町全体がパワースポット

旅は学びだと思います。神山町で過ごした2日間は大切なことを学ぶ機会になりました。意識面で見ると神山町は都市よりも都市らしい感覚にあふれています。ある意味田舎の象徴でもあるスローライフとは対極にあるアグレッシブさや先端的な生き方があります。神山町は一見すると日本各地にある中山間地域の平凡な町です。神山町の成功は偶然の蓄積にも見えますが、その根底にあるのは普遍性だと思います。

1927年に日本に送られた日米友好のシンボルである「青い目の人形」の一体が、90年の時を経て神山町を大きく変える原点になったという物語ほど心引かれるものはありません。人形に添えられたパスポートの出生地欄のペンシルバニア州で贈り主を探し始め、これを契機に町が大きく変わっていくという話にはロマンさえ感じます。一人の人間の小さな行動が町を変え、人が人を呼ぶ形で人材集積が起こることは古今東西変わらないと思います。人々を吸引し、多くの人が生きる意味を見いだす町全体がパワースポットです。

神山は第一級の観光地だった!

朝食前に雨乞いの滝とそこから参道の続く阿波邪馬台国説の中心地で卑弥呼の居城とされる悲願寺に登りました。神山には有名な観光地がないと昨日書いたのは誤りでした。標高700mの雪の舞う悲願時は邪馬台国伝説にふさわしく、神が創造したとしか思えない巨岩の沢を登っていきます。神山はまさに神の山なのです。古の時代から人々が何かに近づこうと登ったであろう苔むした山道を歩くと、ここが第一級の観光地であることが分かります。

朝食後は神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックスとクラウド名刺管理のSansan神山ラボをそれぞれ案内してもらい、サテライトオフィスとして活用される古民家も数軒見ました。どこもアポなしの突然の訪問なのに、土地柄なのか親切に対応してくれます。

20年の歴史のあるアートインレジデンスの作品が置かれる大粟山に登り、午後は急峻な山頂にある四国八十八箇所第十二番札所の焼山寺(しょうさんじ)に行きました。四国八十八箇所で随一の難所として知られる焼山寺だけに、こんな山中に巨大な伽藍を作る信仰の力に思いを馳せないわけにはいきません。

サテライトオフィスの聖地巡礼

今日はサテライトオフィスの聖地?として注目を集め、今も自治体の「神山詣」が続く徳島県神山町に来ました。自然が卓越しているわけでも有名な観光地があるわけでもありませんが、四半世紀以上の時間をかけて外部の人を受け入れてきた、「来るもの拒まず、去るもの追わず」の空気が移住者に心地よいのだと思います。こればかりはいくら視察をしても実現できるものではありません。

理想を実現するのには、一般の投資家が許容してくれないような時間がかかるのかもしれません。赤字の垂れ流しは止めなくてはなりませんが、理想を捨てるぐらいなら脱サラのリスクを取る意味などないと思います。魅力的な飲食店もでき始め、神山町全体の魅力が増す好循環に入っていると感じました。

見返りではなく楽しいから働く

昨日はクラウドファンディングの打ち合わせをしました。当初は投資型クラウドファンディングを検討していましたが、使途の問題などから購入型のクラウドファンディングをしたいと考えています。旅館再生の要は収益基盤の安定化にあり、ぼくはビジネス需要の取り込みに活路を見出したいと思います。合宿や研修、サテライトオフィス、コワーキングスペースなど、自然のなかでの新しい働き方を提案するための改装資金を確保することが目的です。

働くことは生きること、生きることは働くことだと常々考えていて、新しい働き方を通じてウェルビーイングを体感できる施設にしたいと思います。もちろんこれは施設の問題ではなく、働くことの主体化が前提です。自分の仕事を天職とみなし充実感や社会的意義を見出すことで、見返りのためではなく楽しいから働くようになり、仕事と人生を切り離すことのない生涯現役社会が訪れると思います。

軽はずみなのか、積極的なのか

自営業者になったぼくの性格はこの一年で多少変わりました。そのひとつは行動的になったことです。以前ならミーティングや電話ひとつにしても事前に着地点を考える習慣がありました。しかし、今は考えるより前に直感に従い行動します。成功しても失敗してもいずれも自分の血肉になるので、走りながら後から考えます。

コンサルタント時代は計画を作ることを重視しましたが、今のぼくは計画を作らず行動あるのみです。もちろん失敗もたくさんしますが、試行錯誤の回数とスピードが勝負だと思います。零細小規模事業者が勝ち残れるとしたら唯一の強みであるスピードを活かすしかないと思います。熟慮している間にチャンスを失いたくないのです。自分自身の行動は悪く言うと軽はずみ、良く言えば積極的なのですが、いつもその表裏のバランスに悩みます。

異質が出逢う場所

昨日は日本初!?の「旅館再生ハッカソン」を開催しました。地元のみならず、東京や仙台からもご参加をいただき一晩を共に過ごすと、宿の価値はつくづく人の交流だと認識しました。

新しい生き方、コワーキングスペースの先にある働き方、仕事の主体化、場の価値から省エネルギーや過敏症対策にまで話題が及び大変刺激を受けました。異質なものを掛け合わせることでプラスアルファの価値が生まれる、そんな場にしていきたいと思います。

写真は朝食前に一部の方と散歩をしたときのものです。

リスクを取る価値

今日の新甲子温泉は真冬のように雪が舞います。昨日はトレイルレースで悲劇的な事故が起きてしまいました。ぼくと同い年、近所に住まれる方が亡くなられ、とても人ごととは思えません。山岳レースはいつも危険と隣あわせであることを改めて肝に銘じる必要があります。事故を契機に山岳レースの危険性を非難する声があがるのも当然かもしれません。

人間は本能的に危険を避けるものですが、危険があるからこそ普段発揮されない集中力が高まることも事実です。これは一種の集中瞑想で、ぼくは山から走って降りるときにフロー状態を感じます。事業とトレイルレースは似ていると思います。つらいその先に求めているものがあり、ともにそのリスクを取る価値があるとぼくは思っています。

ストレスを半減させる森

今朝は那須連山の会津側にある鏡ヶ沼に登りました。駐車場から30分ほどで登れるのに人に会うことのない神秘的な沼です。例年より冬の訪れの早い今年はトレイルに雪が積もり、普段の季節よりむしろ歩きやすく、走ることさえできます。早朝の新鮮な空気を浴びながらの有酸素運動は心身を健全に保ってくれそうです。森林の吐き出すフィトンチッドはストレスを53%減らし血圧を5~7%下げる効果が確認されています。

人間のデフォルトは自然にある

今年は冬の訪れが早いようで、今朝は宿の周りの山は薄っすらと雪化粧しています。今夜(18日1時半頃)は月明かりもなく、日本を含む東アジア全体でしし座流星群の好条件での観測が期待されています。

古来より人類は流星に神秘性を感じてきたことでしょう。朝が早いぼくは東京にいるときでもまれにラブラドールの散歩の途中で流星を見ることがあります。同じ流星でも都市ではなく、大自然のなかで見る流星の感動はひとしおです。

自然保護の父といわれるジョン・ミューアは、「大自然に触れていない時間は、人は金を稼ぐ機械に退化している」と記していますが、1年間阿武隈源流の森で暮らしてみて、やはり人間のデフォルトは自然のなかで生活をするように作られていると感じます。

自動車は理想的な瞑想室

新甲子温泉は暖かい陽が降り注ぐものの、雪が舞っています。今朝は黒磯に行きフィアットのスタッドレスタイヤを交換しました。去年の秋からオールシーズン履き通したスタッドレスタイヤにはほとんど溝がありません。それもそのはずこの1年で33,000km走っていました。軽トラックも使っていますので、2台を合算すると1年で4万キロ走ったことになります。ぼくは車には10年10万キロ乗る主義なので、このペースで行くと30万キロぐらいは走りそうです。

同じ銘柄、同じ年式のタイヤなのに東京の量販店で聞くと、黒磯で45,000円のものが76,000円もします。いまの時代にこれほどの価格差があるのは驚きです。

ぼくはもともと自動車での移動が苦にならないので、東京との往復に電車を使うことはありません。国道4号線を通って5時間ほどの道のりですが、車での移動時間に瞑想をします。瞑想が苦手なぼくにとって運転をしながらの瞑想は効果が実感できます。運転の疲れが軽減され集中力も増すなどメリットが多く、自動車は理想的な瞑想室なのです。写真は今年の夏に南会津で撮ったものです。

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