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マーケティングの本質

昨日は更地となった甲子高原フジヤホテルの跡地を見に行きました。建物が無くなってみると千坪の面積はそれなりの広さを実感します。事情があって建物を解体しましたが、具体的な事業計画が固まっているわけではありません。元々旅館を買ったのは阿武隈源流を見下ろす新甲子温泉最上流部のこの土地が気に入ったからですが、個人的な別荘を建てる余裕はなく別荘的なビジネスを構想しています。リゾート業界にイノベーションをもたらしたアマンリゾーツの最初の自社開発となったアマンプリも、当初はエイドリアン・ゼッカがバリで使っていた別荘と、気候の反転するプーケットに別荘を持つという個人的ニーズから始まりました。そして、肩ひじ張らない別荘のエッセンスを持つリゾートホテルが受け世界的な潮流が作られました。個人的な本音が成功をもたらすのは、それがマーケティングの本質に最も近いからでしょう。

生きる能力を磨く遊び

秋を感じる季節に入ると、夏山シーズンが終わることに焦りを覚えます。8月でも低体温症による遭難事故は起こりますので、夏の感覚の残る9月は魔の季節です。危険と隣り合わせのレジャーである登山は、天候悪化や様々なアクシデントに備える必要がありますが、不安があるから念入りに備えるようになり、その状況に陥っても頭が真っ白になることはないのでしょう。セルフレスキューが原則の山では、過酷な状況でも自力下山の方法やルートを想定する必要があり、その点で遊びながら生きる能力を磨けます。旅行中よりも、準備をしているときに人は幸せを感じるという研究がありますが、山に行く備えは命を守ります。常に食糧が手に入り、どこにいても電波の届く都会の暮らしに守られていることで失うサバイバル能力を回復するために、山のレジャーに情熱を注ぐことは有益でしょう。

欲しいの本質

欲望を煽るのは都会ばかりではありません。山から戻ると荷物を軽量化できる道具や、暖かい寝具、グリップの良い靴を調べ始めます。もっと遠くまで、もっと快適に、もっと早く到達できればもっと色々な体験ができる、と妄想を膨らませます。欲望の解放に疑念を抱かない消費者は、欲しいと必要の境界を曖昧にしたまま、自分のアイデンティティを形成するために過剰消費社会の渦中に身を投じます。欲しいと言う感情が起こると執着が止まらなくなり、快適で楽しい経験の先に幸せがあると信じ込みます。それは行動することで結果が得られるとの信念を持つからです。つまり幸福とは、何かの行動により得られるもので、あそこに旅行をすれば、あの店で食べれば、あの車を買えば幸せになれる、という結果を出して初めて幸せを感じる条件付きの生き方です。この考えの欠陥は、すでに自分が満たされている今を無視することでしょう。

親友はラブラドール?

留学先の英国に戻る娘を送りに羽田空港に行きました。再び1万km離れた生活ですがLINEで常時接続できる時代に名残惜しさはそれほどありません。東京にいる間はほとんど予定を入れていたようで、5月末に帰国してから一緒に夕食を食べた回数は数えるほどです。家族であっても独立した個人であり、つかず離れずの今の距離感が適切に思えます。ムラ意識の強い日本では親しい人間関係を無批判に受け入れ誇示する風潮さえあるように感じますが、人間関係はストレス要因にもなります。近過ぎれば執着や依存を生みますので、親友という言葉はあまり好きではありません。人間関係が行き過ぎると他人の価値観を軸に生き、承認欲求に飢え、周りを気にして自分らしさから遠ざかります。自分に親友と呼べる存在があるとするなら、決して裏切らず、常に受け入れてくれるラブラドールを置いて他にはないでしょう。向こうはそう思っていないでしょうけど。

命を削る贅沢料理

悪魔的な食べ物をひとつあげるならホットサンドイッチでしょう。簡単に作れて、血糖値は急上昇し、偏桃体がハイジャックされ、避けたいけど同時に無性に食べたくなる悪魔の食べ物です。原価数十円のホットサンドが贅沢品なのは、美味しそうな料理の常で命を削って食べるものだからでしょう。医学誌ランセットは、全世界の死因の2割は不健康な食事で、それは栄養価の高い食べ物が手に入らないからではなく、好きな時に好きなものを好きなだけ食べられる、恵まれた飽食社会が文明病を引き起こす要因だと指摘します。誘惑に無抵抗に従い欲望の赴くままに消費をすると、不適切な食事を過剰に摂り自らを死に追いやります。産業の関心は消費者の財布であって、健康ではありませんから、多くの人は食べ過ぎなのに栄養不足というパラドックスに陥ります。身を守るには、何かを食べたいと言う感情が、空腹とは無関係に操られていることに気づくことでしょう。

節約にもなるロマン

新月の断食というと怪しげな響きですが、人体が月の満ち引きの影響を受けていることは間違いないと思います。普段より体重の落ち幅が大きく、一晩で3kgほど減量して小学校以来の体重である54kg台に戻りました。今の関心は、食を断つことで脂肪酸のエネルギー産生を洗練させ、遠くの山まで行けるスタミナと筋肉をつけることです。TJARに続いて海の向こうでは世界一有名な100マイルレースUTMBが終わりましたが、ウルトラディスタンスを旅できる体づくりにはロマンを感じます。同時に健康まで手に入り、節約になり、自己肯定感を高めます。一度として同じことのない山の景色に巡り合うには、唯一の交通機関である体を鍛えるしかなく、アクセス困難な雲ノ平に普通の終末に行けるようになります。景色を楽しみながらリズム運動をするセロトニン系の幸せと、肉体を追い込むドーパミン系の静と動の喜びはレジャーの本質のような気がします。

老後2,000万円などどうでもよい?

昨日は新月で48時間断食をしました。断食はお金のかからない解毒法であり、新月にはその効果が高まるとされます。8月は山に行く機会が多く、何を食べても美味しく断食には抵抗もあります。断食に適するのは忙しい平日ですが、昨日は家人がおらず食べ物の匂いに惑わされることもありません。今最も食べたいものは雲ノ平山荘の夕食に出された生姜の佃煮で、何杯でもご飯を食べられそうです。断食以上に不人気な週末はありませんが、そのモチベーションは断食明けの食事の美味しさです。食べる喜びを最大化する方法は、食べないことを置いて他にはありません。他方、山で遭難した人が何日も生存できるのは、人体がほとんど食べずに生きられるエコシステムだからです。このシステムは食べないことによりさらに効率的に脂肪酸をエネルギーに変え、食べる心配と病気の心配から解放され、老後2,000万円問題などどうでもよくなります。

何を食べても山なら絶品

普段は一日1.5食ですが、山では一食です。行動中に食事や補給をすると、血糖値スパイクにより2、3時間後に今度は体が低血糖に陥り動けなくなるリスクがあり、宿泊地に着くまでは水以外口にしません。これはこれで問題なのですが、メリットは食糧を携行する必要がないことです。多い日の運動量は4、5,000kcalに達するのに対して、血液中や筋肉、肝臓に貯蔵されるグルコース約800kcalのうち、600kcalは就寝中の基礎代謝で消費され、日中の運動プラスαのエネルギーは脂肪組織に蓄えられた中性脂肪が燃やされます。この時オートファジーが引き起こされ、身体を細胞レベルから解毒し、同時にミトコンドリアのエネルギー産生を強化しますので、「食べずに運動」こそ最良の健康法だと思います。何より運動後の食事の美味しさと言ったら比べるものがありません。たとえそれが携行食の即席ラーメンだとしてもです。

伝統の自然調理法

北アルプスに行っている数日の間、ぬか床を冷蔵庫に保管して出かけたところ、帰ってみると普段と匂いが違います。ぬか床をペットと言う人もいますが、元気がなくなっているのが分かります。ぬか床をボールに出して腐敗菌が嫌う塩を入れてよくかき混ぜ、洗った容器に移し替えると翌日には異臭は消え、元気になるところはまさにペットです。ぬか漬けが食卓に上るようになってから調理に対する考え方が変わりました。野菜を入れておくだけであとはぬか床が勝手に調理をしてくれて、野菜の栄養価が高まります。同様に天日干しも便利な調理法で、時々安く売られるシイタケなどを買って天日干しすれば、ビタミンDの栄養価が上がり保存もできて一石二鳥です。かつてはどの家庭でもぬか床や野菜などを干す網がありましたが、保存技術の進歩やコンビニの普及など、便利な生活は伝統的な恩恵を記憶から消していくのでしょう。

帰ってきたのにもう行きたい

最近の山の天気予報はあてにならず、先日の黒部五郎岳の3時間毎の天気予報はどの時間帯も登山に適するAでしたが、翌日は朝から雨が降り続き稜線は強風でした。山の天気は変わりやすいとは言え、翌日の予報をここまで極端に外すと、価値がない以前に危険です。天気予報を信じて黒部五郎小舎でテント泊の予定でしたが、風雨のなかの設営と撤収が面倒で下山することにしました。雲ノ平から薬師沢を通る最短ルートは往路に使ったので、三俣蓮華岳、黒部五郎岳、北ノ俣岳の3つのピークを越える25kmです。トレランザックなら問題のない距離ですが、キャンプ道具を背負うと消費エネルギーは5,000kcalを超え体力が消耗し、風雨とどこまでも続く飛越新道の泥沼もあって、歩いているときはもう来たくないと思いました。しかし、体を酷使した達成感がそうさせるのか、翌日にはもう秋の北アルプスに引きつけられています。

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