北アルプスでは雲ノ平山荘とテントに宿泊しましたが一長一短です。結論から言えば、山小屋が自然と建築物の幸せな関係を作れるどうか、その場所でしか味わえない時間の過ごし方の提案であり、経営者のセンスとこだわり、演出次第だと思います。テント泊はプライバシーが確保され、自然をより身近に体験でき、どのように過ごすかは自分で演出できますが、強風・豪雨のなかでの設営・撤収は避けたい事態です。山小屋は荷物を減らせるために行動範囲が広がり、栄養のある食事が摂れるのに対して、テント旅は自然をダイレクトに感じる身体感覚を伴い、水と排泄以外は自己完結するある種の達成感を得られます。山小屋は1泊2食13,000円の相場形成がされつつあり、30%程度のキャンセル料を取るところもありますが、テント泊なら予定を決めない旅ができます。雲ノ平山荘のレベルに達していれば山小屋、それ以外はテントという判断になりそうです。
黒部源流の帝国ホテル
帝国ホテル一軒しか宿がなければ上高地はもっと素晴らしい場所だった、と言えば関係者に怒られますが、そんなことを思ったのは昨日、雲ノ平山荘に泊まったからです。山好きの間で秘境として知られる景色の美しさは掛け値なしですが、その評判を伝説の域に高めたのはこの山小屋の存在が一因でしよう。「黒部の山賊」に書かれた戦後の混乱期に山小屋を建てたフロンティアの物語に思いを馳せながら、なぜか下界より安いハンドドリップのコーヒーを飲み、テラスで眺める景色はプライスレスで、3倍以上の宿泊料金を取る上高地帝国ホテルよりもゆったりと時間が流れます。LPレコードが響く食堂でのおかわり自由の石狩鍋も絶品でした。これまでは、山小屋よりプライベートが確保されるテント派でしたが、それは日本にセンスの良い山小屋がないからだと思います。
雲ノ平は近かった?
雲ノ平は白馬連峰、剱岳や立山、穂高や槍ヶ岳の3つの巨大な山陵の接合点にあり、それ故どこからも遠く最短の折立登山口から13時間かかり最後の秘境と呼ばれてきました。昨日登った飛越新道は折立ルートより3時間ほどコースタイムが長いものの、首都圏からの車のアクセスは50kmほど短く実質最短ルートと言えますが、稜線までの4時間は誰にも会いませんでした。このルートが不人気な理由はおそらく泥沼のトレイルが続くことと思われますが、それさえ気にならなければ、小屋泊まりの少ない荷物なら首都圏から一泊で雲ノ平に行くことは十分可能です。山の楽しさは身体を鍛え荷物を減らせば行動範囲が広がり、憧れの地が週末行ける場所になることです。今回の反省は前回あまりにお腹が空いた反動で食料を持ってき過ぎたことです。山では限りある食べ物を有り難く食べるに限ります。
想像できないから旅に出る
今年2度目の北アルプスに来ました。前回のTJARの応援は妻とですが今回は1人です。単独行はリスクもある反面、自分のペースを保ち好きなように動き止まれるので旅の気分が盛り上がります。短い間隔で再度訪れた理由は、前回通過した雲ノ平山荘にどうしても泊まりたくなったからです。こんな事は6年ほど前に、なぜか引きつけられるゲストハウスがあってペナンを訪れて以来です。宿を目的とした旅行はホテルツーリズムと呼ばれますが、どんな豪華な施設であれ既視感のあるところに行きたいとは思いません。そこに行かなくても想像の範囲だからです。ペナンのゲストハウスも雲ノ平山荘もその時、その場所にたたずんだ自分の感情変化を知りたいと思えます。何を見て、何を感じるのかが、過去の自分の経験に照らしても想像できないから、人は旅に出るのだと思います。
415kmより遠くまで走れる?
TJARに魅了されるのは、山岳レースが、自分がする唯一のスポーツというだけではありません。人体の可能性探求を通じて文明や近代科学の常識を問い直すのに、これほど適した実験はないと思うからです。日本を縦断する5万Kcalもの途方もないエネルギーがどこから来たかが解明されると、人間ははるかに少ない食糧で生きられるという、常識を覆す知見が得られるかもしれません。100マイルの山岳レースにおけるランナーの腸内細菌叢の研究は海外が先行しますが、荒天のためスタートから31時間後に中止となった昨年のTJARでも9名の選手を対象に順天堂大学が調査をしました。身体活動量が非常に高い状態では、免疫機能にとって重要な酪酸産生菌が減少し体調に悪影響を及ぼした可能性が指摘されます。酪酸産生菌の減少を防ぐための食品摂取により肉体疲労や体調不良を予防できるなら、人間はもっと遠くまで走れる可能性があり、今年の研究成果が待たれます。
ファインプレイではなく葛藤
季節の終わりに寂しさを感じるのは夏だけでしょう。TJAR (Trans Japan Alps Race)ロスもあって、すっかり夏が終わった気分です。賞金の出ないレースに参加費33,000円を払い平均年齢40歳の30人だけがスタートラインに立てる2年に一度の祭典は、人間が挑戦しうる最も過酷な試練でしょう。サラリーマンが取得可能な1週間の夏休みで、日本海から3,000m級の連なる日本アルプスを越えて太平洋まで自分の足で踏破するというロマンあふれる旅は、2002年に4人が始めた草レースから20年が過ぎ、2012年にNHKスペシャルで放送されたことをきっかけに今や世界最長のトレイルレースとして知られます。想像を絶する過酷さに加え、ルール変更により山小屋での食料調達や例外的に認めていた一ノ瀬チェックポイントでの差し入れも禁止され登山の原点に戻るというストイックさこそ人気の源でしょう。人々を熱狂させるのはファインプレイではなく、背後に秘められた人間的な葛藤のドラマだと思います。
サイエンスとスピリチュアリティー
ジョー・ディスペンザ氏の著書「あなたはプラシーボ 思考を物質に変える」を読みました。近著「超自然になる」同様500ページを超える大作ということもありますが、片手間に読むべき本ではないと思いしばらく積読になっていました。私たちは過度の思い込みに感情を支配され、その点においてパブロフの犬たちと同じです。条件付けにより人体は生理的変化を起こし、時空を超えた量子場において、意識とエネルギーが、われわれが現実だと信じる物質世界を作り出すと言います。全てのものに形を与えるのは意識であるとする結論に納得するのは、北アルプスでの不思議な経験があったからです。すれ違った登山者が使っていたミント系の虫よけの香りが数日経っても香るのです。そこにあるはずのない匂いを感じるのは化学物質を自分の脳が作り出したことになり、サイエンスとスピリチュアリティーの融合は魅力的な命題です。
本来の故郷に帰るため
「人はなぜ山に登るのか」の答えは登山スタイルの数だけあると思います。「なぜならそこにエベレストがあるからだ」と登山家のジョージ・リー・マロリーが言ったのはユーモアでしょうが、戦時下の航空機エンジン技術者から転じて雲ノ平山荘を創業した伊藤正一氏は「背後に社会があるからだ」と言いました。山に登る理由は主に5つあると思います。絶景との出会いなどの爽快さ、スリルや刺激を満たす冒険心、魅力的な人たちとの出会いや連帯感、心身を鍛錬し挑戦する達成感や自己肯定感、そして無心になり内なる声に従う心の平穏だと思います。夜の7時には静まり返り、朝3時前には活動が始まる山での生活は人間本来の姿だと思います。天候に感謝し、自分が背負える範囲で生活する全てが有難く、絶景と引き換えに大自然のなかで弱さと向き合い、デジタルデバイスから離れ、まさに人間本来の故郷に帰ることが山に登る理由でしょう。
早く帰りたいのが良い旅行
夏休みの旅行は楽しいものですが、帰る日が近づくと日常生活に引き戻され最後の夜がたとえ豪華な宿だとしても寂しくなります。一方、山での不便を強いられる旅は、早く家に帰り風呂に入り、生鮮食品を食べる日常に戻りたいので、旅の後半もテンションを維持できます。荷物を減らすには山小屋泊まりが有利ですが、薄い布地一枚を通して自然と向き合うテントは、突風に煽られ、ときには浸水し不安や不快を味わう反面、大地で眠る言い知れぬ開放感があります。テントをたたく雨音に心が落ち着くのは、偉大な布地に守られるシェルター内が実は天国だからでしょう。旅とは本来、過酷な自然と向き合うものですが、肉体を使わず快適に旅するためにお金を払い、一方で旅からは身体感覚が消えていきます。旅行から戻り束の間の夢から覚めるより、日常生活の偉大さに気づく旅は、支払った金額とは逆に幸せが続くのでしょう。
栄養失調にならない程度がグルメ
北アルプスから戻って以来、強い空腹を感じるようになりました。4日連続の高負荷の運動により身体は新たな一面を見せます。荷物を背負い15kmから20kmの登山道を歩くと4,000kcalほどのエネルギーを消費し、食事は一日一食ですから800kcal程度に留まります。足りないエネルギーと基礎代謝は、1gで9kcalを生み出す脂質などから体内で産生されたはずです。栄養学が推奨するエネルギー摂取量はケトン体を作る脂肪酸回路を考慮せず、エネルギーを消費しない都市生活者にとっては過大だと思います。テント場での夕食は時間をかけて食べますがいつまでも食欲が消えず、普段なら手にしない山小屋で売られる不健康そうな菓子でもエネルギーを補給したい衝動に駆られます。この状態が本来の空腹であり、いかなる食べ物であれ美味しく有難く幸せです。栄養失調にならない程度のカロリー制限と高負荷の運動が、健康と食の喜びを最大化するのでしょう。