昨日は忌まわしい一日でした。生活リズムが狂うマンデーブルーでも、天気が崩れる気圧と自律神経の乱れでもなく、ただ何かが狂うことで全てが悪い方向に転がる感覚です。近所の知的障がい者施設で、利用者の迎えのドライバーの朝活をしているのですが、昨日に限って対面通行が困難な細い道でゴミ収集車とすれ違えず7分ほどロスをし、その後も指定車以外通行できないこれも行き違い不可能な道で来ないはずのトラックと鉢合わせし、さらには毎朝のルートが工事中で通れず、いつもなら1、2本の列車の通過で開く踏切がしばらく開かず、何かがおかしい嫌な予感がした矢先、普段はおとなしい利用者に突然暴行を受けた職員が怪我をしました。幸い大事には至りませんでしたが、忌まわしいと感じる人々の集合意識が未来の現実を引き寄せるのだとすれば、未来に不安を感じるのではなく、今に感謝をして力の限り生きることが必要なのかもしれません。
お知らせ
冬こそ薄着
今朝の気温は0度で、昨夜ラブラドールと散歩に出ると風が強く寒さが身に沁みます。しかし、人間とは都合の良いもので、以前ほど寒さが嫌いではないのは、美しい雪の季節の山をまだ楽しめると思えるからです。加えて人体は寒いほど発熱物質である内蔵脂肪を燃やして深部体温を上げ、内蔵の動きが良くなり細胞の代謝が活性化して体を健康にします。日中の覚醒時には高い深部体温が夜になり低下することで眠くなり、良好な睡眠を得るには意識して深部体温を上げることが有効です。寒さは飢餓同様に長年人類を苦しめてきましたが、それを克服した人体にとって、その両者は生命力を高めるのに役立ちます。寒さや空腹に、内臓脂肪の燃焼と長寿遺伝子の活性化という一石二鳥の意味を見出せると寒さは積極的に受け入れるべきものになり、冬こそ薄着で過ごすことで体は寒さに順応し、同様に空腹も苦痛ではなく快感に変わります。
観光立国幻想を捨てよ
1968年に当時の西ドイツを抜き世界第二位の経済大国に躍り出た日本は、1990年の東西ドイツ統一以降も2010年に中国に抜かれるまでその地位を保ちました。いずれインドに抜かれるだろうと呑気に考えていましたが、そのドイツに今年逆転される可能性が高いと報じられます。G7最低の労働生産性と言われる日本に対し、2021年時点の労働時間当たりの実質生産物でドイツは1.62倍です。器用で勤勉とされる日本人の特性を活かすなら、その強さは工業製品や建築物などにおいて発揮され、製造業大国に全ての資源を集中することが日本復権の鍵だと思います。一方で、空港の使い難さを見ても、日本人は外国人のおもてなしに不向きで、観光立国幻想を捨てるべきかもしれません。年々進む高齢化も問題で、シニアの継続雇用という中途半端なやり方ではなく、自ら生産性を高め、生涯を通じて成果を発揮できる環境整備をすべきでしょう。
唯一のこだわりは自分の身体
面倒を減らしたい第二の人生を始めると、執着とこだわりはどちらも無用だと思います。共に一つのことに心がとらわれている状態を示しますが、前者は対象から離れ難い受動的な態度に対して、後者は能動的です。第一の人生におけるこだわりは生活の原動力でしたが、以前は関心のあった料理の美味しい店も、自動車の性能やデザインも、ホテルの贅沢さも、今は興味を感じません。モノが増えるよりパソコン1台で全てをこなせる方が望ましく、音楽を聴くのもラップトップのスピーカーを使います。山で使う帽子は90年代の始めにアメリカで買ったものですし、自転車は34年前に結婚祝いにもらったブリジストン製が現役で、18万km走ったフィアットは法定点検以外に手をかけません。唯一のこだわりは自分の身体で、自然のなかで体を鍛え、味覚を始めとした知覚を磨くなら、何がなくても楽しく生きていけると思います。
週末の午前中は山に行く
昨日の朝活は丹沢に行きました。蛭ヶ岳(1,673 m)に行く予定でしたが、前日降った重い雪にスピードが上がらず、山頂の2km手前で引き返しました。気温が下がる八ヶ岳と違い、首都圏の山は温暖な気候と雪の感触が楽しめるスノーハイクのいいとこ取りができます。家から近い山は土曜日の午後がフルに使えて、交通費であるフィアットの燃料代も800円ほどとお手頃です。休日のレジャーで人気なのは、買い物やグルメといったパッシブレジャーですが、太陽を浴びながら屋外で体を動かすアクティブレジャーは、健康になれる上に概してお金もかかりません。帰路購入したサツマイモを帰宅後焼き芋にしましたが、味付け不要なのにドーパミン系デザートに匹敵する美味しさです。レジャーの本質的な動機は健康のための活動であり、手頃な支出と上質な楽しみを実現する能動的レジャーの最右翼は、週末の午前中は山に行くことだと思います。
唯一の方法は少食
外出をする日は一食、家にいる日は二食の生活パターンが定着し、この1、2年の体重は小学生以来の50kg台を維持しています。よく噛んで丁寧に食べれば少量で満たされますが、産業が発達した現代は全ての商品を過剰に消費しなければ経済が窒息します。現代栄養学は、食べさせ続けるためのプロパガンダだと思います。この1、2万年の間、人体の構造は同じなのに、時代は極端な飽食社会に変わり、消費者は進んで欲しがります。食原病は現代に始まったものではなく、エジプトのピラミッドの碑文には、「人は食べたものの4分の1で生き、残りの4分の3で医者を養う」とのことわざが刻まれると言います。加えて現代の食事に含まれるナノ粒子レベルの食品添加物は、血液や臓器に吸収され炎症を引き起こす疑いが持たれます。人体はタフにできていて、大半の毒を除去してくれますが、その働きに報いる唯一の方法は消化酵素を節約できる少食しかないのでしょう。
ささやかな幸せは偉大な幸せ
トルコ南東部で起きたマグニチュード7.8の大地震の被害には目を覆いたくなります。地震の多いトルコの耐震基準は日本と同水準で、柱が瞬時に強度を失い、建物全体が真下に折り重なるように崩れるパンケーキクラッシュは他人事ではないようです。ウクライナ戦争が始まる以前に、首都キーウにある美しい住宅の動画を見ていましたが、爆撃を受けた街の被害に胸が痛みます。真冬に住居を失う苦労を理解することはできませんが、暖を取れる寝場所のある幸せに感謝することはできます。水や電気が供給されるささやかな幸せの偉大さは見落としがちで、平和な日本にいると際限ない幸せを追い求めようとします。悲惨な目に合わなくても幸せを実感する方法は、一食抜くことだと思います。食事の量を減らせば健康になるだけではなく、普段の食事が桁違いに美味しくなり、わざわざ美食を追求する必要もなくなります。
サバイバルをエンターテイメント化する
米空軍による中国気球の撃墜は、米ソ冷戦の引き金となった米偵察機U2撃墜事件を彷彿とさせます。中国による偵察用とされる気球ですが、より致命的な脅威は電磁パルス(EMP)攻撃のテストとする説です。成層圏で核兵器を爆発させることにより電気網を麻痺させるEMP攻撃は、米国の電力網の70%を破壊し1年以上にわたって停電を引き起こす可能性があるとされます。電気がなければ瞬く間に100年以上前の世界に逆戻りし、経済活動が停まり社会が崩壊します。現代人の大半は自給自足で暮らした経験もなく、米国のEMP委員会は、生き残れるのは都市から遠く離れた地方に住む1割ほどと試算します。人類の生存を脅かす時代を生きるには、事態を深刻に受け止めるのではなく、脂肪分解により生きられる省エネ型の体に自らを改造するなど、サバイバルをエンターテイメント化する発想が必要かもしれません。
寒さも空腹も味方
立春を過ぎ寒さが緩み始めましたが、あまり嬉しくありません。春めいて来ると花粉の季節が近づくことと、山が最も美しい姿を見せる雪の季節が終わってしまうからです。都会で会社勤めをしている頃の季節の変化は、暑いか寒いかといった生理的な不快でしかありませんが、季節折々の美しさを見せる山に行くようになると、暑さにも寒さにも親しみを覚えます。うだるような暑さは夏山の気分を盛り上げ、厳冬期の寒さはその荘厳な美しさとともに自然の偉大さを感じさせます。人類にとって飢餓に並ぶ脅威であった寒さですが、過酷な環境を生き延びた人体は飢餓も寒さも味方につける進化を遂げました。寒い季節に何も食べずに運動をすることでミトコンドリアが強化され、体は最適の状態にチューニングされます。寒さの効用を認識すれば寒さを別の側面から見ることができ、空腹同様に自分の味方であることが理解できます。
植えるか飢えるか
週末は夏ミカンを貰いに妻の実家に行きました。敷地は広くありませんが、庭の半分ほどが菜園で周りにユズやレモン、柿の木などがあります。無農薬の安全な野菜や果物を口にするには、自給自足をするしかありませんが、郊外の戸建住宅ならそれが可能です。ガンの増加が止まらない日本の現状は、食を人任せにする怖さの現れだと思います。外食を避けたい理由は、健康より美味しさやコストが優先され、古い油や農薬、添加物、塩素消毒のリスクが加わるからです。ウクライナ戦争を契機に食糧危機が叫ばれるようになりましたが、母に聞いた戦時下の買い出しの話を思い出します。人の支えを頼りにせず、身体を動かす自給自足生活なら、実体のない紙切れによる経済支配から離れ、豊かな自然の恵みや、人とのつながりに豊かさを見出すことができそうです。植えるか飢えるか、という選択を、現代人も迫られているのかもしれません。