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415kmより遠くまで走れる?

TJARに魅了されるのは、山岳レースが、自分がする唯一のスポーツというだけではありません。人体の可能性探求を通じて文明や近代科学の常識を問い直すのに、これほど適した実験はないと思うからです。日本を縦断する5万Kcalもの途方もないエネルギーがどこから来たかが解明されると、人間ははるかに少ない食糧で生きられるという、常識を覆す知見が得られるかもしれません。100マイルの山岳レースにおけるランナーの腸内細菌叢の研究は海外が先行しますが、荒天のためスタートから31時間後に中止となった昨年のTJARでも9名の選手を対象に順天堂大学が調査をしました。身体活動量が非常に高い状態では、免疫機能にとって重要な酪酸産生菌が減少し体調に悪影響を及ぼした可能性が指摘されます。酪酸産生菌の減少を防ぐための食品摂取により肉体疲労や体調不良を予防できるなら、人間はもっと遠くまで走れる可能性があり、今年の研究成果が待たれます。

ファインプレイではなく葛藤

季節の終わりに寂しさを感じるのは夏だけでしょう。TJAR (Trans Japan Alps Race)ロスもあって、すっかり夏が終わった気分です。賞金の出ないレースに参加費33,000円を払い平均年齢40歳の30人だけがスタートラインに立てる2年に一度の祭典は、人間が挑戦しうる最も過酷な試練でしょう。サラリーマンが取得可能な1週間の夏休みで、日本海から3,000m級の連なる日本アルプスを越えて太平洋まで自分の足で踏破するというロマンあふれる旅は、2002年に4人が始めた草レースから20年が過ぎ、2012年にNHKスペシャルで放送されたことをきっかけに今や世界最長のトレイルレースとして知られます。想像を絶する過酷さに加え、ルール変更により山小屋での食料調達や例外的に認めていた一ノ瀬チェックポイントでの差し入れも禁止され登山の原点に戻るというストイックさこそ人気の源でしょう。人々を熱狂させるのはファインプレイではなく、背後に秘められた人間的な葛藤のドラマだと思います。

サイエンスとスピリチュアリティー

ジョー・ディスペンザ氏の著書「あなたはプラシーボ 思考を物質に変える」を読みました。近著「超自然になる」同様500ページを超える大作ということもありますが、片手間に読むべき本ではないと思いしばらく積読になっていました。私たちは過度の思い込みに感情を支配され、その点においてパブロフの犬たちと同じです。条件付けにより人体は生理的変化を起こし、時空を超えた量子場において、意識とエネルギーが、われわれが現実だと信じる物質世界を作り出すと言います。全てのものに形を与えるのは意識であるとする結論に納得するのは、北アルプスでの不思議な経験があったからです。すれ違った登山者が使っていたミント系の虫よけの香りが数日経っても香るのです。そこにあるはずのない匂いを感じるのは化学物質を自分の脳が作り出したことになり、サイエンスとスピリチュアリティーの融合は魅力的な命題です。

本来の故郷に帰るため

「人はなぜ山に登るのか」の答えは登山スタイルの数だけあると思います。「なぜならそこにエベレストがあるからだ」と登山家のジョージ・リー・マロリーが言ったのはユーモアでしょうが、戦時下の航空機エンジン技術者から転じて雲ノ平山荘を創業した伊藤正一氏は「背後に社会があるからだ」と言いました。山に登る理由は主に5つあると思います。絶景との出会いなどの爽快さ、スリルや刺激を満たす冒険心、魅力的な人たちとの出会いや連帯感、心身を鍛錬し挑戦する達成感や自己肯定感、そして無心になり内なる声に従う心の平穏だと思います。夜の7時には静まり返り、朝3時前には活動が始まる山での生活は人間本来の姿だと思います。天候に感謝し、自分が背負える範囲で生活する全てが有難く、絶景と引き換えに大自然のなかで弱さと向き合い、デジタルデバイスから離れ、まさに人間本来の故郷に帰ることが山に登る理由でしょう。

早く帰りたいのが良い旅行

夏休みの旅行は楽しいものですが、帰る日が近づくと日常生活に引き戻され最後の夜がたとえ豪華な宿だとしても寂しくなります。一方、山での不便を強いられる旅は、早く家に帰り風呂に入り、生鮮食品を食べる日常に戻りたいので、旅の後半もテンションを維持できます。荷物を減らすには山小屋泊まりが有利ですが、薄い布地一枚を通して自然と向き合うテントは、突風に煽られ、ときには浸水し不安や不快を味わう反面、大地で眠る言い知れぬ開放感があります。テントをたたく雨音に心が落ち着くのは、偉大な布地に守られるシェルター内が実は天国だからでしょう。旅とは本来、過酷な自然と向き合うものですが、肉体を使わず快適に旅するためにお金を払い、一方で旅からは身体感覚が消えていきます。旅行から戻り束の間の夢から覚めるより、日常生活の偉大さに気づく旅は、支払った金額とは逆に幸せが続くのでしょう。

栄養失調にならない程度がグルメ

北アルプスから戻って以来、強い空腹を感じるようになりました。4日連続の高負荷の運動により身体は新たな一面を見せます。荷物を背負い15kmから20kmの登山道を歩くと4,000kcalほどのエネルギーを消費し、食事は一日一食ですから800kcal程度に留まります。足りないエネルギーと基礎代謝は、1gで9kcalを生み出す脂質などから体内で産生されたはずです。栄養学が推奨するエネルギー摂取量はケトン体を作る脂肪酸回路を考慮せず、エネルギーを消費しない都市生活者にとっては過大だと思います。テント場での夕食は時間をかけて食べますがいつまでも食欲が消えず、普段なら手にしない山小屋で売られる不健康そうな菓子でもエネルギーを補給したい衝動に駆られます。この状態が本来の空腹であり、いかなる食べ物であれ美味しく有難く幸せです。栄養失調にならない程度のカロリー制限と高負荷の運動が、健康と食の喜びを最大化するのでしょう。

必要なのは筋力と直感力

北アルプスでは魅力的な人々と出会い力を貰いました。強く印象に残るのは、登山界最高の栄誉とされるピオレドール賞を日本人最多受賞する世界的なアルピニストの平出和也氏です。氏と山で会うのは3度目で、最初は2018年のTJARの南アルプスで、二度目は翌2019年に同じ南アルプスで会い、今回の北アルプスは三度目です。早朝の北ノ俣岳山頂で選手の通過を待つ平出氏を見かけ、話をさせていただきました。K2挑戦の話が印象深く、コロナの影響により世界最高峰から離れたために、肉体のトレーニングはしていても、山との距離感を取り戻す時間が必要という話は示唆に富みます。限界状況では瞬間的に感じるインスピレーションが生死を分けるはずです。氏の肉体の美しさは並ぶものがありませんが、山で生き残るためには筋力を鍛えるように直感力を研ぎ澄ます必要があるのでしょう。

大倉喜八郎的贅沢さ

わが家の夏の最大イベントである北アルプス登山から戻りました。とは言え、登山口までは一般道で燃費の良いフィアットでアクセスし、キャンプ地の宿泊料は一人千円から二千円ですので、3泊して食費を含めても一人の出費はせいぜい1万円です。キャンプ道具があることは前提ですが、手付かずの雄大な自然の感動を存分に味わった対価の割にお金はかかりません。かつて、大倉財閥を築いた大倉喜八郎が89歳だった1926年に、南アルプスの自社所有地にある赤石岳(3,121m)に200人を従えた大名登山をした話は有名です。風呂桶をはじめ畳や寝台、シャンパンまで担ぎ上げ、道中では豆腐を作り、往復に使った草鞋は7,000足とされます。詰まる所お金のかかるレジャーとは、大倉喜八郎的な贅沢さを手に入れようとするからかもしれません。昨今の元気な89歳は、赤石岳なら自力で登るでしょうし、山上で家の風呂に憧れるから幸せが長く続くのだと思います。

人の能力を超える秘儀

世界一過酷な山岳レースTJAR(Trans Japan Alps Race)415kmを制した土井選手が、もはや超人的という月並みな表現では足りない記録で静岡県の大浜海岸にゴールしました。更新は不可能と思われていた5日切りの絶対王者の記録を縮める4日間17時間33分の偉業です。人間は疲労と回復のプロセスを繰り返しますが、回復を許さないほど過酷な5万Kcalもの途方もないエネルギー消費は、通常の人体なら生存は不可能に思えます。人類の歴史において前例がないほど短期間で人間のパフォーマンスが向上するのは、エクストリームスポーツがスポーツでありながらルールに守られず、スポーツの本質である人体の限界への挑戦という原初的な姿を留めるからだと思います。千数百年の歴史でわずかな達成者しかいない千日回峰行において、命がけの修行者が神を垣間見て人の能力を超える秘儀を身につけるように、極限のパフォーマンスが加速度的に向上する可能性を秘めているのかもしれません。

時代を変えるのは異端の存在

昨日は北アルプスの最奥部、標高2,600mに広がりアプローチの遠さから最後の秘境と呼ばれる雲ノ平に行きました。雲ノ平のもう一つのハイライトは雲ノ平山荘でしょう。日本の宿泊業界にあって、最も遅れているのは山小屋だと思います。国立公園内の宿泊施設を内務省が管理する米国のような体制がなく、ある種の放任主義的な運営方針が古くからの山小屋の経営スタイルを生み出したとも言えます。雲ノ平山荘は、山小屋に滞在しなければ生まれない時間の価値をテーマに、人々が創造性を持って自然と向き合える場所を追求しています。それは創業者が航空工学の若き研究者であり、敗戦により夢破れた人だからだと思います。美味しくて栄養がある手作りの料理はもちろん、山小屋とは思えない居住空間には、デジタル音源より豊かな音色を聞かせるレコードプレーヤー、オーディオ機器の機械美とマッチしたラックにまでこだわります。時代を変えるのは異端の存在なのでしょう。

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