
今年は、明治元年(1868年)から150年の節目を迎えます。宿のある西郷村や白河市は戊辰戦争の激戦地ですから、特別な思いがあります。歴史は古今東西勝者に都合よく書き換えられたフィクションであり、今の日本はその延長線上にあります。
明治維新以降、近代国民国家への道を歩み出した日本を無批判に受け入れてきましたが、いま起こっている時代変化の背景には近代化、合理化、進歩主義の行き詰りがあると思います。近代国家への道が二度の世界大戦の惨禍を招き、その後の戦後復興とベビーブームによる経済成長がその傷を癒したにしても、それが果たして人々に幸せをもたらしたのかは改めて見つめ直す必要がありそうです。
昨日の午前中に蛭ヶ岳(1,673 m)に登ったおかげで昨夜はよく眠れました。普段から不眠とは無縁ですが、自律神経中枢の疲労物質が一掃されたようです。活性酸素の発生を抑えるなど一定の配慮をする限り、運動は健康と幸せを与えてくれます。有酸素運度やリズム運動は身体に直接働きかけるだけではなく、神経伝達物質のセロトニン分泌などを通じて人を幸せにしてくれます。那須連山の懐にある自分の宿を使って、疲労回復と健康増進、そして幸せになるための有酸素運動の素晴らしさを知ってもらいたいと思います。
先週の東京都最高峰の雲取山(2,017m)に続いて、今日は神奈川県最高峰の蛭ヶ岳(1,673 m)に登りました。駐車場から雪積のあるトレイルには歩きやすいトレースがついています。往復で20kmほどの距離がある雲取山も蛭ヶ岳も以前なら決意して挑む山でしたが、トレイルレースに出るようになってからは気軽な足慣らしの山です。往復5時間ほどのスノートレッキングは程よい運動量で、とくに下山時のスノーランはいつまでも続けていたい幸せな時間です。
企業組織を離れて一年半でたくさんの人に会いました。会った人数だけならサラリーマン時代の方が多いかもしれませんが、問題なのはその多様性と深さです。シェアリングエコノミーの時代における最大の価値は人のスキルでしょう。人が人を求めて動く時代が始まると、会社というクローズドマーケットに人を抱えることの意味は少なくなり、閉ざされた組織はやがて淘汰されると思います。ぼくのまわりでは優秀な若手人材は起業家を目指すか、副業(複業)を許すスタートアップ企業に流れ始めていて、そのスピードは加速しています。このような時代変化を、どのように意味づけて捉えるかによって、危機にもチャンスにもなると思います。
福島と東京を頻繁に行き来するぼくにとって車は、なくてはならない道具であり、同時に趣味の対象です。3年少々で6.8万kmを走ったフィアットパンダの唯一の欠点はデザインの悪さですが美点はたくさんあります。乗り心地に優れ東北自動車道の早い流れに乗ることができ、4WDで雪道に強く、軽油1リットルあたり19km以上走り、マニュアルで運転が楽しくかつ安楽、そしてトラブルとも無縁です。とりわけ気に入っている点はフィアットパンダが最低価格の大衆車だということです。「これで十分」というミニマリズムに通ずる清々しい割り切りが心を豊かにしてくれます。一方で、スポーツカーに見られるような車の著しい高性能化は、車の行き場を失わせると思います。車に限らずぼくらが信奉してきた進歩の概念に対するアンチテーゼが世界を変えようとしています。写真は、ラブラドールの動く犬小屋と化したフィアットの後姿を先日来てくれた親戚が撮ったものです。
一昨日雲取山に登ったときに、偶然山中で出会ったトレラン友達夫妻から写真をもらいました。絶好の登山日和ながら20人ほどのハイカーにしか会わなかった登山ルートを考えると、考え方や行動パターンが似ていることに驚きます。公園の遊歩道のように歩きやすい雲取山のトレイルは、雪の季節はさらに歩きやすく幸せな気分になれます。

