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自分の思考と判断力だけ

喉は多くの人にとって商売道具で気を使いますが、珍しく痛くなりました。喉の痛みは風邪の前触れですが、生姜とレモンの入った紅茶を飲み、身体を温め、何も食べずに早く寝れば一晩で解消して発症することも熱が出ることもありません。すぐに薬に頼る日本人的な条件反射は、必要のないところに欠乏を生み出すことによって成り立つ現代の経済を支えます。自然免疫を高めることで人体は自らの身を守るように作られていますが、産業にとってはその素晴らしい自然治癒力は邪魔です。コロナ禍で誰もが感染症対策を徹底した結果、日本中が健康になり2020年は異例なことに過小死亡となりました。一方で昨年は東日本大震災の年を超える超過死亡となったことには留意が必要でしょう。多くの動物が自然災害の予兆を察して逃げますが、最後まで気づかない現代人は昨日までが平和だから今日も平和だと安心します。疑いを知らず、権威に盲従する日本人は嘘のはびこる世界に免疫がありません。儲け話が転がっていないように本当の話は誰も教えてくれるはずもなく、自分の思考と判断力だけが生き残る鍵の時代に入ったように思えます。

18世紀以降は虚構の歴史

早朝にラブラドールと散歩に行くと、日の出の遅い今の季節は星空がきれいに見えます。近所の畑のまわりだけは空が広がり、遠く夜空を見上げると気道が広がり体内に取り込む酸素が増え自律神経のバランスが整う気がします。もし将来も今の家で暮らすとしたら、この畑と神社は唯一宇宙や自然とつながれる場所です。宇宙や自然はただそこに存在するだけでわれわれの中に侵入してくることはしませんが、都市はあらゆる刺激や情報が土足で踏み込んでくる場所です。近代文明により実現された今の生活こそが人体を蝕み、一方で文明の発達が人間らしい生活を実現しています。理想の時代を探すとしたら、おそらくアメリカのマクガバンレポートが現代人の理想的な食生活とした日本の元禄時代でしょう。また17世紀半ばの明暦の大火が江戸を焼き尽くした後、分散された大名屋敷に庭園が造られ、江戸を世界屈指の庭園都市にしました。諸悪の根源は産業革命以降富の蓄積が肥大化し、欲望の暴走を止められなくなったことだと思います。18世紀以降今日に至る文明構築の過程は虚構の歴史だったのでしょう。

お試しバーチャルツアー

昨日は英国のバースにいる娘とラインのビデオ通話をしました。バースはロンドンに次ぐ観光地で、18世紀のジョージ王朝様式の建造物が数多く残るユネスコの世界文化遺産に登録される都市です。ローマ人の侵攻によりその支配下で2世紀頃温泉の街として発展したことに歴史は遡ります。世界各地が国境を閉ざして旅行者を拒絶する時代に入り注目されるバーチャルツアーですが、概ね40分で3,000円程度が相場のようです。アマゾンも参入した世界各地を巡る新しい旅行体験に魅力があるのか疑問でしたが、少なくとも遠く離れた家族間では利用価値があると思います。コッツウォルズ地方特有の琥珀色の石灰岩で造られたジョージアン建築が、朝日に照らし出されて温かい色合いで美しく映えます。保養に訪れる貴族のために設計された豪華なテラスハウスであるロイヤル・クレセントは三日月型の曲線が美しくどこか大陸的な表情を見せます。氷点下のバースで霜を踏む音が聞こえるリアリティと、その左の建物に近づいて、といったインタラクションは新しい旅の魅力であり、旅行を喚起するポテンシャルを持つと感じます。

春が近づくのは名残惜しい

今日からは日の出時刻が早くなり始め春に向かう感覚が始まります。寒さは続きますが、年末から延び始めた日没時刻や日照時間に加え、日の出時刻が早くなると寒さに伴う悲壮感は消えて行きます。結局今年も来客時以外に我が家の暖房機が動くことはなく、それも4台あるうちの1台のみです。人類史は空腹と寒さとの戦いで、この環境下で獲得した倹約遺伝子のおかげでわれわれはほとんど食べずに体に脂肪を蓄積することができます。脂肪は空腹時のエネルギーとなり寒さから身を守る熱源にもなるサバイバルシステムですが、飽食時代の現代人にとってはありがた迷惑になります。ゲノムに変化が生じ、脂肪を蓄積せよとの倹約遺伝子の指示を無視するには今後4万年から7万年程かかるとされますので、現生人類においても飢餓や寒さの環境で生きることがデフォルトです。飢餓時代を生き抜いた末裔である我々が空腹時間を多くすることで生命力を高めるように、氷河期を経験した祖先の血を受ける現代人も寒さに対する防御反応が生命力を高めます。そう考えると春が近づくのは名残惜しい気がします。

自分のなかのゲーム理論

年初の目標は不健康な生活習慣を改めることで、迷ったときには健康的でアグレッシブな選択を心がけます。リスクの高い食品を排除して運動量を増やすだけですが、簡単ではありません。毎日16時間以上固形物を摂らないとか、GI値の高い食品を後で食べるといったことは自身も心地よいのですが、食べだしたお菓子を途中で止めるとか、電車内で疲れているときに空いた目の前の席に座るかどうかは迷います。基準を明確にすると迷いが消えると言いますがそう単純でもありません。健康と欲望はトレードオフの関係にあり、迷いの原因は現在価値の見積もり方にかかっていると考えられます。目の前の美味しそうなジャンクフードで胃袋を満たすことと、将来生活習慣病で病に伏せることの判断はそれ自体がストレスです。食べ物の美味しさは味覚、嗅覚だけではなく、実際には脳の影響が大きく、満たされた気持ちで食べることは健康の秘訣でしょう。進むべき未来が今の自分にとっても心地よいと感じる第六感を研ぎ澄ますことしか、自分のなかのゲーム理論に答はないのかもしれません。

身体は信念に応える

昨日は近所の日大文理学部で世田谷区の成人の集いがあり見に行きました。英国にいて出席できない娘の保育園時代の友人と十数年ぶりに会いましたが、両親同伴でなければ気づくはずもありません。娘が生まれたときは成人式の時の自分の年齢を考えぞっとしたことを思い出します。年を取れば身体が衰えると当時は信じていましたが、今はその悲観的な信念が必ずしも正しくないと思います。現実を認めたくない単なる思い込みではなく、中年を過ぎて運動を始めたことが幸いしてか、ある種の運動能力は当時より高く、おそらく健康的です。保育園時代の友達の両親も当時と変わらず、先週も会っていたような不思議な感覚にとらわれます。人体の細胞には必ずしもヘイフリック限界が存在せず、テロメラーゼの発見によりわれわれがそこに介入しテロメアの長さを伸ばせることが分かってきたのは最近の話です。自分の成人式の記憶は曖昧ですが、そこから一回りして娘が生まれ、さらに一回りした今、昔に戻りたいとは思いません。さらに一回りか二回りしても今が最高と思える信念があれば身体はそれに応えるのでしょう。

不自由な満ち足りた時

晴天に恵まれた三連休は3日とも山に入りました。本格的な冬山装備のつわ者とすれ違い、自分のようにおもちゃのようなチェーンスパイクで来る人などいません。山ではどんなことが起きても自力で下山するセルフレスキューが前提ですので軽装備でも体調と天候には細心の注意を払います。身軽な装備で山に入るメリットは荷物の重さを気にせず自然と一体化できることだと思います。美しい樹林帯をただ歩くだけで自分が完全な存在に思えます。欲望も執着も消えていくのは自然のリズムと人体がシンクロするからでしょう。一方で、数千年の歴史のある都市は未だに人体との相性が悪く、経済価値を生むための商業空間は人を決して満たしません。欠乏を埋めるための欲望が次々と沸き起こり、永遠にお金を使い続けるライフスタイルは生活習慣病という次の金脈を生み出します。稼いでは使う巨大な罠にはまると、大切でないものを手に入れるために大切なものを失います。薪ストーブの火を眺めながら煮込み料理をしていると、贅沢や洗練とは無縁の不自由な生活に満ち足りた時を感じます。

トレイルランニングはウィンタースポーツ

昨日は絶好の山日和で西岳、編笠山に登りました。編笠山の山頂は快晴無風で北アルプス、御嶽山、中央アルプス、南アルプスがこれほどはっきりと見渡せる日は今の季節だけです。まだ暗い時間に氷点下12度の屋外に出て行くのは躊躇もしますが、いかなる犠牲を払ってでも来て良かったと思えます。しかし本当の喜びは何と言っても下りのスノーランです。走ることを想定していないのかチェーンスパイクは1シーズン限りの消耗品になりますが、森を抜けて雪の積もったトレイルを駆け下りる快感は比べるものが見当たりません。ゆっくり走るとセロトニンが分泌されるような多幸感に包まれ、スピードを上げると新雪ならスキーのように滑らせることもでき板がないので素早いターンができます。最近スキーに食指が動かないのは、中級スキーヤーにとってはむしろスノーランの方がダイナミックなダウンヒルが楽しめるからかもしれません。下りが楽しいトレイルランニングは、実はウィンタースポーツだったのだと思います。走ることは自由の証であり、いかなる季節より雪のシーズンがダントツに楽しく、永遠の今を生きている!という気分にさえなります。

上りも下りもかけがえのない時間

昨日は八ヶ岳の編笠山に登りました。氷点下8度の登山口から参道のような九十九折を登っていくと神聖な気持ちになります。突然ドーンという音とともに森の静寂を破って一陣の風が吹き抜けます。夏なら子供でも登れる気楽な山ですが、強風で知られる冬季は登山届が必要な難所であり、樹林帯で引き返すことにしました。快晴であっても山は突然牙を剥き人間の弱さを教えてくれます。我々の住む世界は自然と人工的な都市に分けられ、一人で山に入ると意識は自分の内面に向かいますが、都市においては外界にばかり目を奪われやがて無自覚になります。都市の先にあるものがメタバースなら、そこは人間の意識の自律性を支配された牢獄に見えます。一方で自然の先にあるものが超自然ならそこには次元を超える無限の可能性の世界でしょう。紀元前から知られるように、自然から離れるほど人は自分を見失い健康を損ないます。そんなことを考える内省の登りと打って変わって、下りはスノーランの楽しさに没頭できます。雪のついた登山道は上りも下りもかけがえのない時間を与えてくれます。

最も安全な資産は自分

年賀状をもらうとちらほらとリタイアの声を聞くようになりました。組織人は再雇用などで65歳ぐらいまで働き、70歳を超えて働く人も少なくありません。リタイア世代のライフスタイルは概ねのんびり派9割、生涯現役派1割という印象です。両者の違いは主に現役時代の仕事観によるもので、前者は極論すると労働を罰と捉えそこから放免されてのんびりしたいと考えるのだと思います。生涯現役でありたいのは、群れで命をつないできた人類はそれぞれが役割を持ち、それを果たせなくなるときに死が訪れるのは自然の摂理だからです。もう一つの理由は働かないことのリスクが、今後の世界では高いと考えるからです。世界ではインフレへの懸念が広がり、かつての日本でも預金封鎖が行われたことを考えると、老後はこの程度の資産があれば大丈夫、というリタイアメント・プランニングを軽信する気にはなりません。何より自由を謳歌できるはずの第二第三の人生を人の世話になることは不幸です。死ぬ時に最も多くの資産を持つと揶揄されるほど心配性の日本人ですが、最も安全性の高い資産は健康でいつまでも働ける自分の身体だと思います。

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