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冒険的な刺激

今日の新甲子温泉は冷たい雨が降り続いています。昨夜は今日の白河駅伝に出場する40人に泊まっていただきました。駅伝と山の違いはあってもランニング競技をする者同士は初めてでも気安さがあります。

昨年の冬から宿に住み始めたこともありトレイルレースにも1年近く出ていません。今日は悪天候のなか友人は信越五岳100マイルレースなど天文学的な距離のレースに出ていますが、安楽な日々の生活に慣れてしまうとこのような過酷なレースが自分とは無縁の世界に思えます。

自らを限界まで追い込むようなレースに人々が引き付けられることにはやはり不思議な感覚があります。それでも早く宿の経営を安定させてあの冒険的な刺激に満ちたトレイルレースに復帰したいと思います。

時間の概念がない仕事

昨日はパエリアの燃料をもらいにお世話になっている工務店の施工現場に行き、スーパーの開店まで時間があったので戊辰戦争白河口の戦いの激戦地稲荷山を歩きました。1日だけで旧幕府側700人が戦死する激戦があったとは思えない小さな丘には権兵衛稲荷神社とおそらく激戦を見てきたであろう大木があります。

16時頃には那須湯元温泉の鹿の湯に行き閉店まで高温浴を楽しみました。もちろん遊んでばかりいるわけではなくやるべき仕事はだいたい済ませました。日の出前から20時頃まで働いていますので、労働時間にすれば短くないはずですが、一日遊んで終わったという印象です。

仕事に疲れるとお茶とイスを持って阿武隈源流に行けばそこが最高のカフェになりますので、どこまでが仕事なのか境界もあいまいで労働時間という概念自体がありません。長年仕事とプライベートを区切る時間労働をする習慣があっただけにこの感覚は新鮮です。

晩秋の風情

宿の庭にあるドウダンつつじが日増しに色づき秋の足音を感じます。夕方戸外にいるとつるべ落としのようにあたりは暗くなります。東京に住んでいた感覚からすると、夏のない新甲子温泉のこの季節は晩秋の風情さえあります。

昨日は白河に出る途中で西郷瀞(にしごうとろ)に寄りました。阿武隈川の河原まで車で入れる場所で、夏は賑わうのでしょう。涼しい新甲子温泉にいると夏でも川に入ろうという気にはなりませんが、夏の朝にバーベキューでもしたくなります。

秋になったためか、最近は宿に猿の群れが出没するようになりました。ラブラドールがうなり始めますので猿が来るのが分かります。写真は昨日の夕方宿の屋根に登っていた二匹の猿です。

一日を始めるリトリート

今朝の新甲子温泉は、すっかり秋らしくなった森に太陽が差し込みます。ブナ原生林が広がる源流の遊歩道は、毎日来ているのに発見があり、表情を変える神秘の森です。巨大な楢の木が巨岩を抱いた場所はぼくにとってのパワースポットです。ここに佇み澄んだ清流を眺めていると、自分がこれまで積み重ねてきたことやこだわりなどの執着はどうでもよくなります。わずか2kmに満たない散歩道ですが、ぼくにとっては一日を始めるリトリートです。

Facebook友達限定の宿

今朝の阿武隈源流はさわやかな秋らしい青空が広がります。昨夜は那須おろしを思わせる強風が吹きましたが温泉から見上げる星空が真冬のような美しさでした。昨年の冬から宿での暮らしを始めて毎日考えるのは旅館再生のアイデアです。

これまでの旅館再生は一定規模の投資をしてそれ以上の収入をあげる方式でしたので、立派な施設ばかりが対象でした。しかし日本各地で朽ち果てようとしている零細旅館は立派な施設ではありません。追加投資ができず施設面で価値向上がはかれない以上、勝負すべきはソフトです。それはゲストとホストの共振関係だと思います。50歳を過ぎてから運動にはまったぼくにとって一番気心が知れるのはアスリートです。

夏には日本最強のトレイルランニングチームに宿泊いただきましたし、先週は広野町代表駅伝チーム、今週末も白河駅伝の参加チームが宿泊します。アスリートは規則正しい生活で夜更かしをしないし、起床時間も早く、時間も正確です。リネン類がたたまれた客室はチェックイン前と同じ状態に戻され、ごみの分別もペットボトルのラベルをはがすなど統制が取れたグループです。

以前、旅館経営者が異口同音に「親戚の家に泊まるような宿にしたい」といっていた意味が最近になってわかりました。そのときは真心を込めるといった意味だと解釈していたのですが、親戚ならお互いそれほど気兼ねがないということだと思います。

知らない人と同じ屋根の下で過ごすのは落ち着かないものです。いずれFacebook友達かリアルな友人しか泊めない宿にしたいと思いますが、17室ならそれができると思います。

旅館らしくない宿

雨上がりの今朝の新甲子温泉は寒くありません。標高1,549mの甲子山は見えますがその背後の旭岳山頂を雲が覆います。剣桂神社の森は葉が散り始め、温泉管の鉄橋が見えるようになりました。阿武隈源流の森にも光が差し込み明るくなりました。

「人生はあわてず、あせらず、あきらめず」先週とある神社の前を通ったときに目に留まった標語です。松下幸之助さんも同じことを言ったそうですが、今のぼくに一番響く言葉です。独立して一年が過ぎても赤字が止まったわけではありません。しかしあせって手数料を払って集客したり、安売り、来るもの拒まずの営業は自らの首を絞めるものです。

今世間ではインバウンドブームで旅館やホテルが潤っていると思う人がいるかもしれませんが、それは首都圏を中心とした一部の地域に限った話です。多くの温泉地等では厳しい状態が続いています。廃業旅館の多くが後継者不在をあげていますが、働き通しの3K職場では子供がいても継いでくれません。旅館再生で大切なのは、まず若い人たちが働きたい職場に変えることだと思います。開業以来4ヶ月、試行錯誤をしながら運営スタイルを変えてきましたが、ぼくは宿から旅館らしさを一掃したいと思っています。従来の旅館らしいサービスはすべて過度な負担を宿側に負わせるものだったと思います。

働き方で幸せになれる

昨日はぼくのホームグラウンドである、甲子、須立、三本槍、赤面を登ったトレイルランナーに温泉に寄ってもらいました。初対面なのに4時間以上も話し込んでしまう偶然の出会いがあることは宿をやる楽しさのひとつです。

ぼくはいずれ宿の仕事のウェイトを半分以下にしたいと思っています。投資効率を考えればRevPAR(稼動×単価)を最大化することは至上命題なのですが、自分自身のやりがいやモチベーションを維持するには、今注目される副業ならぬ複業の発想が必要だと思います。

ぼく自身まったく縁のなかった福島県の自然のなかに暮らしてみて世界が広がり、仕事を通じた人生に多様な可能性が見えてきました。生涯ひとつの仕事、生涯一拠点居住という発想は自らの可能性を閉ざすと思います。

インターネット技術そのものは世界を大きくは変えなかったのですが、そのインフラがシェアリングエコノミーを実現したことで社会生活は大きく変わると思います。シェアリングエコノミーの代表はAirbnbやUberだと思われていますが、一番大きな変化は個人のスキルのシェアリングだと思います。生涯ひとつの仕事で働く終身雇用の時代は早晩終わりを告げるのでしょう。いまの時代の企業は事業領域が広がり、昔のように「○○業」と単純に表現することが難しくなっています。個人も多様なスキルと可能性を広げる時代だと思います。

運動は生活を変える

秋らしい気候とはいえ、雲ひとつない青空のもと外での朝食が気持ちのよい朝です。

昨夜は福島県広野町代表の駅伝チームの皆さんに宿泊いただきました。22時頃までミーティングをしていても、アスリートらしく今朝は5時から朝の練習に出かけていきます。運動が健康に良いことは知られていますが、運動をする人は体に気を配りますから生活パターンも規則正しくなると思います。

健康になるのは簡単

夜明け前の空を月が照らしますが、澄んだ秋の空をたくさんの星が覆います。

ぼくがこの宿を始めた理由はひとつではありませんが、おそらく最大のものは健康への関心です。健康になる方法は実はシンプルなのに、多くの人が巷にあふれる健康情報に振り回されていると思います。医薬・健康食品の巨大産業側からすると人が簡単に健康になられては困ります。身体は一見複雑なようで基本的なメカニズムはきわめてシンプルだと思います。絶対解はないのですが、少食、運動、ストレス管理(自律神経のバランス)だけ気をつければ健康になるとぼくは考えています。血液の汚れや腸内腐敗なども生活習慣病のメカニズムを解き明かす要因ですが、小食で運動をしていればそうしたリスクを回避できます。

国民レベルで生活改善が進みジャンクフードや一部の添加物が一掃されるなら、40兆円をはるかに超える医療費の多くは不要になり、寝たきり高齢者も激減するはずです。

写真は昨日の白河市にある南湖公園近くの田んぼです。

闇夜の剣桂神社

昨夜は、あたりが暗闇になった時刻に、何者かに引き寄せられるように剣桂神社に行きました。神社の森に入ると空を木々に遮られまったく光が入らない世界です。視覚を奪われると残った五感が鋭くなるようで、パワースポットとして知られるこの森に入った途端に空気が変わるのを感じます。異様な空気を感じたのか、いつもは忙しなく嗅ぎまわるラブラドールも神妙に足元に控えています。沢音しかしない暗闇の森に佇むと、何か遠い記憶が喚び覚まされるような懐かしい気持ちになります。電気が発明されて以来人間が克服を試みてきた暗闇こそが、一番人を癒すのかもしれません。

戦国時代末期から戊辰戦争、二度の世界大戦、戦後の経済成長から今日に至る日本の移り変わりを、目の前にそびえる巨木が見てきたことを思うと、たかだか半世紀しか生きていない自分の悩みなど取るに足らないものだと思います。写真は今朝の阿武隈源流です。

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