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理想的食生活は隠居?

長野県にいるときの食事は、赤飯、味噌汁、ぬか漬け、納豆、サラダに時々魚の干物といったワンパターンですが、飽きることがなく一汁三菜的料理の偉大さを感じます。このペースを崩さなければ体調は良好で、山でスタミナ切れになることも、余計な出費をすることも、調理の手間もありません。東京の自宅に戻ると料理のバリエーションが豊かになりありがたい反面、誰かが持ち込んだ好ましからざる菓子類についつい手が伸びます。最も忌避すべき小麦粉のお菓子などは食べ始めると偏桃体をハイジャックされ食べ続けるはめになります。健康リスクの高いジャンクフードを、買わない、作らない、持ち込まない、といった三原則は一人暮らしなら可能ですが、家族に強要するにも限界があります。至る所に罠や気を散らすものがある飽食時代は健康を蝕む点が悩ましく、世捨て人のように隠居する必要があるのかもしれません。

健康カルトという病

人は一晩にコップ1、2杯の汗をかくと言いますが、この季節はそれを実感します。クーラーによる体調不良よりは寝汗の方がマシで、その不快さも朝入る水風呂で一掃されます。われわれが進歩と呼ぶものの大半は対症療法による一時の気休めに過ぎず、物理的に気温を下げるより水風呂は爽快です。検査数値を信奉し、何かが身体に良いと聞けばそれを信じ込む健康カルトより、この爽快という実感の方が大切でしょう。医学はいつの時代も発展途上であり、そこで語られる真実は、前提によっては結果が変わるご都合主義の仮の結論に過ぎません。すべての食品は毒にも薬にもなり、昨今人気のオメガ3脂肪酸やオリーブオイルの危険性も語られ始めています。古代より賢人が伝えてきたように、中庸を知り、身体が感じる爽快さに真理を見出すことこそ最善の道のような気がします。

正論こそ疑う

和田秀樹氏の「70歳が老化の分かれ道」を読みました。70代も働き続けることが健康の秘訣との主張には同意しますが、高齢期からは小太り、7時間睡眠、肉食が健康という、世間に流布される説は感心しません。百寿者に関してはこの結論の真逆とする研究もあり、個性的な人体をひとくくりにすることは乱暴で、因果関係はいずれも証明されておらず第三の因子があるのでしょう。唯一信用できるのは統計処理されたデータという、一見正論にこそミスリードを疑うべきだと思います。睡眠で大切なのは最初のノンレム睡眠であって、注視すべきは睡眠深度です。肉食説も体内合成のメカニズムや、身体を酸化する肉食のネガティブな側面を完全に無視している点は問題です。ライザップで減量に成功してもライザップ流が自分のライフスタイルに合わなければ継続できずリバウンドするように、何を信じるかは自分の身体との相性を基準に決めるべきでしょう。

長寿県長野の秘密兵器

リーキーガットの主犯格とされるレクチンを避けるようになって1か月、これまで食べていた食材の多くが忌避リストに入り食事の主力がキノコに移ったため、体調は良好で、とくに便は理想的です。味噌とコチュジャンで作る12種のキノコ汁はもはや鍋料理という豪華さで、キノコが豊富な長野県ならではの最強デトックスメニューです。長寿県で知られる長野県はガン発症率が低く、キノコがガンを抑制するビタミンDと免疫活性化物質βグルカンを含むことによりNK細胞が活性化すると指摘する研究者もいます。健康食としてこれほどの贅沢はありませんが、大半のキノコは1パック百円もしません。一度作れば、あとはおでんのように目新しいキノコを追加するだけなので手間もかからず、抗酸化作用のあるポリアミンやオートファジーを活性化させるスペルミジンを毎日摂れるとあってはサプリメントなど用済みでしょう。

コモディティと自己顕示欲の矛盾

中流的凡庸さの代表格などと悪態をつき、東京では入ることのないスターバックスですが、長野県にいるときはWi-Fi接続に重宝します。来店客の車のナンバーも観察するようで、開店時刻に来てパソコンを開く普段見慣れぬ東京ナンバーの客という情報から組み立てる会話は自然です。教育のたまものなのか優秀人材を吸引できるのか、厳しい業界で生き残る鍵は人次第だと思わせます。単に人柄がいいとか、接客が好きという次元を超えて、中核客層との心理的絆を重視することが魅力的な空間を作ります。ドライブスルーにより持ち帰り比率を高め、他方で客席はゆったりと感じさせながらも賑わいがあり、適度にスタイリッシュでリラックスさせます。コモディティと自己顕示欲の矛盾をはぐらかし、取り替え可能な個性によるサードプレイスという幻想をまとうスターバックスの価値は結局、勉強・仕事モードに入りやすいことでしょう。

出すより燃やす

昨日は新月でした。人体は月齢の影響を受けこの時期は解毒など体の浄化が進むとされます。新月の断食はデトックスに効果的ですが、食欲があり気が乗らず、食物繊維豊富なキノコ汁と赤飯により排泄力を高め腸内の有害物質を出すことにしました。デトックスは出すことに注意が向きますが、最も効果的なのは体内の老廃物や毒素を脂肪もろとも燃焼させる方法だと思います。空腹時の運動は最初にグリコーゲンが使われますが、就寝中の基礎代謝ですでに大半が消費され、次に脂肪が燃焼されます。燃料が脂肪に変わるときミトコンドリアの活動が高まり、運動強度を上げると体脂肪の燃焼システムは極限まで研ぎすまされ、最後には老廃物や毒素まで燃やします。ミトコンドリアの活性化で身体が若返り、同時にデトックスも進むという究極の健康法が、食べずに運動という安上がりな方法であることは盲点なのでしょう。

駄作が幸せ

人の気分なんて簡単に変わるもので、他人の一言で気分を害することもあれば、ほんの小さな出来事で一日が幸せになることもあります。昨日の朝も車を運転中に、先代のフィアットパンダと交差点ですれ違っただけなのに、そんな些細な出来事一つで幸せモードに入ります。不可解なのが、ムルティプラをはじめ、醜いデザインを作らせたら右に出るメーカーのないフィアットにあって、史上最凶の駄作で買う人の気が知れないと思っていた二代目パンダだからです。どうしたことか、それがとても幸せそうに見えるのです。ジウジアーロの代表作である初代の跡取りとはとても思えないデザインの悲惨さが、訳知り顔で重箱の隅をつつく総評論家時代の消費社会に疲れた人間から見ると、こだわりや執着が無く、完璧とは無縁の存在ゆえに、肩ひじ張らずに乗れる自然で幸せな関係に見えるのかもしれません。

不健康の無限スパイラル

東京の家に戻ると、食欲の正体は都市生活につきものの甘美な誘惑であることが分かります。地獄からの使者としか思えない恐怖の食べ物についつい手が伸びます。小麦粉やレクチン、砂糖を排除するはずだった固い誓いなど、今や悪魔の食べ物にしか見えないおいしそうなパンの前ではもろくも崩れます。健康的な食生活を送るためには都会的な消費社会から自分を隔離する必要があると思います。食べた直後に大量のドーパミンによる多幸感が脳に広がり、異様な空腹感が加速されます。おそらく血糖値が暴騰しているはずで大量分泌されたインスリンにより、3時間後には運動をしていれば低血糖か、あるいは不自然な空腹感を覚えることを予測できるのは以前との違いです。ここでガムでも口にして正気を取り戻さなければ、食べることで空腹が加速される不健康の無限スパイラルへ落ちて行きます。3食きちんと食べなさいという教義こそ、不健康な食生活を呼び込む呪いに聞こえます。

歪められた自動車観

何かの間違いで買うかもしれない存在としてクラウンは気になります。40年間国産車を避けて来たのは、トヨタのコロナがBMW3シリーズとの比較で常に酷評されてきたように、思春期の頃の国産車が外国勢の後塵を拝してきたからです。そうして形成された自動車=左ハンドルという欧米崇拝の自動車観が消し難く根底にあるのでしょう。レンジローバーや911、ロータスエスプリといった孤高の存在、ミニデトマソへの愛着、フィアット131レーシングへの憧れなどです。しかし21世紀にはそんなエッジの効いた車は絶滅し、国産車を毛嫌いする理由はなくなりました。大型のアウディと競合しそうなクロスオーバー、7シリーズを思わせるセダン、シューティングブレークの客を奪いそうなエステート、カイエンと真っ向勝負のスポーツと、強敵ドイツ車4社を相手に、今や最もエッジの効いた独特の乗り味を持つクラウン一台で挑むトヨタを応援したい気になります。

山に登るに限る

美しい三日月が空に浮かぶ時間から山に登り始めると、静まり返った神秘的な森を体感できます。稜線に出ると、雲海に浮かぶ神々しい山々を眺められるのもこの時間ならではです。何もせずに山を眺める、自分ひとりの山頂で過ごす時間が好きです。生活のなかに幸せを感じる自由な時間があれば、我欲を抑えることができるのでしょう。家には安全で快適な寝床があり、好きなときに好きなものを食べ、早朝でも深夜でも好きな時間に風呂に入り、遠くへ行きたいなら自動車があり、その点において年収1億の人も百万円の人も大きな違いはありません。現代人の暮らしは中世の王侯貴族以上の生活を極めて安価で手軽に実現しますが、それでも人々が少欲知足の訓えに背くのは、お金への欲望があまりに強く、常に不足を煽るメディアによる思い込みがあるからです。稼ぐほどに生活が乱れ、執着と不安ばかりが増える下界の垢を落とすには、山に登るに限ります。

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