夏休みが終わり、昨日は日本工学院に出講しました。渋滞が嫌いなので、まだ校舎の開かない時間に到着しますが、Wi-Fiのつながる屋外のテラス席で、静まり返った校内の緑を眺めながら準備をする時間になぜか満たされます。別にスターバックスに行かずとも、ましてや高級ホテルのラウンジでなくとも、持参したお茶を屋外で飲むだけで小さな幸せを感じ、モアアンドモアの際限なき消費を求めることが無意味に思えます。ありふれた日常に満たされるなら、自然と欲望は薄らぎ、次々と新しい消費に駆り立てられる必要もなくなります。世間の常識とは真逆に、消費を減らすことで雑音が消え感受性が高まると感じるのは、微細な差に執着させようとする産業の意図に欺瞞を感じるからです。人々はお金を払うことで自らの幸せに納得しますが、世の中の大半の消費には中毒性があり、体も心も不健康にすると感じる直観は正しいような気がします。
お知らせ
あまりに簡単
昨今、シリコンバレーの超富裕層の資金とペルシャ湾のオイルマネーは、「医学的若返り」研究につぎ込まれているようです。有力スタートアップは数千億円単位の資金を調達して、100万ドル以上の給与を提示し科学者を集めているとされます。細胞をより若く、回復力の高い状態に保てるなら、多くの疾病を一挙に解決でき、医学を根本から変えることが期待されます。誰もが自分が生きている間に若返りの方法が見つかることを期待しますが、iPS細胞の腫瘍化など、新しい発明にはリスクが付きまといます。一方で、お金もかからず、副作用もなく、ほぼ確実に若返る方法をわれわれは既に手にしていると思います。常識よりはるかに少なく食べ、常識よりはるかに多く運動するだけで長寿遺伝子は活性化します。このアイデアが支持されない理由は、人はお金がかからず、あまりに簡単な方法を有難がらず過小評価するからだと思います。
常識を受け入れた人から弱っていく
三浦雄一郎氏が先月末、90歳で富士山の頂に立ったと言います。87歳のとき8カ月の入院をして、その際のリハビリの目標が富士山だったそうです。往年の冒険家にも山岳用車いすが必要でしたが、1988年に富士山最高齢登頂を達成した五十嵐貞一氏が、101歳10カ月だったことには驚かされます。富士山初登頂は73歳のときで、その後妻に先立たれ供養を兼ねて、15年のブランクの後、89歳のときに再度富士山に挑み、以来13年連続で富士登頂を成し遂げたとされます。元気な長寿者に共通するのは、年齢を気にしないことだと思います。自分は歳だと思えば、73歳で初めての富士山に挑む気など起きないはずです。全ての書籍には加齢とともに体は弱ると書いてありますし、多くの著者が若返りなど不可能だと言いますが、この常識を受け入れた人から弱っていくのでしょう。
運動しても痩せないのはなぜか
トレラン界最大のイベントUTMBが終わりました。マラソンの持久力はスポーツ科学により解明されていますが、100マイルを超える山岳レースをなぜ人が走れるのか、については究明されていません。エクストリームスポーツでアスリートが驚異的な能力を発揮し人間の可能性を拡張するのは、妄信的な科学信仰や常識に縛られないからだと思います。昨年北アルプスに行ったとき、スマホアプリによると5千数百kcalを消費しながら、その日は水以外の補給をしていません。週末に読んだ「運動しても痩せないのはなぜか」はこの謎を解き明かしてくれました。著者は狩猟採集生活をするハッザ族の研究を通じて、身体活動量を増やしてもエネルギー消費量に及ぼす影響は小さいことを見つけます。どれほど運動に励もうが、生存機能を維持するために消費カロリーを減らす仕組みが働くなら、ダイエット効果を信じて運動をしていた人は失望するでしょう。
飢えは止まらない
Netflix映画「ハンガー:飽くなき食への道」を見ました。タイの高級ケータリングサービスを成功させたスターシェフと、望むことなく家業の庶民食堂で料理をする主人公を通して、食べる行為の背景にある飢えについて掘り下げた作品です。セレブご用達のスターシェフが、抑圧された幼少期への復讐のために料理をするのに対して、食堂で働く人生から抜け出したいと願っていた主人公は、やがて家族への愛こそが料理の本質だと気づきます。愛のこもった料理など貧乏人の言い訳、と切り捨てたスターシェフもやがて没落を始め、主人公も華々しい世界から大衆食堂へと戻る展開にはどこか安心できます。タイの格差社会を背景に展開する迫真のドラマが伝えたかったのは、貧しいものは飢えを満たすために食べるが、カネに余裕ができても飢えは止まらない、というスターシェフの言葉なのでしょう。
目利きの力が人生を豊かにする
欧州株式市場では高級ブランド銘柄が売り込まれ、250億ドル以上の時価総額が吹き飛んだとブルームバーグが伝えます。欧州全般にインフレが需要を下押し始め、高級ブランド株が総崩れとなった格好です。加えて売上高の2割を占める中国の景気減速懸念が圧迫し、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンは今年のピーク時には500億ドルを超えていた時価総額は、400億ドルを割り込み年初来最安値となりました。人生には飢えを満たす必需品と人生を豊かにする嗜好品があり、後者は経済力の影響を受ける故に人は金に執着します。しかし、ブランドに代表される嗜好品は他人の物語を消費しているに過ぎず、自分の価値軸を持てない発展途上国型消費と言えます。一方で、山の用具は命に係わるので、ブランドは品質を担保してくれる必需品でもあります。嗜好性と機能性の境界は曖昧ですが、目利きの力が人生を豊かにするのでしょう。
最後の日本固有種
最後の日本固有種であるセンチュリーが、クロスオーバーとも言うべき新型に進化しました。ロールス・ロイスやマイバッハがSUV化される時代ですから驚きはありませんが、当のトヨタはSUVと呼ばれることを嫌い、センチュリーならではの品格と快適性、機能性を兼ね備えた継承と進化だと言います。V6 3.5L プラグインハイブリッドシステムのパワーユニットと、FFプラットフォームベースの4WDシステムは、最上級のアルファードが欲しかった人も含めて対象マーケットが広く、グローバル市場でも戦えそうです。かつての日本車の枕詞であったプアマンズと呼ぶ必要がなく、世界の高級車市場で真っ向勝負ができるでしょう。世界の自動車市場は全体主義的なEV化の流れが支配しますが、日本のお家芸とも言えるレシプロエンジンこそが最も合理的に環境性能を実現できることを、最高級車セグメントで世界に示してもらいたいです。
ブティック化された個人商店の時代
近所のスーパーがこの夏に閉店となり、昔からある八百屋さんを使うようになりました。そのスーパーは特徴がなく、強いて言えば見切り品と日配品のセール以外に魅力がなく、閉店は時間の問題だと思っていました。スーパーは生鮮の仕入れの力が勝負だと思いますが、コンビニやミニスーパー、ネット販売などとの競合環境変化への適応ができず、その存在価値が希薄化しているように見えます。一方で八百屋さんは、扱い商品数こそ少ないものの、目利きされた魅力的な商品が並び、思い切った値段になる見切り品も魅力的です。よく買ういちじくは4個400円の日もあれば同じ値段で8個の時もあり、ダイナミック・プライシングにより収益を最大化しています。形勢が逆転し、リアル店舗においてはブティック化された個人商店の時代が始まるのかもしれません。
オフグリッドのライスタイル
以前の理想の暮らしは、シンガポールあたりで、高級ホテルが運営する洒落たコンドミニアムに暮らし、美味しいものを食べる日々でした。今の理想は自然豊かな田舎で、日々体を動かし、17世紀の元禄時代のような食生活をすることです。美しい自然が近くにあり、新鮮な森の空気で深呼吸をする日常に憧れます。振れ幅が大きいのは、執着こそが不幸を呼び込む原因との結論に至ったからです。加えて食生活を自給自足し、エネルギーや水もオフグリッドで供給し、仙人のようにほとんど消費せずに暮らすことが理想です。現代を生きる99%の人にとっては生きる意味を見出せない、唾棄すべき生活だと思いますが、多数意見が本質とは限りません。世間で言う良い暮らしは、常に比較の対象となり、追加的な支払いなしには喜びが得られない消費社会は、聖書の言う地獄に続く広き門のような気がします。
健康は金で買える?
自分の年代には健康を金で買えると思っている人が多いためか、サプリメントのインタネット広告が目立ちます。化学的に合成されたサプリメントの吸収率は低く、プラシーボ以上の効果はないと思います。一方で、有効成分よりも凝固剤などの添加物による害が大きく、肝機能にダメージを与えるリスクや、サプリメントを使わないグループのほうが長生きといったデータに加え、大量摂取がガンの原因になるとも指摘されます。メラトニンのように本来の体の生産能力低下リスクや、オートファジー機能を妨げる疑いのあるものにお金を払う気にはなりません。生物は生命維持に必要な栄養素を体内で合成できるように進化しており、新鮮な食材をバランスよく少量食べればサプリメントは不要であり、むしろ有害でしょう。唯一摂取しているサプリは自家製の黒ニンニクで、あとは納豆や味噌、ぬか漬けなどの栄養食品を食べれば十分でしょう。