無神経なぐらいに鷹揚

昨日は妻の実家に行き夏ミカンなどの柑橘類をもらいました。腰を痛めたばかりなので、高所にある夏ミカンを取ることをあきらめると、91歳の父は平気で高い脚立に上がります。無謀とも言える挑戦的な性格も、この年齢で一人普通に暮らせる元気の秘訣かもしれません。健康オタクが忌み嫌う食パンを朝から食べ、賞味期限にも無頓着です。タバコも長年吸っていましたし、起きる時間は昼前です。人類史上最長寿とされるジャンヌ・カルマンの生活も決して健康的なものではありませんでした。日本の百寿者にショートスリーパーが多いなど、本当の健康長寿の秘訣はわれわれが有難がる科学的な常識ではないのかもしれません。むしろ健康長寿の秘訣を探ろうとするほど、本質から遠ざかるような気さえします。本当の健康とは無暗に追いかけるものではなく、「○〇せねばならぬ」的な執着をせず、無神経なぐらいに鷹揚でいることなのでしょう。

健康的不眠症

中途覚醒、早期覚醒は立派な不眠症ですが、それでも自分を不眠症だと思わないのは、あえて寝ようとしないからです。一方で同じ時間に床に入りますが、毎晩2分以内には寝落ちしますので入眠障害とは無縁です。世間で言われる不眠症の多くは睡眠に対する囚われ、すなわち自分は眠れないという思い込みが原因でしょう。ショートスリーパーと不眠症の違いは、眠らないことをどう捉えるかの差しかありません。不眠の原因はストレスや睡眠環境、カフェイン、病気などがありますが、病気以外は比較的簡単に取り除くことができ、それでも眠れないのであれば、頭をフルに使い、クタクタになるまで身体を動かすことが有効かもしれません。世間では7時間以上眠らなくてならぬ的な強迫観念が横行しますが、赤ちゃんと高齢者では眠る時間が違うのは当然で、流布される健康常識よりも自分の身体の声を聞くべきだと思います。

仕事の内発的な可能性

年初の相次ぐ災害と事故により自粛ムードが広がっているようです。SNSのキラーコンテンツである旅行や食事などの投稿もあまり見かけない気がします。消費マインドの冷え込みは経済にマイナスですが、年初に普段の生活の有難さを見直し、死を意識することは良いことかもしれません。人生に必要なものは、お金と時間と生きがいだと思います。大半の経験はお金と時間で手に入れることができますが、問題はそれが所詮他人軸の娯楽であり、思ったほどには楽しくないことです。過ぎてしまえば刹那的な消費の虚しさを正当化し、納得させている自分に気づきます。お金で買う楽しみは否定すべきものでもありませんし、魅力も感じますが、内発的なものではありません。消費であれ、仕事であれ、それが生きがいとつながることなしには充足感は得られない気がします。生涯働くべきだと思うのはそこに内発的な可能性を感じるからです。

今年こそ運動

「今年こそ運動をする」と新年の誓いを立てる人が多いようで、フィットネスクラブは1月に新規会員が増えると言われます。同時にいきなり運動することによる突然死も多いと聞きます。食事、運動、睡眠(回復)が健康の三大要素であることは知られますが、前者2つの実行が難しい理由は、脳のアップデートが必要だからだと思います。食べないことや体を鍛えることはどちらも苦痛で、寒い季節に戸外に出て運動するなど避けたい事態です。「人は食べなければ死ぬ」、「加齢により肉体は衰える」という常識が間違いと言えないところにパラドックスが生じます。つまり一定量超えると死に至るストレスが、間欠的、軽度なストレッサーである限り、ミトコンドリアを活性化してエネルギー産生を劇的に促進し、長寿遺伝子を目覚めさせるホルミシス効果です。その効能を確信する人だけが恩恵に浴せるのでしょう。

飽食が空腹を加速する

昔は年末年始に太ることを心配しましたが、今年は一日一食を守り、ジャンクフードも排除したので、体はむしろスリムになりました。食べる量を決めておけばゆっくりと味わうようになり、不思議とお腹がすく感覚が薄らいでいきます。食べるほどに食べたくなり、逆に食を節すると食欲は穏やかなものになります。空腹で食べると味覚は鮮明に美味しさを伝え、薪ストーブでじっくり焼いたやき芋や湯豆腐は、贅沢とは無縁の食べ物ですが、絶品と言うしかありません。食糧生産が工業的に行われる飽食の時代が始まるまでは、人類は現代ほど空腹を感じなかったと思います。少食を実行すると食欲と冷静に向き合うことができ、腹八分が実行できます。次々に刺激的な食べ物が現れる現代は、人々に味わう余裕を与えず、常に次の食べ物を求めるように洗脳をしている気がします。

日本人は神経質過ぎる?

長野県で過ごすこの時期最大の楽しみは薪ストーブです。やさしい暖かさが眠気を誘います。クッキングストーブではないものの、豆を煮たり、やき芋を焼いたりと何かと重宝します。最初は炉が痛むから針葉樹は使わない方が良いとアドバイスされ、広葉樹だけを燃やしましたが、その後は簡単に入手できる倒木の針葉樹を燃やすようになりました。以前は薪割をして十分に乾燥をさせていましたが、だんだん横着になり、薪割をせずに丸太のまま投入していますが、それでも温度は上がります。乾燥が不十分だと火のつきが悪く、煙が多く出ると言われますが、隣接する人家はないのでとくに問題は感じません。煙突は毎年掃除をするように言われましたが、30年以上掃除をしていないにも関わらず、昔と変わらず調子よく燃えます。単に運が良いだけかもしれませんが、日本人は少々神経質過ぎるのかもしれません。

個人もBCP

元旦に能登半島地震が発生し、2日には日航機と救援物資を運ぶ海上保安庁機が衝突しました。2024年を占う凶兆とは思いたくありませんが、日航機の全員が避難できたことはせめてもの救いです。世界に類を見ない複雑な地殻の上にのり、海と急峻な山に囲まれた日本列島は常に災害リスクと隣り合わせです。ミュンヘン再保険会社のデータによると、東京・横浜のリスクは世界主要都市と比べてけた違いに高く、東日本大震災と原発事故によって、多くの人が不自由な生活を強いられました。震災を契機に、車には常に燃料を満たすように心がけ、水とガスボンベの備蓄も始めました。缶詰などの食品備蓄は多くありませんが、少ない食事でエネルギーをつくり出せるように日頃から体を慣らしています。企業が作る事業継続計画(BCP)に事業拠点の分散があるように、個人も生活のバックアップ拠点を持つなど、生活を続ける体制構築が今年は必要かもしれません。

自然崇拝の神聖な空間

初詣は諏訪大社に行きます。日の出前に参拝するので寒い年は氷点下10度まで下がりますが、今年は氷点下3.5度の穏やかな元旦です。諏訪大社は創建年代が不明ながら、日本書紀に記録が残る最古の神社の一つとされ、伊勢神宮や熱田神宮より古い歴史を持ちます。全国に25,000社ある諏訪神社の総本社だけに四宮が散在し、例年は上社本宮に初詣をします。今年は一番古い社で、かつては祭祀の中心地とされる上社前宮に行きました。初詣客であふれる立派な本宮とは異なり、自然信仰の形態をとどめた前宮は、初期の神社らしくひっそりと静まり返り、むしろ有難みを感じます。日本人が年初に神社に行くのは、神道が自然と共生する暮らしの中に、独特の宗教観を育んだからでしょう。ご神体である背後の守屋山の鬱蒼とした森、見上げる大木、山の奥から湧き出る泉が流れる境内は、日本人が古来より崇め大切にしてきた自然崇拝の神聖な空間に見えます。

究極のサバイバル

本年もよろしくお願い致します。2024年を占うとき、脳は一般に悪い方に将来を見積もる癖があり、他方で災害は忘れた頃にやって来ます。コロナ禍が収束した2023年の世界は、戦火の拡大という新たな悲劇に見舞われました。しかし、過去を悲観すれば、未来への姿勢は萎縮し、唯一変えられる自分の未来だけを信じるしかありません。希望的な未来は、強固な基盤の上にしか成立せず、それは生命力を高める肉体改造と、自立した生活基盤だと思います。前者はジャンクフードを止め、小食でなるべく体を動かすことに尽きます。後者は、東日本大震災で露呈したぜい弱な都市以外の場所で、自給自足を念頭に非常時のオフグリッド拠点を確保することだと思います。どちらもネガティブに聞こえますが、サバイバルに励むことに希望を感じ、もはや趣味と言えます。究極のサバイバルとは、食べずに生きられる体かもしれません。

間違いなく幸せになる方法

昨日は西岳に登りました。登山口の気温は氷点下5度で、標高差1,000mの山頂は6度低いはずですが、風もなく穏やかな快晴です。往復2時間半の有酸素運動と寒さ、空腹の三点セットは最強の健康法だと思います。生命力の源であるミトコンドリアを活性化する最高の条件が揃い、同時にケトン体を産生します。ケトン体は脂肪酸が分解され肝臓で合成されるエネルギー源ですが、脂肪として蓄積される糖質とは異なり、長寿遺伝子を活性化し、脳の反応速度を速め、抗酸化作用をもたらします。ケトン体を作る酵素に欠損があったために、ネアンデルタール人は滅びたとする説もあります。加えて早朝の山歩きは森林浴の効果があり、リズミカルな下りはセロトニンが分泌され、さらにスピードを上げるとゾーンに入る集中瞑想で、脳疲労に効果的です。健康によく、お金がかからず、間違いなく幸せになる朝のルーティンを、来年は増やしたいものです。

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