N-VANが人生を変える

最近見るYouTubeに、ホンダのN-VANを持つ女性のソロキャンプがあります。2019年にN-VANを買って以来、「何もしない」ことを楽しむためにキャンプに行くと言います。短いキャプションと音楽だけの短編映画のような映像は、どこか切ない余韻を残します。日用品に囲まれた慎ましい普通の暮らしぶりに引き込まれるのは自分ばかりではないようで、毎回数十万視聴されます。積載量が十分あるのに商用車っぽさが少なく絵になるN-VANは、人を自然体にさせるクルマだと思います。N-VANとのソロキャンプ生活を始めたことは主人公の人生を変え始め、今では賃料1万円、築100年の古民家に暮らすようになりました。ほどほどに頑張り生きる生活が微笑ましく、人のやさしさに触れる理想の暮らしに見えます。荷物を載せっぱなしにできるN-VANなら、面倒な準備や手間もなく、キャンプは日常に近づき、やがては人生を変える力になる気がします。

今も触れられる奇跡

火曜日に高萩のサウナ施設に行く前に、常陸国最古の霊山と言われる御岩山(530m)と竪破山(たつわれさん658.3m)に登りました。御岩山は古代より信仰の山として祀られます。中世より修験の山として栄え、祭祀遺跡が発掘される西側斜面一帯が神域とされます。竪破山も江戸期までは巨石・山岳信仰の山で、山頂付近には黒前(くろさき)神社があり、近くには山の名の由来となり、徳川光圀が名づけた太刀割石があります。花崗岩が風化する過程で、内部に生じる亀裂の間隔が1m以上の岩塊として残るコアストーンは、何らかの力が働いたとしか思えない異様な巨石です。古代の人々が岩座に霊力が宿ると信仰した気持ちが分かります。縄文の時代から祭祀が行われたであろう磐座が、目の前に鎮座し、手を触れられるところに今もあることは奇跡であり、霊山ほど貴重な体験はないと思います。

現代の共同浴場

昨日は茨城高萩市にあるアウトドア・サウナ施設のコアミガメを見学しました。サウナ好きと話せば必ず名前の挙がる理由は、築80年の古民家の敷地の裏手にある渓流を水風呂に利用する、野趣あふれる茨城県の秘境とも言える立地にあります。漆喰壁のサウナ室には、パワーがあり過ぎてカタログモデルから落とされた国産ストーブが置かれ、断熱と蓄熱構造により前日の温度が残ります。値段の安いテントサウナに加え、一部の輸入品では価格競争も始まり、サウナはあって当たり前のコモディティになりつつあります。他方でサウナを求めて旅に出るスタイルは定着し、今後の主戦場はドラマチックな水風呂と外気浴ができる限界集落になる気がします。日本では集落ごとに共同浴場を管理する温泉文化が残りますが、那須などでもその数は減る傾向が見られ、サウナがそれに代わるのかもしれません。

ぬくもりを伝える年賀状

年賀状の季節になりました。郵便局の引き受け通数はこの数年10%ずつ減少し、「年賀状じまい」をする60代以上は53%にのぼるとの調査もあります。企業が紙の大量消費を問題視して止めるようになり、若者が手間とコスパで嫌うのに対して、年配者は終活の一環として出さなくなるケースが多いと言います。正月と言えばストーブで焼いた餅、こたつでみかん、そして年賀状というイメージが強く、その伝統を壊したくない気持ちもあります。しかし、それ以上に大きいのは、年齢を理由に何かを止めることは、死を近づけるようで縁起でもないからです。スマホを持つようになり、腕時計をする人が減っても時計の価値は装飾品に変わり、市場規模が縮小しなかったように、年賀状の価値はむしろ高まると思います。書き手のぬくもりと気持ちを伝える一種の贅沢品として、心に響く手書き文化が見直されるのかもしれません。

日本中どこでも人を呼べる

先月開業したプライベートサウナ、SAUN9NE大阪東心斎橋は戸建のリノベーション物件として注目されます。鰻谷商店街に建つ築60年の民家をリノベーションし、ロウリュウができるガラス張りのサウナと15度に冷却した信楽焼きの水風呂、坪庭での外気浴ができ、3時間の利用から宿泊も可能です。昨今のサウナブームはサードウェーブと呼ばれ、サウナが日本に根付くきっかけとなった1960年代が第一の波で、1990年代のスーパー銭湯ブームが第二の波、昨今のロウリュウ+外気浴の北欧式サウナが第三の波とされます。サードウェーブサウナは様々な業態を生み出し、経営主体のSAUN9NEはフランチャイズ展開により、限界集落の空き家をコンバージョンして人を呼ぶことを想定しています。少額投資ながらトランス状態をもたらすサウナの魅力に、デザイン性の高いプライベート体験を加えるなら、日本中どこでも集客が可能となり人の流れが変わりそうです。

簡単に治ると困る

夜中にトイレに行きたくなり目を覚ますことが続いていましたが、1分のセルフケアで治りました。内臓や各器官につながる末梢神経が集まる手のひらを押すだけです。膀胱とつながる反射区は人差し指と親指から線を降ろした交点の少し上にあり、7秒ずつ3回押すだけで、その晩から目が覚めなくなりました。これまで、あらゆる不調はセルフケアで治りました。膝の痛みは肥満が原因で、その肥満は朝食を抜くことで自然と一日一食になり、今は最盛期に比べて27kg減量しました。治療家を渡り歩いた腰痛も、腰にボールを当てながら骨盤を立てると治り、眼鏡使用が免許の条件だった視力は福島の山中で遠くを見る生活をしたら1.2と1.5に回復しました。花粉症はまだ治りませんが、沖縄に行く口実なのでこれは良いとして、健康の基本であるセルフケアは簡単で効果的です。それが広まらないのは、簡単に治ると困る人が多いからでしょう。

たとえ破滅の道だとしても

昨日友人とケータハム・セブン170Sの話をしていて、最初の車を買うときの候補でもあり、いつも気になる存在です。車は軽さが全てだと思っているので、490kgの車体は至高のハンドリングマシンのはずです。人生を変えてくれる車があるとするなら、この車を置いて他には見当たりません。彼への助言は後先のことを考えず、買ってから何とかすることです。自分の未来に賭ければ自ずと人生は開けるもので、たとえそれが身勝手な思い込みや幻想、破滅の道だとしても、平凡な人生で擦り切れるよりマシです。6年前に買った旅館も、先週買った白河の古民家も、買ってから何とかすると言う発想がなければ踏み切れません。リセールバリューというセーフティネットのあるケータハム・セブンの購入に、悩む必要など無用でしょう。人が晩年に後悔するのは、何かと理由をつけては先送りをして行動しなかったことなのですから。

昔は品質が高かった

昨日は天丼専門店、日本橋天丼金子半之助の日本橋本店に行きました。国内21店舗(内FC3店)米国5店舗、台湾2店舗の本店にしては日本橋の裏通りの分かりにくい場所にあり、1階にカウンター6席、2階にテーブル14席の小さな店です。総板長金子真也氏の祖父で明治38年創立、唯一の天ぷら専門の日本料理職業紹介事業一心会の二代目会長の名を冠した店は、伝統を装いながらベンチャー企業が運営します。穴子、海老2本、烏賊、半熟玉子、野菜を合わせた豪快な天丼に、門外不出の江戸前の丼たれがかけられ、丼鉢は底に空洞を施し保温効果を持つ有田焼を使用します。老舗イメージのある日本橋にあって、1,330円という比較的リーズナブルな価格によりアイドルタイムでも行列ができます。トレンドが移り変わる洋食に対して、戦前の庶民に愛された生粋の江戸前天丼というノスタルジーに訴えかけるのは、昔は品質が高かったという信念が今も残るからかもしれません。

車好きならでは

昨日は黒磯でスタッドレスタイヤに交換しました。フィアットのタイヤサイズは175/65R15と比較的小ぶりですが、東京や長野の量販店より2万円以上安く買えるのは、ブリヂストンの主力工場である栃木工場、那須工場、テストコースであるプルービンググラウンドがこの地区に集中しているからだと思います。2013年にVRXが発売されて以降は、スタッドレスタイヤであることを意識する必要がなくなり、年間を通して使用しています。サマータイヤと比較して静粛性、燃費性能も変わらず、乗り心地はむしろ良く、ドライの高速走行でレーンチェンジをしても昔のスタドレスのようなふらつきもなく、2シーズン4万km以上走っていますが著しいグリップの劣化は見られません。タイヤは路面状況を伝える重要なインターフェースで身体感覚に繊細な情報を伝えます。数年前に90歳近い父を乗せたとき、乗るなりタイヤを交換したのかと言ったのは、車好きならではです。

フルタイムの終焉

「ゆるミニマリスト」や「シンプリスト」といったシンプルライフを送る動きは若い女性を中心に人気です。不安な経済情勢を反映して、節約や生活防衛のサバイバル的要素、日本発の「断捨離」や「こんまりメソッド」といったお片付けブームも加わり、物質主義的な生き方に対する反動は大きなうねりになっています。さらにスピリチュアルな要素が加わると、極限まで「減らす」ことが目的化する脱消費原理主義的な傾向も現れます。この背景には、リンダ・グラットンが近著で主張したように、コロナ禍によってわれわれが、仕事のあり方、生活のあり方を見直す絶好のチャンスを手にしていることがあると思います。生活や仕事における時間と場所の柔軟性が増したことは、フルタイムの教育、フルタイムの仕事、フルタイムの引退という時代遅れの生き方の終焉を意味するのかもしれません。

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