本家を超える新玉川温泉?

玉川温泉から500mほど離れた姉妹館の新玉川温泉に行きました。後から作られただけに近代的で、露天風呂が追加され、岩盤浴も洗練されます。自炊部があり湯治場風情を残す本家とは違い、寝巻でふらふら歩くと違和感がありそうなリゾートホテルです。大浴場の作りは基本的に同じですが、なぜか蒸気浴はより熱く、50%源泉の濃度もこちらの方が濃いように感じます。どちらを選ぶかは好き好きですが、湯治場らしい情緒が希薄になり、3割以上高い新玉川を選ぶ理由はなさそうです。新玉川温泉が開業したのは1998年(平成10年)ですが、本家の歴史は1934年(昭和9年)に遡ります。湯治場開設の歴史はさらに古く1882年(明治15年)で、火薬原料としての硫黄採掘が始まったのは1681年(延宝8年)と言われます。今でも秘境中の秘境と言える山奥に、江戸時代初期から人が分け入っていた、労を厭わぬ先人の探求心の偉大さを感じます。

無為に時間を過ごす贅沢

玉川温泉での湯治2日目になると、湯あたりなのか、入浴初期に体調が悪化する好転反応なのか、何事をするにも普段の倍の時間がかかります。入浴と岩盤浴に行く以外は何もせず、ただただ無為に時間を過ごす贅沢は、10年ほど前に肝炎で入院した時を思い出します。宿は質素で豪華な要素など一つもありませんが、寝たいときに寝て起きたいときに起きる湯治場生活以上に、自分を甘やかす方法はないと思います。ピレネー山脈の麓にある秘境地ルルドには、不治の病を治す奇跡の泉があり、カトリック最大の巡礼地ですが、奇跡を起こす霊験あらたかなお湯が湧くことに関しては、玉川温泉も同じだと思います。しかしながら経営的には難しいようで、玉川温泉と新玉川温泉の経営会社は10年ほど前に変わり、以前売りに出ていた大規模な宿泊施設も今は解体されたようです。商売っ気がないところも、この温泉地の神秘性を増す理由かもしれません。

温泉は運動?

玉川温泉に来ました。東北の秘湯のうち最もリピートしているのが玉川温泉で、湯治の目的地として、ここ以上にふさわしい場所はありません。下諏訪の毒沢鉱泉も強酸性ですが、ここは包丁さえも一晩で溶かすpH1.2の強酸泉日本一で、皮膚が弱いために初日は50%に薄めた浴槽にしか入ることができません。岩盤浴や蒸気浴、飲泉もありますが、歯のエナメル質が溶けだすので口をゆすぐ必要があり、皮膚の弱い人は上がり湯を念入りに掛けます。秋田焼山に登る予定でしたが、有毒ガスの影響か玉川温泉側の登山口は封鎖されています。残念ですがあたりの森はブナ原生林で、温泉に入るだけで体力を消耗するので、一種の運動と言えるかもしれません。玉川温泉を信用しているのはガン患者の聖地という評判だけではなく、自身の体に起きた変化です。この温泉から帰るといつも大きなおできができ、毒素が排出されるのではないかと思います。

車で5分の秘湯

昨日は長野県下諏訪の毒沢鉱泉に行きました。諏訪大社の下社から車でわずか5分ですが、日本秘湯を守る会の会員施設です。昭和9年に医者に見放された幼少期の先代が、この鉱泉で命を救われたと言います。古くは永禄年間に金鉱発掘の際、けが人の治療に用いた信玄の隠し湯と伝わり、2014年までは公衆浴場がありました。pH2.53の硫酸塩泉は飲泉でき、貧血・慢性消化器病に効能があるとされます。源泉温度は2度と温泉ではありませんが、杉の老木が生い茂る暗い森に佇む秘湯は厳粛な気持ちになります。2日間の断食中でもあり、高額なスパに行くよりは健康になれそうです。気に入った場所でファスティングをしながらリラックスした時間が過ごすことは、お金もかからず心と体に静けさをもたらすと思います。幸か不幸か、現代はお金中心の比較思考が蔓延しますが、高級志向や贅沢を離れることなしに平穏は訪れないのかもしれません。

大衆車は裏切らない

フィアットが4回目の車検から戻ってきました。法定点検以外に修理工場に入ることはなく、9年で走った18.4万kmは1台の車としては自分史上最長です。唯一のトラブルは一度追突されたことですが、相手のアクアがヘッドライトを壊したのに対して、フィアットはほぼ無傷で修理をしませんでした。信頼性や耐久性に加えて、これまでの平均燃費は軽油1Lあたり19.14kmと経済的で、イタリア陸軍が採用するほどの悪路走破性を見せます。大衆車に強い愛着を感じるのは、最も多く製造される車こそあらゆる面で優れており、決して裏切られることがないからです。これまでに乗った車はフィアットより高価格ですが、高い車ほど、手の込んだ不必要なギミックが壊れ幻滅させられてきました。最低価格の大衆車のコスパの良さを知ってしまえば、そこから先の付加価値は、執着の対象でしかないのでしょう。

偉大なローテクこそが最強四駆の証

軽トラック以外に国産車を買った経験はありませんが、ランドクルーザーはジムニーとともにいつも気になる存在です。そのミドルレンジ、250シリーズが6年の開発期間を経て発表されました。ランドローバーのディフェンダーを想わせるオーソドックスなデザインは魅力的で、注文殺到は必至でしょう。さらに興味を引かれるのは、現在も海外の一部地域で販売される、1984年デビューの70系がカタログモデルとして復活することです。電子制御を極力排したヘビーデューティーな構造は、信頼性、耐久性、悪路走破性という本来の姿を継承進化させ、それらが命の危険に直結する極地の生活において、長く務めを果たすことに主眼を置きます。その堅牢性や整備性の高さから、各国の軍隊から中東の過激派組織までが愛用する、偉大なローテクこそが最強四駆の証でしょう。

驕りが全てを破壊する

国道4号線や20号線を頻繁に走るので、渦中のビッグモーターの店舗が嫌でも目に入ります。地域最大の4、5,000坪の大型店舗によるワンストップサービスと、客に即決をさせる営業力が相乗して、バラックの自動車修理屋は、一代にして従業員6千人、年商5千数百億のガリバー企業に変貌しました。新幹線は自由席、タクシーには乗らず電車と徒歩で目的地に行き、スーツは青山、車は中古車だったカリスマ社長が豹変したのは、業界トップに躍り出た驕りとされます。都内の豪邸に軽井沢やハワイの別荘、クルーザーといった成金趣味に走り、その頃から手段を択ばないあらゆる裏技が横行し、保険の不正請求が5年以上に亘り行われたのは、カリスマ経営者という最後のパーツが抜けた影響に見えます。間隙を縫って成長した固定費の高いビジネスモデルは、あらゆる面で逆回転を始め、元に戻すことは至難の業かもしれません。

巨木のある暮らし

先週末は一枚板のテーブル用天板を見に、南会津に行きました。旅館にも樹齢200年とされる南会津産の栃の一枚板がありましたが、唯一無二の木目や色合いは一枚板の魅力です。豪雪地帯など、厳しい環境で育った様子が年輪や木目に現れます。現在では広葉樹の巨樹伐採がほぼ不可能となり、半世紀以上にも及ぶ自然乾燥という希少さも魅力で、店内を覗くだけでワクワクします。写真の栃は高さ4.3m、幅1.3m、厚みが30cmと、もはや板とは呼べない豪快なものです。一枚板の価値は厚みに左右され、旅館で使っていたものは7cmありますが、これが8cm、9cmと増すごとに価格が吊り上がります。磐座やご神木といった自然は、古来より神とみなされ信仰の対象になりましたが、巨木の一枚板テーブルのある暮らしは、ある種の神聖さを身近に感じることができ、その場所がパワースポットになります。

夏合宿の爽快さ

異常な猛暑が続くのは日本ばかりではなく、世界各地で観測史上、最も暑い月になる見通しを世界気象機関(WMO)などが発表しました。7月1日~23日の世界の平均気温は16.95度となり、過去最高の記録を大幅に更新するそうです。長い年月、気温が0度以下の北極圏にあった永久凍土が解け始め、閉じ込められていたメタン放出が温暖化を加速度的に進めるとも主張されます。樹木の年輪や氷床コアの解析から、有史以前の気温を推測しており、13万年前~11万5千年前のエーミアン間氷期以来、これほど地球が暖かい時代はなかったと言います。週末に走った新4号国道では、交通量が普段より少ないのですが、無理な割り込みや煽り気味の車が目立つのは、38.5度を指す気温のせいかもしれません。温暖化は地球の自転軸の傾きなど、人智の及ばない原因もあり、学生時代の夏合宿のように、大量の汗をかく一種の爽快さに喜びを見出すべきかもしれません。

山頂にある尾瀬

昨日は南会津町の田代山(1,971m)、帝釈山 (たいしゃくさん:2,060m)に登りました。福島県側の登山口へは10kmほどの未舗装路を走りますが、約400種におよぶ高山植物を楽しむことができる天空の山頂湿原の美しさは、十分にその価値があります。2007年に尾瀬国立公園の一部として指定されており、向かいに控える会津駒ケ岳同様、山頂にある尾瀬を思わせます。観光客が押し寄せることもなく、尾瀬とは異なる静かな山旅を楽しめます。一昨日行った奥只見といい、知名度の低い二流観光地の自然こそが、人を癒してくれると思います。猿倉登山口から10分ほどの沢は水場となっており、自然の恵みを感じることができます。上高地の美しさは誰もが認めますが、駐車料金を取られるような産業化された観光地には魅力を感じません。自分との関係性を持て、自分の内面と対話できるような、自分だけの山と思える場所こそが理想です。

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