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食事を減らすと特別なものになる

規則正しい食事が健康の秘訣だと言われます。自分の食事は不規則で、日本工学院八王子に来る週2日は一食、外で仕事をする日は二食、家にいるときは三食という感じです。健康常識の多くは矛盾していて、差し引きの収支で考えるべきだと思います。規則正しく食事をすることが健康に良いのは理解できますが、他方で食べ過ぎるリスクがあります。規則的に食べているとサラリーマンの典型的な昼食風景のように惰性で義務的に乱暴に食べてしまいがちです。食事に対する基本的なルールは体が欲するときに食べるということです。セオリーを鵜呑みにせずに食事の回数を減らすと、食事を特別なものとして自分の体と向き合うことができます。

仕事で脳に刺激を

今朝は4時半からヒグラシの音の響く高尾山に登りました。自然のなかでの運動ほど一日を始めるのにふさわしい日課はないと思います。先週のキャリア論の授業で「働かない人生は幸せか?」「お金で人は幸せになれるか?」というテーマで学生と議論をしました。学生の意見は分かれますが、双方の考えに共通するのは、人生の目的がやりがいや自己実現にあるという点です。働く意味すら考えなかった昭和世代と違い、今の若者は人生を真剣に考えているのかもしれません。お金があって働かない人生が幸せだと、自分でも思っていましたが、仕事と自己実現がシンクロし始めた最近は仕事のない人生は味気ないと思います。刺激のない退屈な生活を脳は嫌います。趣味で刺激を得るのは意外に難しいのでしょう。

太古の記憶を呼び覚ます

この三連休は久しぶりに山で運動をしました。運動をするとモチベーションが上がり何事にも前向きになれます。運動するから積極的になれるのか、積極的な人が運動をするのか、という議論がありますが、この年まで運動をしなかった自分の場合は間違いなく前者です。同時に脳が食欲などの正常な感覚を取り戻し、本来の健康が戻ってきます。人間の身体は太陽を浴び自然環境下で運動する状態がデフォルトです。運動をすることで食事も睡眠も適正な状態に戻ります。自然の中で土を踏みしめながら走るトレイルランニングは、太古からの走る記憶を呼び覚まし、体も心も解放してくれます。

楽しむためではない山

昨日は標高1,900M近い稜線が続く福島県と栃木県にまたがる、流石山、大倉山、三倉山の天空トレイルに行きました。ハイカーの宿敵のブヨを食べてくれるトンボの大群に迎えられ快適な山旅です。トレイルランナーを快く思わないハイカーも居て、人の来ない時間を狙い5時過ぎから登り始めると、山を独占できます。「山を走って何が楽しいのか?」とたまに聞かれますが、トレイルランナーは楽しむためではなく運動のために来ています。昨日は路肩崩落のため、登山口の数キロ手前から自動車は通行止めになりました。トレイルランナーはロードを走る練習ができて良かったと考えます。一方1メートルでも歩く距離を短くしたいハイカーは、勝手に通行止めのパイロンを動かして道路に入り込み、路肩駐車をする車が何台もありました。

同じ場所に行きたがる日本人

昨日は秘境として知られる檜枝岐村にある会津駒ケ岳(2,133m)に登りました。会津駒ヶ岳から中門岳へと続く雪渓の残る高層湿原の美しさが印象的な山です。福島に来るまでは縁のない山でしたが、東京から出ても登山口までは4時間ほどと遠くはありません。スピードハイクなら往復しても正味3時間と気楽に登れ、尾瀬を凌ぐ美しさながら木道が渋滞することもありません。「夏の思い出」の影響力もあって、尾瀬はマーケティングで成功した観光地の最右翼でしょう。自然を感じることができない混む山はそもそも評価外で、尾瀬は一度行ったきりです。人と同じ場所に行きたがる日本人は不思議です。

山があれば旅行はいらない

夏のバカンスシーズンが始まりますが、この10年ほど楽しむための旅行をすることがなくなりました。旅行はほぼ仕事か半分仕事です。一定の必然性が前提で、自分の知識や身体能力を高めてくれない旅行には魅力を感じません。毎週行く日本工学院も、早朝の高尾山に行けば小旅行です。昔は海外旅行に行けば幸せになれるとステレオタイプに信じていましたが、疲れて成田に戻った時の旅の余韻も消えたあの気だるさをいつも疑問に感じていました。欧米では旅行をしない層が一定数いると聞きますが、近所に走れる気持ちのよい山があればそれで十分です。

時間が一番貴重

昨日のことのように話してしまう1980年代が遠い昔であるように、自分が年を重ねたと自覚するのは味覚の変化に気づくときです。いまの季節だと冷奴や漬物など、さっぱりしたものを食べたいと思います。他方で体力の低下など身体的な加齢を意識することはそれほどありません。50歳を過ぎてから運動を始めたのが幸いして、体力はむしろ向上していて運動をすると自己肯定感も高まります。それでも人生を折り返した現実は意識せざるを得ません。この年齢になるとお金よりも自由に使える時間が必要です。以前は時間を犠牲にして稼ぐ感覚でしたが、今は生活ができるなら、拘束されない自由や自分を高揚させる時間が一番貴重です。

未来の企業はアメフト型経営

ディスタンスラーニングにより世界中で誰もが最先端の知見に触れることができる時代になると学校での授業の意味は変わります。教員にはファシリテーションができる一定の知識は必要ですが、双方が教えあい、知恵を出し合うコラボレーションの場が対面授業のあり方だと思います。昨日は学生と未来の企業について話していて、平成の失われた30年がラグビー型経営だとすると、未来の企業はアメフト型経営だという話になりました。スポーツカレッジらしく学生の発想はスポーツ中心でユニークです。

エポックメイキングな80年代

自分が年を取ったと自覚するのは、学生に1980年代の話をしてしまうときです。立教大学で授業を始めた頃は「皆さんが生まれた頃ですね」と言えたのですが、今の学生にとっては生まれる20年近く前の話です。自分に置き換えると戦争中の話をされているようなものです。就職した1980年代は、激動の昭和が終わったエポックメイキングな時代であり社会人の原風景と言えます。1980年から再来年には40年を迎え、自分の生まれた年から遡ると関東大震災の昔です。1980年代の象徴といえば、狂乱の幕開けとなったニューヨークのプラザホテルでしょう。

産業革命の名残

東京で生活をすると、都心に出るために満員電車に乗ります。たまに乗る通勤電車でさえ体力を消耗します。後世の人はこの通勤風景を、非人道的な産業革命の名残として奇異の目で見ると思います。サラリーマンは一日の消費エネルギーの83%を通勤に使うとのデータがあり、生涯に使うエネルギーの多くを通勤に割くことは無駄だと思います。毎朝同じ時間に同じ場所に通う非効率な働き方を30年も続けて来たことは今となっては驚異です。幸福度が高いとされるデンマークでは、自分の仕事を自主的にコントロールし、多くの人が自分の仕事が好きだと聞きます。無自覚のまま人生の主体性を放棄し、会社に人生を預ける日本人の世界幸福度ランキングが50位にも入らないのは無理もないことです。自然のなかでの運動が仕事の生産性を飛躍的に高めることを広めて行きたいと思います。

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