中流的凡庸さの代表格などと悪態をつき、東京では入ることのないスターバックスですが、長野県にいるときはWi-Fi接続に重宝します。来店客の車のナンバーも観察するようで、開店時刻に来てパソコンを開く普段見慣れぬ東京ナンバーの客という情報から組み立てる会話は自然です。教育のたまものなのか優秀人材を吸引できるのか、厳しい業界で生き残る鍵は人次第だと思わせます。単に人柄がいいとか、接客が好きという次元を超えて、中核客層との心理的絆を重視することが魅力的な空間を作ります。ドライブスルーにより持ち帰り比率を高め、他方で客席はゆったりと感じさせながらも賑わいがあり、適度にスタイリッシュでリラックスさせます。コモディティと自己顕示欲の矛盾をはぐらかし、取り替え可能な個性によるサードプレイスという幻想をまとうスターバックスの価値は結局、勉強・仕事モードに入りやすいことでしょう。
出すより燃やす
昨日は新月でした。人体は月齢の影響を受けこの時期は解毒など体の浄化が進むとされます。新月の断食はデトックスに効果的ですが、食欲があり気が乗らず、食物繊維豊富なキノコ汁と赤飯により排泄力を高め腸内の有害物質を出すことにしました。デトックスは出すことに注意が向きますが、最も効果的なのは体内の老廃物や毒素を脂肪もろとも燃焼させる方法だと思います。空腹時の運動は最初にグリコーゲンが使われますが、就寝中の基礎代謝ですでに大半が消費され、次に脂肪が燃焼されます。燃料が脂肪に変わるときミトコンドリアの活動が高まり、運動強度を上げると体脂肪の燃焼システムは極限まで研ぎすまされ、最後には老廃物や毒素まで燃やします。ミトコンドリアの活性化で身体が若返り、同時にデトックスも進むという究極の健康法が、食べずに運動という安上がりな方法であることは盲点なのでしょう。
駄作が幸せ
人の気分なんて簡単に変わるもので、他人の一言で気分を害することもあれば、ほんの小さな出来事で一日が幸せになることもあります。昨日の朝も車を運転中に、先代のフィアットパンダと交差点ですれ違っただけなのに、そんな些細な出来事一つで幸せモードに入ります。不可解なのが、ムルティプラをはじめ、醜いデザインを作らせたら右に出るメーカーのないフィアットにあって、史上最凶の駄作で買う人の気が知れないと思っていた二代目パンダだからです。どうしたことか、それがとても幸せそうに見えるのです。ジウジアーロの代表作である初代の跡取りとはとても思えないデザインの悲惨さが、訳知り顔で重箱の隅をつつく総評論家時代の消費社会に疲れた人間から見ると、こだわりや執着が無く、完璧とは無縁の存在ゆえに、肩ひじ張らずに乗れる自然で幸せな関係に見えるのかもしれません。
不健康の無限スパイラル
東京の家に戻ると、食欲の正体は都市生活につきものの甘美な誘惑であることが分かります。地獄からの使者としか思えない恐怖の食べ物についつい手が伸びます。小麦粉やレクチン、砂糖を排除するはずだった固い誓いなど、今や悪魔の食べ物にしか見えないおいしそうなパンの前ではもろくも崩れます。健康的な食生活を送るためには都会的な消費社会から自分を隔離する必要があると思います。食べた直後に大量のドーパミンによる多幸感が脳に広がり、異様な空腹感が加速されます。おそらく血糖値が暴騰しているはずで大量分泌されたインスリンにより、3時間後には運動をしていれば低血糖か、あるいは不自然な空腹感を覚えることを予測できるのは以前との違いです。ここでガムでも口にして正気を取り戻さなければ、食べることで空腹が加速される不健康の無限スパイラルへ落ちて行きます。3食きちんと食べなさいという教義こそ、不健康な食生活を呼び込む呪いに聞こえます。
歪められた自動車観
何かの間違いで買うかもしれない存在としてクラウンは気になります。40年間国産車を避けて来たのは、トヨタのコロナがBMW3シリーズとの比較で常に酷評されてきたように、思春期の頃の国産車が外国勢の後塵を拝してきたからです。そうして形成された自動車=左ハンドルという欧米崇拝の自動車観が消し難く根底にあるのでしょう。レンジローバーや911、ロータスエスプリといった孤高の存在、ミニデトマソへの愛着、フィアット131レーシングへの憧れなどです。しかし21世紀にはそんなエッジの効いた車は絶滅し、国産車を毛嫌いする理由はなくなりました。大型のアウディと競合しそうなクロスオーバー、7シリーズを思わせるセダン、シューティングブレークの客を奪いそうなエステート、カイエンと真っ向勝負のスポーツと、強敵ドイツ車4社を相手に、今や最もエッジの効いた独特の乗り味を持つクラウン一台で挑むトヨタを応援したい気になります。
山に登るに限る
美しい三日月が空に浮かぶ時間から山に登り始めると、静まり返った神秘的な森を体感できます。稜線に出ると、雲海に浮かぶ神々しい山々を眺められるのもこの時間ならではです。何もせずに山を眺める、自分ひとりの山頂で過ごす時間が好きです。生活のなかに幸せを感じる自由な時間があれば、我欲を抑えることができるのでしょう。家には安全で快適な寝床があり、好きなときに好きなものを食べ、早朝でも深夜でも好きな時間に風呂に入り、遠くへ行きたいなら自動車があり、その点において年収1億の人も百万円の人も大きな違いはありません。現代人の暮らしは中世の王侯貴族以上の生活を極めて安価で手軽に実現しますが、それでも人々が少欲知足の訓えに背くのは、お金への欲望があまりに強く、常に不足を煽るメディアによる思い込みがあるからです。稼ぐほどに生活が乱れ、執着と不安ばかりが増える下界の垢を落とすには、山に登るに限ります。
出すまでが食事
ぬか漬けを食事に取り入れてから起きる体調変化は便の状況が良好になることです。食事はSNSの人気コンテンツですが、出すまでが食事と考える人などいません。世間では食べる快楽ばかりを追求しますが、同様に出す時も快感であり、食生活の豊かさは入りと出によって決めるべきだと思います。人体は長い消化管ですから入ったものが出るのは道理で、食べる話だけをするのは片手落ちでしょう。美食というのは一種の偏食ですから、消化器系をはじめ不調を抱える人も少なくありません。美味しいものを食べても、食べ過ぎて食後に気分を害して後悔するようではせっかくの食事が台無しでしょう。一方で快便は、体が浄化されたような爽快さが続きます。お腹さえすいていればどんな食事でも美味しく、ぬか漬けが似合う粗食は食べ過ぎることがないので、食べ終わった後も満たされた余韻が残ります。
食事の良し悪しを可視化する
昨日は八ヶ岳の西岳、権現岳、編笠山に登りました。3つのピークをラウンドするには一度登山口付近の標高まで下り、最後に編笠山を登り返し累積標高は2,600mほどです。山ではいつも無補給ノンストップで、後半のスピードは低下しますが、補給せずに運動強度を上げるのは人体の特技である飢餓対応能力を引き出すのに有効です。体内の老廃物や有害物質までもがエネルギーとして燃やされ、ミトコンドリアはエネルギー産生を最大化します。山頂付近の風が強い昨日は煩わしい羽虫に悩まされることもなく、山頂の絶景を独占できる贅沢は何物にも勝ります。少しペースを上げれば6時間を切る時間で戻れるのですが、スタミナと筋肉が不足しており、このルートのコースタイムは自分の体調を可視化するバロメーターになります。食事の良し悪しは身体が発揮するパフォーマンスによって判定すべきでしょう。
オフィスとカフェの親和性
諏訪湖に近いスターバックスによく行きますが、客のまばらな開店早々はスタッフの私語が気になります。クレームになりやすい私語を禁じる企業も多いのですが、おそらくスターバックスではライブ感やフレンドリーな演出に奨励していると思います。静か過ぎる図書館は能率が上がらないのにカフェが仕事に適するのは、程よい雑音にあるとされます。適度な雑音は集中しやすく、カフェで仕事をするミュージシャンや作家も少なくありません。風景の異なる場所に移動するとニューロンが活性化し脳がリフレッシュします。建築家のジェフリー・バワは事務所の裏に小さなカフェを作り、スタッフがくつろぎ、友人をもてなす場に使ったと言います。以前訪れた海外の企業も、古い消防署を改装したオフィスの1階に洒落たカフェを併設し街に開放していました。オフィスとカフェの親和性は高いと思うのですが、日本企業で見かける例はわずかです。
家の食事に満たされない?
妙にぬか漬けにはまり、毎日の食卓に上がるようになりました。日々変化するぬか床の様子を観察し、味見をしていると塩加減や足しぬか、温度調節と発酵スピードの関係が分かってきます。ぬか漬け一皿が増えただけなのに食事の満足度は大いに向上しました。画家は一般人に比べ絵を見るときに幸せになり、演奏家が音楽を聴くとき幸福なように、食事で幸せになるには調理をすることだと思います。料理の仕込みをしていると、次の食事への熱量が上がり、普段より美味しく感じます。外食をするモチベーションが起きないのは、日常の食事に満足してしまい、ここから先得られるであろう美味しさのために、エクストラコストを払い、わざわざ外出してアウェイの環境で食べることに気が進まないからです。外食サービスが発達する日本はエンゲル係数の高い先進国とされますが、家の食事に満たされないことの裏返しなのかもしれません。