この週末は時間があり、しばらく積んであった本を5、6冊読みました。図書館に近くなった仮住まいは、年間300冊程を乱読する自分にとり恵まれた環境です。以前は読む本の大半がビジネス書でしたが、今は人体や健康に関する本が中心です。自身の関心が変化したとことに加え、ビジネス関連の情報はインターネット経由で得られるものが増え、経営手法の進化も停滞しているからだと思います。他方で人体や健康の分野は、この20年でもたらされた知見が従来の常識を大きく変えようとしていて興味が尽きません。
脳がハイジャックされる食べ放題
昨日の朝は港北のイケアに行きました。8時半から営業するレストランは写真のメニューにカレーがついて二人で800円と安い上に飲み物は無料です。最近売り場に元気のないイケアの起死回生策なのか、期間限定のワンプレート800円の食べ放題には人が群がっています。パンケーキ7、8枚を乗せるのは普通で、なかには15cmほどあるソーセージを10本以上積み上げその上にパンケーキがかろうじてはりついているというツワモノもいて、イケアへの恨みでもあるのかと思うほどです。食べ放題は本能の解放が許される数少ない場ですが、感情に支配され合理的な思考が止まる脳がハイジャックされた状態だと思います。
身体とシンクロしない娯楽に脳は反応しない
東ヨーロッパで初めて開催された2018 FIFAワールドカップは、盛り上がりに欠ける印象です。元来スポーツ観戦に興味がないのですが、例外は自分がするスポーツです。昨日は録画していた、富士山をめぐる168kmのトレイルレースULTRA-TRAIL Mt.FUJIを見ました。自分の知るコースを、知人が走る、自分で唯一やるスポーツですので、テレビを見ていて心を動かされます。創作活動をしない人が美術館や音楽会に行っても、幸福感が高まらないように、自分の身体とシンクロしない娯楽に人間の脳は反応しないと思います。外食も同様で、料理を作るようになってから食材や調理プロセスに想像をめぐらすことで楽しめるようになりました。
主体化できる授業
日本工学院の授業で留意するのは全員が授業を主体化することです。YouTubeなどで世界中の講義を居ながら受けられる現代、学校で授業をする意味は、学生と教員の双方が関わることで自然発生的に生み出される予測不能な要素だけだと思います。ハーバード白熱教室で知られるマイケル・サンデルは学生の意見だけでなく、教室の小さな音にも耳を澄ませ、教えることの非常に重要な部分は聴くことが深く関わっていると言います。少人数の3年生の授業は対話に触発されて予想外のアイデアが生まれることを何度か経験していて、これを大人数の1、2年生のクラスで実現するのが課題です。
心が通うコミュニケーション
娘が留学して今月で半年になります。悩みや葛藤はあっても本人はホームシックとは無縁のようで、残った親も感傷に浸ることはありません。この半年の最大の発見は手紙というコミュニケーションの素晴らしさに気づいたことです。瞬時に消費される大量のメールより月一度の手紙の方がはるかに多くのことを伝えられる発見は衝撃的です。学校が電子メールやSNSを強制的に絶つ理由がよく分かります。相手だけでなく自分と向き合い心を通わせるのにこれ以上有効なコミュニケーション手段はないと思います。学年全員を一人一校に留学させるという多大な労を厭わず、生徒を送り出す覚悟を持つ学校には感謝しかありません。
依存といたわりの境界
高齢の父とたまに喧嘩をします。最低限のことを自分でさせようと促すと、高齢者をいたわらない親不孝に映るようです。自立を失えば生きる力が弱まります。父親の時代には、運動と健康、自立と幸福などの関係が今ほどは解明されていないので、楽をさせてもらう安楽な老後を当然と考えるのも無理ないことです。しかし、この誤解は年代を問わず存在します。多くの人が楽をすることや快楽を求める人生を無批判に受け入れます。即物的な欲がエゴを生み、自分の身体を蝕むだけでなく世界を住みにくい場所にしてきたと思うのです。
便利さが時間を奪う
昨日はアイフォンのアップルIDが使えなくなりフリーダイヤルに電話をしました。人が対応しない時代に、待たせずに電話がつながり、応対も適切で短時間に解決するあたりは、世界最高の時価総額を誇るアップルブランドにふさわしいものです。アップルに限らず持っているIDのパスワードのうち結構な数が使えなくなっていて、頻繁なアプリの更新やパスワードを一方的にロックされていると考えられます。人類の発明品史上、これらのICT機器やサービスほど完成度の低いものはなく、便利なようで逆に時間を奪っていると思います。この30年で業務の大半がデジタル化されながら、生産性の改善が見られない会社がそのよい例です。
やりがいの鍵は自分自身が持つ

昨日は娘に月一度の手紙を書きました。手紙を書くという機会を失った現代人は、それにより能力や感覚が劣化すると思います。毎週学生にはメールで課題を出してもらうのですが、誰一人、相手の名前を書きません。ただ短いだけの文章や誤字も目立ちます。これを嘆くべきかデジタルネイティブ時代の必然なのかは判然としません。
月一度の手紙だからこそ伝わる感情がある一方、最新の情報は現地校のフェイスブックで見ます。数日前も日本語クラスでの着付けが取り上げられていました。都会的な生活を想像していた娘にとって小さな街への留学は満足のいくものではなかったかもしれませんが、小さい街ならではの楽しみ方を見つけているようです。どんな場所に居ても楽しみややりがいは見つけられるもので、その鍵は自分自身にあるのだと思います。
本質から目をそらさせるフィクション
留学して5ヶ月が過ぎる娘から昨日手紙が届きました。世界と瞬時につながれる時代なのに、月一度の手紙で事足りるし人間的な温もりを感じます。むしろ限られた情報が人間の豊かな感情を育んでくれます。世界が追い求めてきた便利さの追求は、刹那的な喜びや執着を生みやすく、結局のところ人々を幸せにしてこなかったと思います。これまで信仰してきた進歩の概念が、人間心理の深い底流にある感情とすべて逆だったとしたら、社会への認識は逆転します。富や消費の概念ははかなく消える喜びであって、本質から目をそらさせるためのフィクションなのかもしれません。あまりの暑さのためか昨日はヤモリが玄関に入ってきました。
半分仕事が最高のバケーション
昔は夏の休暇に海外旅行を計画しましたが、今は海外旅行に行くモチベーションがわきません。異国の街に出かけるのも会津の山を縦走するのも自分のなかでは等価値です。お金と時間を使い移動や不慣れな環境で体調を崩してまで海外旅行をしたいとは思いません。他方で海外に行かないと知り得ないことも多く、最適なのはビジネストリップです。行く必然性がある半分仕事の旅行こそ最高のバケーションだと思います。