上座かを気にする堅苦しさがあります。すべての商品は他者とのコミュニケーションツールであり、すべてのビジネスはヒューマンビジネスなのに、組織人は良い人間関係よりも上下関係に執着します。人間が真に充実した気持ちになれるのは人との関わりにおいてのみであり、その媒介となるのが自分の売っている商品なのでしょう。
自然とともに暮らす
桜が散ると芽吹きが一気に始まり生命の息吹を感じます。猫の額ほどのハーブガーデンでも小さな花が咲き始め、副交感神経を高めて心を静めます。花を見る余裕がなくなるとそこから怒りが生まれますが、無味乾燥な部屋でも一輪の花を活けるだけでエネルギーを高めるパワースポットになります。花や緑に囲まれて生活する人は7年長生きとか、ナイキの同じ靴が花の香りのする部屋では8割多く売れるといった調査もあり、ネアンデルタール人の化石の傍には添えられた花の化石が見つかっています。植物を配置し、視界の10~15%に緑が入り込むオフィスでは集中力や発想力が向上すると言います。以前よく仕事をしていたカフェも街路樹が美しく見える店で、人は自然の風景に引き寄せられます。場所を選ばない働き方が拡大するなら人はもっと自然とともに暮らすようになるのでしょう。
緑地が都市への評価を変える
昨日は2014年に竣工した大手町タワーに行きました。敷地の3分の1を占める人工の森は、年々朽ちていく建物とは対照的に訪れるたびに成長し本物に近づきます。起伏のある地形に木々の疎密、樹齢の異なる木、多様な種の混交の要素を取り入れ、約200本の木は形の整った園芸用ではなく、関東近郊の山から選ばれた自然の樹木です。自然の偉大さは、時とともに生物多様性が高まることです。施工時の樹木・地被類は100種ほどでしたが、1年半後には300種に増え、国や都のレッドリストに記載される希少種も含まれます。数種の鳥類が定着し、渡り鳥も立ち寄り、皇居から飛来するトンボも見られます。日本中のつまらない公園が、ヒートアイランド現象の緩和や局地的豪雨の際の保水機能を持ち、何より人間に安らぎを与える緑地に変わるなら、都市への評価も変わって行くのでしょう。
穏やかな感覚の魅力
昨日は青山に行きました。黒塗りの社用高級車集積地帯の大手町とは異なりベントレーやマイバッハといった趣味性の高い車を見かけます。美しく磨かれた車に昔は目を奪われましたが、8年連れ添ったフィアットと、歳月とともに朽ちていくとも年輪を重ねていくとも言い難い穏やかな感覚ほどには魅力を感じません。ホテルやレストランも同様で、訳知り顔の評論家の多くはラグジュアリーブランドを信奉し木を見て森を見ない議論に終始します。彼らがよく口にする常套句は「この値段は決して高くない」で、貨幣経済の枠組みのなかで幸せを語ろうとします。一定額を超えると所得と生活満足度が正の相関を持たないことは世界の調査で分かっています。過度な贅沢は当たり前の日常に敬意を払わなくなり、常に目減りしていく恐怖、新たに作りだされた執着にさいなまれると思います。
脅しに動じないフィンランド
中立を守ってきたフィンランドとスウェーデンがNATO加盟を議論するなか、フィンランドと接する1,300kmの国境にロシアが軍を移動させているようです。大国の威嚇に対する、フィンランドの女性リーダーの言動が注目されます。34歳で国家指導者となったサンナ・ミレッラ・マリン首相はロシアの脅しに動ぜず、「フィンランドの地下数メートルには20万人のロシア人が埋葬されている。どうぞやってきて祖先らにつきそってください。」と言い返したと伝えられます。国防を語れば反社勢力を意味する右翼呼ばわりされるこの国の異常さが変わるなら、不幸な戦争にも多少の意味があるのかもしれません。自分の欲望追求しか興味のない堕落や、自分の健康さえ人に依存する無知から脱却して国境線を守ることなしに平穏な暮らしは続かないのでしょう。
Reを繰り返す倒錯
平年であれば旅行市場が活況を呈するゴールデンウイークが近づきます。人体は体力消耗と回復を繰り返し、休日のない労働が身体に悪影響を及ぼすために、人は自然の元やリゾート地を訪れます。リゾートの語源はフランス語のRe +sortir(再び出かける)とされますが、個人的には本来の自分に並び替えるRe +sortの方がしっくりします。隔絶された小規模な宿泊業態を示すリトリートの語源はRetreatmentで元に戻すための避難所や隠れ家を意味します。レストランの語源のRestaurerも修復や復元を意味し、RestもRecreationもRelaxationも本来の自分に戻すという意味合いにおいて共通します。労働と休息は原始の時代から人体が持つリズムでありReは元に戻す機能を果たしますが、問題は本来の自分を見失うようなReを日常的に繰り返す現代の倒錯した生活にあるのかもしれません。
身体が発する本音
魚や大豆食品を日本のように入手できない英国にいる娘は、1日1食生活をしているようで日本の漬物が食べたいと言います。今でこそ一日1、2食生活ですが、その年代の頃は4、5回食べていたことを思うと、食べ方が人体に及ぼす影響が判明するには長い時間が必要です。他方で、内なる自分の欲求に従うのであれば、現代栄養学の常識は忘れても不都合ないと思います。食べたものが体に良いか悪いかは人によって状況によって異なり、食べた後の気分、体調、便、体力などを見ればその良否は明らかです。お腹が空いたときに食べたいものを食べることが基本ですが、現代の食事はいたるところに中毒の罠が仕掛けられていて、内なる自分の声は商業主義の雑音にかき消されます。食べたいものが栄養価の低いジャンクフードであっても、5回に一度ぐらいは許す息抜きは必要かもしれません。以前ストレスから5日間何も食べられなくなった後、強烈に食べたいと思ったのはごはんと漬物でしたが、恐らくそれは身体が発する本音だと思います。