健康オタクを自称していますが、体調万全でいつも絶好調というわけではありません。むしろ体調不良が続いたから、必然的に健康オタクになったと言うべきでしょう。今も取り組むのは持病となった腰痛で、最後に出たトレイルレースの上州武尊山スカイビューは、下りの衝撃が腰に悪かったらしく48km地点で断念しました。以降レースは控えてきましたが、わずか10kmとは言え、先日ラブラドールと走った白馬岩岳TrailRace Autumn2023は、下り基調でちょっとした自信になりました。適切なメンテナンスを行えば腰痛は克服可能であり、痛みを恐れて動かさない方がむしろ症状を悪化させます。医師による治療が必要な特異的腰痛は腰痛全体の15%程度とされ、大半はセルフケアにより改善します。負担のかかる動作を控え、姿勢を良くし、立てた膝を左右に倒したり、背面に腰を反らせる簡単な体操でかなり改善します。それでも治らないときは脳が作り出した幻想かもしれません。
お知らせ
身体感覚を奪われた自動車の未来
大半の人には関係のない話ですが、マツダのCX-3が6段MT車を廃止して、トランスミッションが6段ATのみになったことはショックです。マニュアル、四輪駆動、ディーゼル、左ハンドルという理想の車の条件に一番近かった車がまた一台消えたことは、人が操る自動車の終焉を思わせます。フェラーリやGTRなどのスポーツカーでさえ、MT車が選択できなくなり久しく、加速も燃費性能も劣るMT車に乗る意義は年々薄れています。最高峰のF1カーもオートマ化され、マクラーレンがeスポーツ競技でテストドライバーを採用したように、身体感覚を奪われた自動車の未来は、リアルとバーチャルの境界が消えていきます。自動車のAT化、EV化、AI化は運転席に人のいない暗黒の未来に通じます。最適解を求める知能勝負なら人は不要となり、人と機械のインタフェースを探求する知性最後の砦がマニュアルトランスミッションだと思います。
空前のサウナブーム?
涼しくなるとサウナに入りたくなり、近所の温浴施設に行きました。スーパー銭湯のサウナと、昨今ブームのサウナは全く別物です。サウナ室と水風呂、水平に寝られる椅子が置かれる外気浴スペースがあって、トトノウ環境があるにも関わらずです。それはロウリュの有無と言う些末な話ではなく、別業態と言えるほどに異なるのは文脈です。1964年の東京オリンピックの時に、フィンランドチームが持ち込んで以来北欧式サウナブームが到来し、やがてそれは昭和のオジサンサウナに進化しました。そして今はフィンランドのサマーコテージにあるような、より原初的なサウナへと先祖返りをしています。装飾を削ぎ落したよりプリミティブな生活に回帰するというコンテクストにおいて、再評価されているのだと思います。市場が縮小しながら空前のサウナブームと言われる矛盾は、両者の違いを認識しない限り全体像が見えないのかもしれません。
再現性のないことがノウハウ
南会津に行く途中に塩原温泉郷を通りますが、ホテルニュー塩原の駐車場がいつも満車なことに感心します。日本が誇る大型温泉旅館御三家の資格はありそうな1952年開業の老舗ホテルの再生など、通常の神経の持ち主であれば逃げ出したいところです。首都圏からの無料バスや昭和風のエンタメなど、瀕死だった温泉地の巨大施設に通年人を呼ぶ手法は、おそらく並の人がやっても再現性がなく、それこそがノウハウと呼べるものでしょう。週末は用事で芦ノ牧温泉に行きましたが、寂れた駅前にある牛乳屋食堂は、全国丼グランプリ3年連続金賞のソースカツ丼やラーメンで知られる創業98年の老舗人気店で、14時でも付近には順番待ちの人があふれかえります。先日行った白河ラーメンのとら食堂といい、立地を選ばず人を呼べる施設の競争力は人的資源であり、それこそが模倣不能で占有可能なオリジナリティなのかもしれません。
勝手にストレスをためる高級宿
昨日は南会津に草刈りに行った帰りに湯野上温泉に泊まりました。かつて栄えた有名な温泉地はそれが仇となり、今は廃墟も目立ちます。泊まった宿も昭和の時代には各地にあった温泉旅館で、悪く言えば場末感が漂いますがそれも風情のうちでしょう。館内には活気がなく後継者がいるようには見えないところも哀愁を誘います。徒歩圏にコンビニがあり、洗面所にはクイックケトルと電子レンジが置かれ、贅沢を言わなければ普通に生活ができます。眼下に迫る大川渓谷にある夫婦岩一望の露天風呂は、この宿最大のハイライトです。お湯は温くて快適ですが、昨夜のように雪の降る天気だと湯舟から上がることができなくなります。こうした宿に泊まるメリットは、多くを期待していないために、おおらかな気持ちで過ごせることです。これが数万の宿なら粗さがしを始めて、勝手にストレスをためそうです。
料理は妥協の産物
妻が不在の日は自分で料理をしますが、関心は手抜き料理で、どうすれば調理工程を省略できるかを考えます。世間では手の込んだ料理が喜ばれますが、作る側としては、人手をかける時間の最小化が勝負です。以前は電気圧力鍋4台を使い、調理工程を自動化し1人で70人分の料理を作りました。料理のクオリティをなるべく落とさずに省力化することにこそ調理の醍醐味があると思います。そんなものは料理とは呼べないと言うグルメの方が大半でしょうが、1年365日食べる食事ですから、結局のところ妥協の産物です。昨日はカレーが食べたくなり、普段なら前日から仕込むのですが、湯豆腐の昆布だしが残っていたので、そこに味噌と業務スーパーで売られる1kg入りのカレールウを加えると、大衆食堂風のカレーが出来ます。要はそれを風情と思えるかどうかで、空腹でありさえすれば、変に執着しない方が自然に食事を楽しめる気がします。
DNAに書き込まれた記憶
ラブラドールと出場した、白馬岩岳TrailRaceAutumn2023の写真を主催者側からいただきました。日本を代表する山岳リゾートで開催され、犬と出られるだけでも魅力的ですが、プロのカメラマンが撮った写真が無料で提供されることは、愛犬家にとって最大の喜びでしょう。トレラン大会の写真は業者が入り、値段の割には素人写真が多いのですが、この大会の写真はクオリティが高く、プロの技術と絶妙なシャッターチャンスをとらえています。同好者が集うトレラン大会は親近感がわきますが、そこに犬好きが加わるとアットホームな雰囲気になります。犬と出場できる希少な大会に、ゴンドラリフトの乗車券がついて11,000円という参加費はバーゲンプライスと言うしかありません。狩猟犬として、最も古くから人類とつきあってきた犬と野山を走る行為は、DNAに書き込まれた記憶であり、この大会を通じて犬と山を楽しむことへの理解が深まることを期待したいものです。
リスクを高める人たち
警察庁によると、昨年の山岳遭難は3,015件(対前年比13%増)、遭難者3,506人(同12%人増)となり、1961年の統計開始以降最多となりました。年を追うごとに単独登山者の割合が増加傾向にあると言います。那須朝日岳で4人が死亡した先月の山岳遭難にしても、8名が死亡したトムラウシの事故も、21名もの死者を出した一昨年の中国でのトレイルランニング大会での事故も、天候の急変や判断ミスが原因とされることには、どこか違和感を覚えます。そんななかで、東洋経済オンラインに「平気で無謀な登山に挑む人たちが溺れる”快楽”」という記事が掲載されました。一般に登山はレジャーにカテゴライズされ、危険なスポーツであることがあまり認識されていません。大半の人々がリスクを最小限にとどめようとする一方、エクストリームスポーツではリスクを積極的に高めることによる興奮が、強い覚醒を促すとの指摘は示唆的です。
コミュニケーション能力が勝敗を分ける
頻繁に白河に来ながら白河ラーメンを食べたことがなく、その名が全国に知られる、とら食堂に行きました。50台ほどが停められる駐車場は平日の13時でもほぼ満車で、店の外にも多くの人が待っています。市内に100店を超える白河ラーメン店の元祖とされ、観光資源の1つになっているだけのことはあります。しかし、元々並んでまで何かを食べたいという発想がなく、ましてや糖質過多で塩分量の多いラーメンならなおのことで、あきらめることにしました。ラーメン屋に行列ができるのは化学調味料の依存性とされますが、1969年創業のとら食堂では化学調味料を使わず、鶏ガラ、豚ガラなどのスープを使うとされます。20~60歳の男女の6割が週に一度はラーメンを食べるとの調査もありますが、日本人がラーメン好きな理由は不可解です。メディアやヘビーユーザーとのコミュニケーション能力が勝敗を分けるような気がします。
moreはその意味を失った
フィアットのデイタイム・ランニングライトが切れました。9年と19.3万kmの間常時点灯している300円の電球が切れるのも無理ありません。新車で購入して以来のトラブルは、これ以外にはヘッドライトの玉切れだけです。自分史上最も長い距離を走りながら、2回の玉切れ以外のトラブルがないことは今の車なら当然としても、過去に乗った車でこれほど信頼性の高い車はありません。最も大量に作られる、最も安い大衆車が最も信頼性が高いという皮肉は、際限のない過剰消費社会のなかでmoreはその意味を失ったことを印象づけます。ヘンリー・フォードは「自動車を民主化すること」を自分の使命と考え、フォードシステムによって生産量を増やし、単位コストを下げ、消費の拡大を招く上昇スパイラルが大量消費社会を生み出しました。製品固有の特性よりも意味を付与された記号が評価される消費社会は、結局振り出しに戻る気がします。