最新情報

Information

昔は品質が高かった

昨日は天丼専門店、日本橋天丼金子半之助の日本橋本店に行きました。国内21店舗(内FC3店)米国5店舗、台湾2店舗の本店にしては日本橋の裏通りの分かりにくい場所にあり、1階にカウンター6席、2階にテーブル14席の小さな店です。総板長金子真也氏の祖父で明治38年創立、唯一の天ぷら専門の日本料理職業紹介事業一心会の二代目会長の名を冠した店は、伝統を装いながらベンチャー企業が運営します。穴子、海老2本、烏賊、半熟玉子、野菜を合わせた豪快な天丼に、門外不出の江戸前の丼たれがかけられ、丼鉢は底に空洞を施し保温効果を持つ有田焼を使用します。老舗イメージのある日本橋にあって、1,330円という比較的リーズナブルな価格によりアイドルタイムでも行列ができます。トレンドが移り変わる洋食に対して、戦前の庶民に愛された生粋の江戸前天丼というノスタルジーに訴えかけるのは、昔は品質が高かったという信念が今も残るからかもしれません。

車好きならでは

昨日は黒磯でスタッドレスタイヤに交換しました。フィアットのタイヤサイズは175/65R15と比較的小ぶりですが、東京や長野の量販店より2万円以上安く買えるのは、ブリヂストンの主力工場である栃木工場、那須工場、テストコースであるプルービンググラウンドがこの地区に集中しているからだと思います。2013年にVRXが発売されて以降は、スタッドレスタイヤであることを意識する必要がなくなり、年間を通して使用しています。サマータイヤと比較して静粛性、燃費性能も変わらず、乗り心地はむしろ良く、ドライの高速走行でレーンチェンジをしても昔のスタドレスのようなふらつきもなく、2シーズン4万km以上走っていますが著しいグリップの劣化は見られません。タイヤは路面状況を伝える重要なインターフェースで身体感覚に繊細な情報を伝えます。数年前に90歳近い父を乗せたとき、乗るなりタイヤを交換したのかと言ったのは、車好きならではです。

フルタイムの終焉

「ゆるミニマリスト」や「シンプリスト」といったシンプルライフを送る動きは若い女性を中心に人気です。不安な経済情勢を反映して、節約や生活防衛のサバイバル的要素、日本発の「断捨離」や「こんまりメソッド」といったお片付けブームも加わり、物質主義的な生き方に対する反動は大きなうねりになっています。さらにスピリチュアルな要素が加わると、極限まで「減らす」ことが目的化する脱消費原理主義的な傾向も現れます。この背景には、リンダ・グラットンが近著で主張したように、コロナ禍によってわれわれが、仕事のあり方、生活のあり方を見直す絶好のチャンスを手にしていることがあると思います。生活や仕事における時間と場所の柔軟性が増したことは、フルタイムの教育、フルタイムの仕事、フルタイムの引退という時代遅れの生き方の終焉を意味するのかもしれません。

自給自足しかない?

農業経済学者の鈴木宣弘氏の書いた「世界で最初に飢えるのは日本」を読みました。ウクライナ北東部ハルキウにある世界最大級の種子バンクが、ロシア軍の攻撃によって損害を受けたことは、イラク侵攻時になぜか種子バンクが破壊されたことを思い出させます。アメリカは貿易相手国の農業を駆逐するために貿易自由化を強要し、自国の補助金漬け農産物で世界を支配する方法が一番安上がりであることを知っています。かつては自民党の大票田だった農家が年々その力を削がれ、穀物メジャーは全農を買収するために協同組合の株式会社化を要求して来たと言います。戦後学校給食をパン化させ、日本で売られるほとんどの食パンからは発がん性のあるグリホサートが検出されています。バイオメジャーの種と農薬を買わなければ農業ができないという悪夢から逃れる方法は、自給自足しかないのかもしれません。

プチ移住先、白河

週末に白河に行き古民家を買いました。日記によると新甲子温泉の旅館の売買契約をしたのも奇しくも6年前の同じ日でした。戊辰戦争のときにはすでに建っていたという母屋はいずれ改装する予定で、当初は賃貸用のコテージと土蔵を修復したサウナを建築予定です。白河最強のパワースポットとされる鹿嶋神社に近く、敷地は名工小松寅吉が彫った狛犬のある八雲神社に隣接します。大量の土器が出土し、弥生時代後期の集落遺跡のある天王山の麓にあり、白河小峰城以前にあった山城の結城白川城跡も至近です。千年以上に渡り奥州の玄関口として栄えた歴史が今も息づく白河は、自宅のある東京西南部からも意外に近く、年々高速化が進む新4号国道による時間距離は、山梨県の小淵沢に国道20号線で行くより短時間です。農作物が豊富で自然にも恵まれる白河は、プチ移住先としても有力な選択肢です。

よすがとしての神社

昨日は白河に行き、中心部から車で10分ほどの新地山羽黒神社に行きました。羽黒神社の本殿は天正年間に拡張された山城跡の山頂に祀られ、標高393.2mの四等三角点峰でもあります。麓の参道入口には白河藩主松平定信の歌碑があり、それを囲む石柵は石工小松寅吉が彫ったものとして知られ、石の扉を支える狛犬が逆立ちしていることが印象的です。神社を示すサインも訪れる人もいない静かな里山に登ると、地場エネルギーの高い自然の巨石を中心に祭祀場が作られた、神社様式の原型ができ上がる以前の縄文時代の祭祀のあり方に思いを馳せます。都会の神社が神の降臨する神聖な場所としての痕跡を消されているのに対して、自然に恵まれる地方都市に人知れず埋もれている神社には、イヤシロチらしいリアリティーを感じます。今のように混迷を深める時代こそ、日本人にはよすがとしての神社が必要だと思います。

畏怖の対象からパイクカーへ

近所の建売住宅には家とは不釣り合いなベントレーやポルシェが置かれるのですが、最近そこに真新しいランボルギーニが加わりました。この奇妙な光景はおそらく日本固有のものだと思います。風呂なし四畳半に住んでフェラーリに乗るといったライフスタイルが、かつて話題になりましたが、自動車は今でも消費財の王様なのかもしれません。何を見ても羨望のまなざしを向けた子供時代に見たランボルギーニは、路上に降臨した畏怖の対象でしたが、今やオーラのないパイクカーに見えます。産業が隠したい真実は、たとえそれが高嶺の花のスーパーカーだとしても、その人が最初に乗った原初の体験を超えることができないことです。原付であれ軽自動車であれ、初めて原動機の力で風を切って走ったあの日以上の感動を伝えることは不可能です。豊かさを手にした消費者は、消費によって昔のようにワクワクすることはないのでしょう。

幸せの感度を取り戻す時代

世界情勢が不安定化するなか、米国経済をけん引してきたGAFAの大量レイオフが伝えられ、欧州諸国ではインフレ率が過去最高になります。長年インフレと無縁だった日本でも7年ぶりにインフレターゲットを超えますが、賃金は上がらないままです。加えてコロナ禍の大型財政支援は雇用を守る反面、惰性的な経営を温存します。増税懸念など、われわれが明るい未来を描けない理由は、従来の発想に囚われているからだと思います。世界で最初に超高齢社会を迎え、今後80年ほどかけて、明治維新による急激な発展以前の人口に戻っていく日本は、世界に先んじて新しい生き方を示す必要がありそうです。不安定な世相は、お金に縛られる人生から離れるチャンスを与えてくれたように感じます。お金が支配する外部世界に心を奪われ、自ら落としてきた幸せの感度を取り戻す時代が到来したのかもしれません。

生活の知恵が詰まった昔の暮らし

地下にある自宅の浴室は、在来工法による檜風呂です。唯一贅沢をした檜風呂にはメリットが多く、お湯が柔らかく、リラックスできる感覚があります。保温性が高く翌日入っても冷たくありません。意外なのはお湯が汚れないことです。数日間お湯を替えずに入り続けてもユニットバスの浴槽と違い、見た目も匂いも劣化が見られないことです。雑菌は増えているのでしょうが、木の浴槽にはお湯を浄化する力があるようです。一方でデメリットは、木材が水を吸うと膨張し、乾燥すると収縮する性質から割れ目が生じ、内部の腐敗やカビが増殖する可能性があることです。しかし2年半使った印象では神経質になる必要はなさそうです。伝統的な木材の風呂が偉大なら、普段食べているぬか漬けも偉大で、先祖が蓄積して来た生活の知恵が詰まった昔の暮らしを、現代人は取り入れるべきだと思います。

暮らしを豊かにする地方都市

先日白河に行った折、関山(せきさん618.5m)に登りました。登山口から山頂までの累積標高差は270mほどしかありませんが、中心部からわずか数kmの市街地に山があることは地方都市の魅力です。旅館の近くには2,000m級の山が控えていたこともあり、毎日のように白河に行っていたのにこの里山に登ったのは初めてです。千年以上に渡り奥州の玄関口として要衝の地であった白河には、今も至る所に歴史が息づきます。山頂には730年(天平2年)に聖武天皇の勅願寺として開かれた古刹、成就山光明院満願寺があり、撞くことのできる銅鐘は1664年(寛文4年)に鋳造された国の重要美術品です。白河の関を訪れたあとに、松尾芭蕉が登ったとされる山頂からは、那須連峰や甲子連山を望むことができます。自然や歴史を身近に感じることができる地方都市は、日々の暮らしを豊かにしてくれると感じます。

Translate »