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人間関係の閉鎖性が生む歪

交際範囲が変わったせいか、ぼくのまわりではフリーランスの人が増えています。チャレンジを許さない事なかれ主義が蔓延した社会や組織の閉塞感の反映なのか、人生二毛作が静かなブームです。会社を辞めて分かるのは、ストレスの大半は不健全な人間関係によるものです。昔は肩書きと付き合っていましたが、今は人柄と付き合うようになりました。気の合わない人と付き合わなくてよい自由、制限なく誰とでも会える自由は代えがたいものです。高度サービス産業で重要なのは独創性を生み出す労働環境のはずなのに、多くの職場は働く人から活力を奪っています。人間関係を選べない閉鎖性の歪が、職場の主によるいじめやパワハラの常態化する古典的組織のアキレス腱だと思います。

現代人の半分が癌になる?

昨日は健康診断に行きました。触診のあと医師に不整脈があると言われ心電図をとりました。安静時の心拍数が低いスポーツ心臓症候群らしく治療の必要はないそうです。悪趣味ですが健康診断に行くと人の体型が気になります。以前のぼくのような運動と無縁で無分別に食べている体型の人が多数派です。現代人の半分が癌になるという脅しは刺激的ですが、体内時計無視の乱れた生活に多量の飲酒と先進国最高の喫煙率にストレスが加われば、健康でいられる方が不思議です。写真は月曜日の熊本便から見た富士山です。

聞く必要のない声

昨日は空港へ戻る途中、南阿蘇村の白川水源に寄りました。毎分60トンの湧水の瀬音を聞きながら澄んだ穏やかな清流を眺め涼風にあたると、自然こそが人を幸せにすると実感します。熊本県には1,000以上の湧水群があり生活用水の8割を天然の地下水で賄っています。空港で見た日没も美しく、多くの搭乗客が写真を撮っていました。日々繰り返される当たり前の日常に幸せがあると思います。偽の幸せであるフォーカシングイリュージョンに騙され、足元にある幸福のあり方を考える人は少数です。人は聞く必要のない声を聞き、自身で不幸を感じる理由を作っていると思います。

現代の山岳信仰

昨日阿蘇に来ました。機内誌で国際トレイルレースAso Round Trailの記事を読んでいたので、空港からの車中で眺める阿蘇の雄大な山並みがとりわけ美しく見えます。九州6県が見渡せる全長109km、累積標高5,000mのコースの過酷さは、全身泥まみれの選手の写真から分かります。トレイルランニングは1990年代のアメリカで勃興したスポーツですがその原型は日本古来の山岳信仰であり修験道だと思います。トレイルランニングに限らず、マラソンやトライアスロンなどの耐久レースが人気なのは、社会の閉塞感への裏返しのような気がします。

サラリーマンの収支

昨日の朝は砧公園まで往復10kmほどジョギングをしました。山とは違い空気が悪く単調な道を走ることは苦痛です。砧公園は都会のオアシスで東名高速と環状八号線に囲まれていると思えない安らぎの場所です。サラリーマン生活を止めたのは2年前の今月末ですが遠い昔に思えます。30代の頃から会社で働くことに違和感を覚えながら退職を躊躇させたのは、仕事に恵まれ待遇も悪くなかったからです。しかしここには盲点があって、所与のものとして給料をもらっていると支出の管理が甘くなります。サラリーマンが課税を逃れることができないのに対して、会社経費が使え実質的な可処分所得は以前とあまり変わらないことに最近気づきました。

空疎な人間関係を癒す言葉

昨日電車の中の二人連れが「親友が何人いるか」と話していました。親友という言葉には違和感があって、自分では親友という言葉は使いません。いくら自分が親しいと思っていても相手の思惑を確認することはできません。友達の定義すら曖昧なのに、さらに親しい友達、人によっては大親友という言葉も使います。友人関係をカテゴリー化して、ことさらに強調する必要があるのでしょうか。ぼくの友達の定義は、価値観の共有と意義深い関係性です。さらに親しければ、真夜中に電話ができる、といった条件が追加されるでしょう。親友という言葉に馴染めないのは、空疎な人間関係を癒す言葉に聞こえてしまうからです。

生産性を削ぐ閉鎖構造

2年前の今日はペナンにいて、自分史上最長の帰国日以外に予定のない旅行をしていました。日記を見ると、8時からプールサイドのレストランで飲茶の朝食をして、リゾート地のBatu FerringhiまでGrabで行きました。運転する中年女性は毎日午前中はGrabで稼ぎ、午後はアート制作をしていると言います。帰りは途中の市場で食事をしながらジョージタウンまで20km弱をランニングで戻り・・という感じで、好きなときに安い航空券で気楽な旅行ができる自由はサラリーマン時代の憧れでした。個人事業者として独立したのは、サラリーマンで居続けることがたまらなく嫌だったからです。働くことは好きでしたが、本来楽しいはずの仕事をルールで縛り、主体性を奪いつまらないやらされ仕事にする会社生活が息苦しかったのです。日本の生産性が低いのは、自己完結的な閉鎖構造を企業が維持しようとするからだと思います。

違和感のある未来

昨日はフィアットを定期点検に出しました。4年で8万km以上走るのは過去最速のペースです。この2年は福島と東京を往復しているために年間3万km走ったことになります。納車以来の燃費が19km/Lの1.2Lディーゼルは二拠点居住の最良の友です。以前は車そのものが好きでしたが、今は運転が好きです。運転を楽しむならスポーツのような身体感覚が残る小さい車に限ります。いかにも乗せられている大きな車や、運転していることを忘れるほど快適な車、生体リズムと相容れない別世界の速さの車には興味がわきません。自分の体より大きな車を動かし、人間の身体能力を遥かに超える速度で走行できることに興奮し人は攻撃性を高めると言われます。一昨日銀座で見た日産のコンセプトカーは未来を感じさせるものの、運転の楽しさから遠ざかっているように見えます。

トレッドミルから降りるとき

昨日は京橋、銀座、日比谷を歩き商業施設を見ました。立秋はとうに過ぎたと思えない、東南アジアを凌ぐ暑さです。ユニクロも含めて銀座界隈の人出が減少した印象です。東京オリンピックが決まったのは5年前の今頃ですが、それを契機にインバウンドブームが加熱し、年初から上がり始めた株価と連動して好況感が日本を支配してきました。しかし、世界最速の高齢化や人口減少、国民一人一千万円の借金という現実は消えません。その先に未来がないことを知りながら誰もが手をこまねく状況はいつか来た道です。勝算のない戦争を始めた指導者の多くは戦後も責任回避に終始してきました。戦後の人口増加で膨らんだ経済を維持するための錬金術もやがて終焉を迎えます。不毛な快楽のトレッドミルから降りて、多くのものを手放すときが来ていると思います。

収納場所はいらない

仮住まいに引越して3ヶ月が過ぎ、一度は片付いていた部屋には物があふれています。部屋が散らかる原因は収納容量の不足と流入量の過多が考えられます。現在の35平米の住まいでも以前の70平米のときでも同様に散らかっていたので、原因は後者で部屋に入ってくるものに対して出て行くものが少なく滞っていることです。散らかっているものは書類と食糧・日用消耗品です。書類は定期的にPDF化しているのですが一部電子化できないものがあり収納場所が必要です。他方で食糧・日用消耗品は収納庫のなかで物が滞ることを考えると、収納せずに目の届く場所に露出させる方が良いと思います。最悪の解決法はバッファーとなる収納場所の増設であることは、20数年手付かずで収納されていた物を大量に捨てた今回の引越しでよく分かりました。

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