昨夜は阿蘇に宿泊しました。会津や那須の山々とは全く異なるスケール感のある雄大な外輪山に圧倒されます。場所が変わり空気が変わると思考の枠組みも変わります。普段と異なる環境で、にわかに脳が活性化されていきます。昨今では転地療養という言葉を聞く機会も減りましたが、異なる土地での気分転換こそ、AI時代の働き方の前提条件だと思います。その点で地域の自然に触れることは極めて重要だと思います。写真はまだ雪をかぶる南アルプスの上空です。
現代社会における最大のリスク

「現代社会における最大のリスクは、たった一度の人生を後悔で終わらせることだ」と誰かが言っていました。これまで自分が無分別な判断をしてきた理由が、この言葉を聞いたときに分かりました。ぼくは行動するリスクより行動しないリスクを怖れます。それぞれ14年勤めた二つの会社を辞めたときも、旅館を買ったときも後先を考えない意思決定ですが、その先にある人生を見ずに死にたくないという思いが強かったのだと思います。
阿武隈源流を見下ろす丘に行くと、「生きていくことができれば満足だ。」「ここではすべてが正常だ。」というメキシコの先住民タラフマラ族の言葉を思い出します。
いつでも誰でも、は3Kの原因?

昨夜は昨年夏にもお越しいただいたゼミ合宿の皆さんにお泊りいただきました。気心の知れた知り合いの宿泊は変に神経を使うことがありません。旅館やホテルが産業化された大きな背景は宿泊客の匿名性だと思います。いつでも誰でも泊まれるといった利便性が産業化の最大のメリットです。他方で、「いつでも誰でも」という市場ニーズがこの産業を3K化させる一因だと思います。民泊の参入もあり、この産業は歴史的な転換点に差し掛かっています。
早春の新甲子温泉では、いたるところでフキノトウが見られ、今朝はてんぷらにしました。
源流の森はセーフティネット

今朝の旭岳は青空を背景に鮮やかなワインレッドに染まります。美しいモルゲンロートが見られる時間はわずか1、2分ですが、はかなさゆえに感動を大きくします。
旅館再生は老朽化した施設との戦いで、昨日も大きな問題が生じました。直しても直しても襲い掛かる不具合に、以前のぼくならとっくに自暴自棄になっていましが、この一年半で変わりました。昨日は近所でない人も含め4人の方が駆けつけてくれました。一人で悩まないことこそが人生最大のセーフティネットだと思います。
もうひとつのセーフティネットは、この阿武隈源流の深い森です。ぼくの人生を変えたこの森の早春の空気が生きる意味を考えさせてくれます。
出入り自由のおおらかさ
桜の季節が終わる東京から花粉症のない新甲子温泉に戻りました。汗ばむほどの東京とは打って変わって、南湖神社の冷たい朝の空気が心地よいです。福島では桜前線が福島、郡山、白河と南下すると言われていて、昨年の白河の桜は4月15日前後がピークでした。二度花見ができることも二拠点居住のメリットです。10日間を過ごしたハノイが生きる活力と若々しい刺激に満ち溢れているのに対し、東京は少し落ち着いた大人の刺激があり、静けさに包まれる阿武隈源流は自身と落ち着いて向き合いたくなります。それぞれの土地で脳の思考回路が変わることも多拠点居住のメリットだと思います。ぼくが福島で旅館を買ったとき、「骨を埋める覚悟がなければうまくいかない」と助言する人もいました。その意見は一面真理なのですが、他方でそうした窮屈さが地方から若者を遠ざけてきたと思います。今人をひきつけている地域は徳島県の神山町にしても出入り自由のおおらかさがあります。
スポーツの力
ほとんどテレビを見ないぼくが見る唯一の番組はNHKの「GREAT RACE~グレートレース」です。オリンピックも含めて見るスポーツには関心がないのですが、体力と気力の限界を超える長距離レースを扱うこの番組だけは特別です。番組が追うランナーのなかにはぼくのような普通のランナーも多く、彼ら彼女らの肉体的な辛さや心の葛藤がリアルに体に伝わります。疲労困憊したランナーが転倒するとあたかもその痛みが体を走り思わず身を縮めます。番組を見終わると体を動かしたくなり、生きる力のようなものが沸いてきます。スポーツの力は偉大だと思います。
自由と責任
つらい花粉症の季節が続きます。しかし以前のように花粉症を悲観することがなくなりました。花粉症を避けるなら先日行ったハノイや宿のある新甲子温泉に移動すれば済みます。幸福を感じる上で重要なのは自由だと思います。働く場所さえ選べない現在の労働者を、後世の人は奴隷のように見るかもしれません。少し前なら理想論でしたが、今は飛行機の上でもスカイプで会議ができる時代です。働き方改革は企業の思考の固着を壊し、同時に自由と責任の覚悟を働く人に求めるものだと思います。
何かが違う流行のオフィス
コワーキングスペースやシェアオフィスなるものがやたらと流行り、小奇麗で小洒落たオフィスを目にしますが、いつも「何か違う・・」と思います。昨日ミーティングをした都内某所のオフィスは、昨今の流行とは一線を画すものでした。半屋外のような柔らかな陽射しの降り注ぐ倉庫を改装したスペースは、花粉症で思考停止していた脳細胞がにわかに動き始める空間です。作り手の思いやセンス、審美眼といった、企業が一番苦手とする領域が勝敗を分ける時代が始まったと思います。
誰もが健康でいられる世界
1ヶ月後に開催されるUTMF・STYの試走をする妻に同行して、昨日は本栖湖に行きました。肉体の限界ともいえる100マイルもの距離をごく普通のランナーが走る風潮には驚かされます。過酷な競技なのにある種の多幸感を味わえる矛盾は、達成感を得るための前提条件ではなく、脳が欲する本能的欲求と人類進化の結果である人体のメカニズムとの矛盾だと思います。多くのトレイルランナーが動機づけられるように、一般の人が運動を始めることができれば、誰もが健康でいられる世界が訪れると思います。
ティール社会は自己超越?

しばらくビジネス書を読みませんでした。微細な違いで出版されるビジネス書に食傷気味だったからです。昨日読み終わったティール組織も期待ほどではなく、ピーター・ドラッカーが語る組織論の方が大きな示唆を得られます。
20年前にサウスウエスト航空の経営に触れたときほどの興奮を望むべくもありません。あたかも進化型組織という最適解があるかのような誤解を生む弊害のほうが大きいと思います。ティール組織は自然発生的な偶然の産物、つまり理想を追求する生命体であって、成功法則など抽出できないことはすでに決着のついた議論です。著者が文中で「どんな組織もリーダーが世界を見るパラダイムを超えて進化することはできない」と語ることに結論づけられていると思います。自己超越を意識した短い付録があることは救いです。