寒の入りを過ぎ一年で最も寒い時期を迎え、早朝近所の畑には霜が降ります。半地下にある我が家は外気の影響を受けにくく、一年を通じてエアコンをほとんど使いませんので、今の時期は家に居ても厚着をします。人類史は寒さと空腹との戦いであり、その末裔の現代人も寒さや空腹を忌み嫌います。寒さや空腹に伴うストレスホルモンによって注意力が外界に向かうのは、人類進化により身につけたサバイバルシステムがあるからです。外界の危機に直面するとアドレナリンやコルチゾールといった化学物質が体内に放出され、サバイバルモードに入ると人は自らが助かることにしか意識が及ばなくなります。寒さや空腹から逃れることにしか思考が行かなくなり、暖を取りたい、空腹を癒やしたいという感情を呼び起こします。しかし素晴らしく良くできた人体は、寒さや飢餓といった生命を危機に陥れる状態において生命力を高めるように作られていて、寒さにより人体の発電機であるミトコンドリアは活性し、空腹により長寿遺伝子が動き始めます。今しか経験できない寒さや空腹は避けるものではなく、むしろ積極的に健康のために活用すべきでしょう。
お知らせ
人生はやり直せる
日曜日に八ヶ岳に登り、腿まで沈む雪を踏み分けて稜線を進んだためか、久しぶりに筋肉痛が戻ってきました。考えてみると1ヶ月以上身体を動かしていません。コロナ禍一年目の2020年は早朝の西岳(2,398m)に42回登ったのは東京を離れる時間が長かったからです。昨年は12回しか?登っていないのは結局東京中心の生活に戻ったからです。生活が日常を取り戻すことは喜ぶべきですが、やればできるリモートワークも馴染みの働き方に戻るのかもしれません。フェイスブックを見ると、あの人もこの人も都市を離れる移住ブームが起きていると錯覚しますが、頂いた年賀状を見ると地方に拠点を移したという人はほぼ皆無です。自分のまわりの人を乱暴に分類すると都会の生活を続ける人が90%、複数拠点生活をする人が5%、たまには都心に出られる郊外居住を含み拠点を移す人が5%という感覚です。仮に1割が都市信仰に見切りをつけるにしてもこれは令和の民族大移動ですし、潜在層はさらに多いと思います。現代人が受ける最大の恩恵が第二、第三の人生をやり直せることなら、この比率はさらに上がって行くのでしょう。
気にせず、依存せず、自分でする
昨日は妻の実家に行きました。今年90歳になる義父は30数年前に結婚の挨拶に行ったときとさして印象が変わらず、高齢者という言葉があてはまりません。妻に先立たれた男性は短命であることが知られますが、13年前に義母が亡くなったあとも、人に依存せず何でも自分で行います。今でもお酒を楽しみ、以前は喫煙もしており健康のためにストイックな生活をするわけでもありません。昨日出された調味料は賞味期限を7年も過ぎているぐらいですから、細かいことを気にせず、誰にも依存せず、何でも自分ですることが健康な生活を送る秘訣かもしれません。天然で鷹揚で素のままに生きる父を見ていると、検診結果に一喜一憂するのも、健康に良いか悪いかで全てを判断するのも、アンチエイジングのための出費を惜しまないのも、全てが不健康な執着に見えます。人の手を煩わすことが一切なく、子供にとっては理想の父ですが、「もう年だから」などと弱音を吐けば、その依存心が自らの自由と生命力を奪うことになります。新年は誰しも年を一つ重ねることを意識しますが、父の生き方を見習い、精神的老化を防ぐ挑戦の一年にしたいと思います。
幸福のための執着と稼ぐための執着
昨日は八ヶ岳南端の西岳から青年小屋まで往復しました。この時期としては多い積雪のためスノートレッキングにはこの上ないコンディションです。森の冷気と霊気を感じながら山を下るスノーランがもたらす幸福感に勝るものありません。自然のなかで過ごせば無条件に幸せですが、一方で商業的サービスがもたらす幸福はいつも条件付きで欲望や執着がつきまとう気がします。稜線に上がると肌を刺すような風が襲いますが、下山後に冷え切った身体を湯船に沈める幸福感を得るにはさしてお金はかかりません。お金は身の丈の生活の範囲に使うものであって、華美な洗練や快適さ、安楽を買えばそこから執着が芽生えるのでしょう。幸せを商業化する技術は年々巧妙化しますが、幸せは外部に求めるものではなく自分の内側に見つけるものだと思います。本来の自由とはモノからの自由を意味したはずですが、大半の人は消費する自由を求めます。際限ない消費を求めた結果、効率よく稼ぐ必要が生じ、時間節約のためお金を払いそこにも執着が芽生えます。幸福のための執着と稼ぐための執着を手放すことなしに幸福に近づく道はないのでしょう。
疎開のうねり
例年この時期は宿泊客で賑わいどの駐車場も満車で入れないリゾートに行ってみると閑散としています。年末商戦たけなわの商店も意外に混雑していませんでした。昨年末に夜の都心を歩いたときも、行列のできる店とガラガラの店のコントラストが鮮明でバブル崩壊後に見た景色を思い出し、残酷な優勝劣敗が再び始まる予兆に見えます。海外ではスタグフレーションを危惧する声も聞かれ、2022年を明るく見通す材料が少ない印象です。後世の歴史家はコロナ禍のこの2年を、都市信仰が衰退期に入る転換点と評価するかもしれません。現代の都市の本質とは、幸せを金で買う場所であり、そこで買えるモノは他人軸の満足でしょう。他方で本当に貴重な健康も長寿も金では買えず、世界の長寿地帯であるブルーゾーンはいずれも医療施設の少ない自然豊かな場所です。われわれが時代の転換に遭遇しているのなら、過去の延長に夢を描くことはできず、新たな生き方を模索することになります。先月参加した富士山ヘルスツーリズムで聞いた、リスクの高い都市から離れる「疎開」というコンセプトはいずれ時代を転換させるうねりを起こし始めていると思います。
心穏やかな内省の時間
皆さま、あけましておめでとうございます。この2、30年はテレビのない年越しで、紅白ともゆく年くる年とも無縁の普段と変わらぬ生活です。あらゆる手段で浸透して来るメディアの雑音が年々不快になります。テレビを低俗にしたのは漫然と見続ける自己管理ができない視聴者でしょう。人生を難しく厄介にするのは欲望と執着や不安を生み出す様々な雑音であり、どこまで行っても満たされない虚しさの正体は無意味な付加価値だと思います。なくても困らないモノばかり人々は欲しがりやがて無自覚になります。氷点下12度の諏訪大社への初詣は新年のはじめに心を整える区切りになります。三種の神器の一つである鏡は参拝者に向けられ、自分を見つめることから人と神と自然が一体化した日本独特の美しさを創り出してきたのでしょう。古来より山を神霊の宿る聖地として崇め大切に扱ってきた自然信仰の形態を神社は今に伝える場所だと思います。欲望こそが経済を活性化させ社会を進展させると人々は考えましたが、本当の豊かさは祈が積み重なった神社空間のエネルギーがもたらす気がします。心穏やかな内省の時間を増やし離欲の一年にしたいものです。
クレームがつかない健康常識
大晦日は誕生日以上に過ぎゆく時間を感じます。この一年の生活変化は一日一食に移行したことです。栄養学の適当さは以前から気になっていましたが、我々が信じる権威は科学的に証明されたものではなく移ろいゆく意見に過ぎません。健康常識から解放され身体の声を信じると、体調は目に見えて良くなり、むしろ活力は増し、食事が美味しく、食事の用意の煩わしさも減り、時間もお金も節約でき、ゴミも減り、今のところデメリットを見いだすことができません。万人受けするとは思いませんが、断続的に断食する効果も得られ生活習慣病の発症リスクも下がりそうです。糖質制限は劇的に体重を落としますが、他方でアミラーゼ遺伝子を多く持つ日本人は腸内環境を改善するレジスタントスターチを含むご飯を食べるべきとか、米は精米した方が有害なレクチンのリスクを減らすなど諸説あり、何も信じず食べたいものを食べる多品目少量こそがベストの食べ方だと思います。流布される健康常識のなかで唯一クレームがつかないのは少食だけで、一食一食を大切にすることが命を尊ぶことでしょう。皆さま良い年をお迎えください。
店はアウェイ?
年末はスーパーが一年で最も活況を呈する時期です。クリスマスに続く書き入れ時ですが正月用に模様替えした店内は盆と正月が一緒に来たような状態になります。本来消費者は強い立場ですが、2、3日店が閉まるだけなのに籠城戦に備えるようにあれもこれも買い込むのは悲しい性でしょう。企業活動は人の欲望と執着を利用してより多く売ることですが、この日ばかりは消費者はお金を使いたくて自ら店に向かい、鴨がネギと鍋とガスコンロまで背負って来るようなものです。普通の食材は正月用パッケージに衣替えしただけでハレの食事として高級品に変身します。客にとって店はアウェイで、BGMの曲を変えると買い物客の歩くスピードは変わり、ついで買い、衝動買いで消費単価は増えていきます。災害時のライフラインとなる流通業ですが、大晦日まで営業してもらえ、店によっては年中無休なことには感謝しかありません。日本が住みやすいのは流通業が素晴らしいからでしょう。価格に敏感な我が家ではクリスマスや正月用として売られる商品を買うことはなく、普段と変わらない値段で売られる食材を正月用に見せる工夫が大切だと思います。
日常は貧しくない
オミクロン騒動により娘がイギリスで新年を迎えることになり、近所にできたスシローで妻とささやかな忘年会をしました。リスクの少ない外食は寿司だと思いますが、優待券もあり最も利用する外食店です。ひかりもの三貫を120円で食べられ、味も悪くないのは驚異的です。この一年を振り返ると花粉症の季節は沖縄でリモートワークをし、夏は北アルプス縦走に行き、山にも出かけた充実した一年と言えます。10大ニュースを数えるほどめでたいことも事件もありませんが、何事もなく無事で健康に過ごせて、寝る場所と食べるものがあり、そんな生活を守る国が機能しているだけで十分です。不安を数え始めればきりがありませんが、最低限守りたいものが明確になると心穏やかに過ごせます。他方で、あれが欲しい、これも欲しいと金に目がくらむと精神は貧しいままで平穏な生活は訪れません。イギリスを訪れ豊かさを感じるのは、日常生活に美的センスや偉大さを求める傾向が見られるからだと思います。元来それは日本の専売特許だったはずですが、いつしか日本人は日常を貧しいものとみなすようになったのかもしれません。
語るべき歴史
ラブラドールとの散歩道にあったお地蔵様が撤去され、共同住宅が建ちました。毎朝手入れする人を見かけ、現代の住宅地にあって生きた民間信仰に触れる貴重な一角でした。疫病などから地域を守る神仏への信仰が広がったのは平安時代とされますが、家庭から仏壇や神棚が消え、祈りの機会は限られます。どの土地にも語るべき歴史がありますが、一度失われた歴史の証人を取り戻すことはできません。自宅から1kmほど離れた場所に戦時中にB29が墜落した場所があります。最初にこの史実を知ったのは、娘の通っていた中学校の廊下に人知れず展示されていたB29のジェラルミン製の小さな金属片を見つけたときです。昭和20年5月24日未明、第二次大戦中の単一作戦としては最大となる558機のB29が東京市街地空襲中に高射砲により撃墜されたもので、この日の損失17機の1機です。1584年(天正12年)に創建された西福寺のすぐ南の畑に胴体が落ち、漏れ出した油で何年も井戸が使えなかったと言います。乗員のうち助かった4人は戦後帰国し7人の戦死者の遺骨は多磨霊園に安置されました。平和な社会に生かされている意味を考えさせられます。