寒さが最高潮に達する今の時期ですが、この冬もエアコンを使うのは来客時のみです。消費電力の少ないホットカーペットにビーズソファのYogiboと羽毛布団を組み合わせると、どこへでも持って移動できるこたつになります。昔はどの家庭にもあったこたつの心地良さが再現され、パソコンに向かっているとついウトウトします。省エネモードで温度調節を弱にしても十分に暖かく、無暗に節電を訴えるよりも暖かく過ごす方法をシェアした方が実効性を持つと思います。湯たんぽやハクキンカイロなど、現代に活かせる昔から伝わる暖を取るための生活の知恵はたくさんあります。老子は、知識を得たいなら毎日増やし、知恵を得たいなら毎日取り除きなさい、と言ったとされます。近代西洋の進歩主義的世界観で発展した都市ですが、先人の知恵と経験を活かすことで人間らしい暮らしに近づく気がします。
お知らせ
心穏やかな幸福
昨夜は、去年の10月にもお世話になった安曇野の設計事務所兼民泊に宿泊しました。10年に一度と言われる寒波の朝、古民家の太い梁が組まれる吹抜けの下で、薪ストーブの窓に揺れる炎を眺め、薪が弾ける音に癒されます。オーナーの弾くグランドピアノの旋律に、コーヒーの香りが漂うと、心穏やかな幸福に浸れます。贅沢、至福、ラグジュアリーといった、手垢のついた言葉が似つかわしくない豊かさは本質だと思います。刹那的な贅沢に自分の居場所は見つかりません。作り物に見えるお仕着せの価値観を離れるなら、人生を豊にしてくれる安らぎが手に入り、あくせく働いて稼ぐ必要もないのでしょう。こうしていると自分が人生で何をしたいのか、直観的な答が降りてきます。ガツガツ働きガツガツ稼ぐことは人生の華であり、最も輝かしい時間に見えて、結局はお金に支配されて自分らしさを失うだけなのかもしれません。
義務は喜びに
干支が5周した朝を、最強寒波で氷点下13度の安曇野で迎えました。自分史上最も嬉しくない誕生日であり、祝いたい気など毛頭ありませんが、ここまで生きて来られたことと支えてくれた人に感謝すべきでしょう。いくら強弁しようとも人生が後半に入ったことを認めざるを得ませんが、第二の人生のスタートラインに立ったと思うと気が楽です。2023年は波乱の一年が予想されますが、外部の雑音に惑わされず悔いの残らない日々を心がけたいものです。40代の後半で体調を崩したことが幸いして、以来小食と運動を始めた成果が実ったのか、体力低下を実感することもなく、あと30年ぐらいは働く予定です。第一の人生と今後の生活の大きな違いは働くことに対する意識で、義務は喜びに変え得ると思います。余生や老後といった不吉な言葉を使わず、かといって永遠に青春という不自然さでもない、自分らしさを探求する日々は続きます。
銭湯の近くのワンルーム
自宅から歩いて10分ほどの銭湯が来月で営業を止めると張り紙が貼られていました。徒歩5分の場所に別の銭湯がありましたが、20年ほど前に廃業しました。昨今、銭湯の良さが見直される反面、売上目途の立たない施設で老朽化に抗うことは困難かもしれません。最小限で暮らすミニマルライフの強い味方である銭湯は、サウナを取り入れたリノベーション事例も少なくありませんが、淘汰の流れに逆らうことはできないのでしょう。日本で入浴が一般化したのは江戸時代中期とされますが、銭湯こそ日本人の健康長寿を担って来たと思います。大きな浴槽で体を温めるとリラックスでき、血液循環が促され、副交感神経が優位になり、生活習慣病の予防にもなります。独特の建築様式を伝承する銭湯が近所にあれば、毎日が温泉旅館気分になれそうで、最も潔い都市生活は、銭湯の近くの風呂なしワンルームに暮らすことのような気がします。
突き抜けることの一択
コロナ禍開業した近所の惣菜店が閉店しました。店の新陳代謝は見慣れた光景ですが、当事者にとっては大問題です。少し高価格帯の惣菜店は、店舗の作りもホテルのデリカテッセン風でスタッフの数も多く、コック帽をかぶった調理人が接客していました。昔で言うところのアフォーダブル・ラグジュアリーで、店の作りやロゴもプロの仕事を思わせるものでした。学生街の立地ながら、客筋が悪いわけではなく、並びのカフェや向かいの洒落た立ち飲み店は賑わっています。店頭のメニューを見る人は多いのに店内に入る人を見かけることは稀で、買いやすい値段の目玉商品などで敷居を下げる必要があったと思います。一方で繁盛する店は高値を設定しても客はついて行き、卓越した何かを持ち、突き抜けることが成功の条件でしょう。最も安全な選択肢は、突き抜けることの一択かもしれません。
日本版ノマドランド
近所の昭和女子大学にはキャンピングカーで生活をする学生がいるそうです。大学近くの車中泊スポットに車を停め、多くの時間をキャンピングカーで過ごす究極のミニマルライフです。60万円で購入した2007年式日産NV350キャラバンの福祉車両を半年かけてDIYし、IKEAの家具を流用したキッチンや、日本と北欧が融合したインテリアスタイル「ジャパンディ」(Japandi「Japanese+Scandinavian」)を取り入れたそうです。クラウドファンディングで120万円を集め、食事やシャワーは近くのシェアスペースを使うシェアエコ時代の生き方です。大学に行かない時は千葉や山梨などでキャンプをして、ほとんどが車上生活ながら不便はないと言います。就職活動を止めて、キャンピングカーを使ったツアー会社やキャンピングカーのデザイン会社の起業を決め、日本版ノマドランドは都市生活者の新境地を切り開くのかもしれません。
少量消費なら体も心も豊かに
世界的なインフレが問題視され日本にもその影響が及びます。食事に関しては自炊が大半ですのでその影響は気にならず、50円で買っていたおからがせいぜい70円になった程度ですからそれほど深刻ではありません。安い食材は、その土地で昔から食べていた食品であり、旬の食材による身土不二の食生活が体調を整えます。葉物野菜は高値が続きますが、一方で大根などは安い価格で店頭に並び、この時期はおでんを作る機会が増えます。さつま揚げなどの練り物が安いときに買い足して加えれば、調理の手間も生じません。贅沢をせず、少量消費を心がけるなら、体も心も豊かになる気がします。贅沢は際限のない欲を生み、そのスパイラルから抜け出せなくなりますが、小さな幸せで満足するならより大きな幸せは必要なく、恐怖や不安の根源であるお金に人生を支配されることもなくなると思います。
アバターが旅行をする時代
昨夜はベルリンを旅行中の娘とLINEでビデオ通話をしました。東西分断の象徴であったベルリンの壁や、東西ベルリンの国境検問所であるチェックポイント・チャーリー跡などのバーチャルツアーは、それなりの臨場感があります。数日前はスウェーデンの凍った海の上からビデオ通話があり真冬の雰囲気が伝わります。今は取り立てて旅行に行きたいとも思わないので、自分のアバターが旅行をする時代を歓迎すべきかもしれません。旅に気が進まない理由はその本質がアウェイだからのような気がします。外食に行って落ち着いて食事ができないのも、初詣に大きな神社に出かけてどこか真実味がないのも、アウェイの環境ではリラックスして自分の内面と向き合えないからだと思います。不慣れな非日常で体調を崩すリスクを冒すより、歩き慣れた山歩きをした方が本心から充実します。暮らすような旅が人気なのもそのためでしょう。
当たり前にこそ感謝
来週にかけて厳しい寒さが戻るようです。ディーゼルエンジンは軽油が凍結して始動できなくなるアクシデントがあると言います。軽油には数種類あり、12月から3月にかけて関東などで売られる「2号」はシャーベット状に凝固する流動点がマイナス7.5度以下に下がり、中部の山岳地帯ではマイナス20度以下の「3号」が、北海道では1月から3月にかけてマイナス30度以下の「特3号」が販売されるそうです。東京から氷点下10度を下回る長野県に行くときは、半分以上の燃料を寒冷地に着いてから補給する必要があるようです。旅館のあった新甲子温泉では氷点下15度以下になる日もありましたが、フィアットはグズることなくいつも一発で始動し、18万km近くをノートラブルです。現代の車なら当たり前のことですが、常に蛇口からきれいな水が出ることも、安全な街に暮らせることも、日本社会の常識は恵まれた環境下での稀なケースであり、そんな当たり前にこそ感謝したくなります。
EV廃止の意義
原油生産量全米8位のワイオミング州で、2035 年までに電気自動車の販売を段階的に廃止する法案が議会に提出されたと伝えられます。EV充電インフラの欠如と、バッテリー内の鉱物がリサイクルまたは廃棄できないことを問題にしています。今から120年前の1900年に米国で生産された自動車4,192台の28%が電気自動車で、その販売総額はガソリン自動車と蒸気自動車の合計額を上回っていました。しかし、ヘンリー・フォードがエンジンを大量生産したことで、ガソリン自動車の価格は電気自動車の4割弱まで下がり、テスラのような革新的な企業が出現する21世紀に至るまで、内燃焼機関の優位性は揺るぎないものとなりました。排ガスや排気音がないEVは一見すると環境にやさしくそのドグマを人々は信奉しますが、温暖化問題にせよ、太陽光発電にせよ、結論の出ていない議論を拙速に進めるレトリックが世界を覆うことは危険でしょう。