メルカリの威力

引越しに伴う断捨離でメルカリを使うようになりました。AirbnbやUberが市民権を得られない日本ではメルカリは一番身近にシェアリングエコノミーを体感する場だと思います。商品が売れてお金が入るのはうれしいのですが、むしろ部屋からモノが無くなり片付いていくことが前向きにさせてくれます。メルカリの重要さはマーケティングを知る手段であることです。類似商品を参考に値段を付け、写真の撮り方、説明文の書き方、投稿タイミングなどによって売れ行きは違うと思います。ザ・ノース・フェイスやSALOMONは瞬間蒸発的に売れていきます。ザ・ノース・フェイスのグローブは掲載後1分で売れ、この一週間で出品した9点のうち6点はいずれも数時間以内に売れています。しかし、シェアリング経済における最大の価値は人のスキルですから、コ・ワーキングやコ・イノベーションの流れは今後も加速されるのでしょう。

マイクロアパートメントで十分

30.5㎡のマイクロアパートメントに暮らし始めて2週間が過ぎます。娘が留学中で夫婦2人が住むにはこれで十分です。バブル経済全盛の1989年にsonyが発売したミニコンポpixyのキャッチコピー「人間は、pixyの幅があれば生きていける。」を思い出します。30㎡の住宅は中途半端だと思っていましたが、20㎡前後のワンルームにありがちな閉所感がなく、それでいてワンルームのように何にでも手が届く機能性があり、掃除も楽で空調もすぐに効きます。住空間が拡大したのは玄関に唯一個室を得たラブラドールだけです。

働く必然性があるから幸せ

「LIFE SHIFT」が描く人生100年時代の世界がもたらす生涯働く時代は現実問題だと思います。働く必然性があることは幸せだと思います。働く必要がなければ元来怠惰なぼくなどは無気力で退屈な老後を送ると思います。人類史上最長の122歳と164日を生きたジャンヌ・カルマン(Jeanne-Louise Calmen)の言うように、長生きの秘訣は退屈しないことだと思います。働く必要がなければ朝起きてもやることがなく、脳がぼんやりしたまま刺激も潤いもない一日を過ごしそうです。

まだ10年は働けたコンサルティング会社を辞めたとき、我ながらリスキーな選択だと思いましたが、昔の秩序による安全な生き方はもはや安全ではないと思います。クラウドで働く時代の新たな秩序が形成される前に、退職後の準備が早いほど独立事業者として成功する可能性が高まります。

誰もが考えるケーススタディ

昨日、田園都市線に乗ったドアの前が、期せずして全国区の知名度となってしまった日大の危機管理学部の広告看板でした。先日の学長と文部科学省との面会でも、文科省側は日大のガバナンスの不明確さに苦言を呈していましたが、この学部に起死回生の秘策はあるのでしょうか。電車に乗っていると人の会話が自然と耳に入ります。先日も背後で新入社員と思しき4人が会社で受けた研修の話をしていました。上司から理不尽な指示を受けたときにどのように対処すべきか、というどこかで聞いた話です。ぼくも授業で同じ話をしており、誰しも考えつきそうなケーススタディです。会社から離れて1年10ヶ月が過ぎますが、会社内の話を聞いていると、どこか別世界の話のように聞こえます。

小ささは精神的に快適

アメリカでも都市型の小さな住まいであるマイクロハウジング模索の動きがあります。米国のURBAN LAND INSTITUTEによる2013年の報告書『The Macro View on Micro Units』では350平方フィート(32.52㎡)未満のワンルーム物件をマイクロアパートメントと定義しています。引越しで家の広さが70㎡の2LDKから30.5㎡の1LDKになりわが家もマイクロアパートメントの要件を満たしています。家が小さいと部屋のクーラーはすぐ効きますし、掃除が楽で、わずかな収納からあふれたモノは日々断捨離のターゲットになるので家が片付きます。冷蔵庫の容量も300Lから170Lに減り、小さい冷蔵庫は食材を日々あちこちに移すので目が届き、庫内の回転率も上がり廃棄ロスがない上に無駄に買わななくなり、冷蔵庫も良く冷えるから経済的です。車も体も同様で小さいとエネルギー効率が良くなり経済的であると同時に本当に必要なものだけにそぎ落とす精神的な快適さがあります。

自分史上最長の工業製品

引越しを機にモノの処分と並行して日々使うものはメンテナンスをするようになりました。昨日は結婚祝いにもらい29年以上使っている自転車2台のタイヤとブレーキを初めて交換しました。そういえば結婚記念日を祝う習慣がなく、20年目はもちろん、25年目の銀婚式も完全に忘れてスルーしていました。変速機を持たないベルトドライブの自転車は29年間全くのメンテナンスフリーでパンクすらしません。メイドインジャパンの面目躍如ですが、バブル経済真っ盛りの当時の日本品質は過剰なまでに高いのかもしれません。日用品の自転車でもここまで使うとその耐久性の高さには尊敬に近い愛着がわきます。自動車には10年10万キロ以上乗る主義ですが、走行距離は不明ながら29年以上使い続ける工業製品は自分史上最長です。

写真は先日までタンポポが咲いていた宿の裏庭で、今は別の黄色い花が咲き誇っています。

甘く危険な匂い

昨日は車で福島を往復しました。夜の国道4号線を車の窓を開けて走っているときに漂う夏の夜の匂いが好きです。もちろん特定の匂いがするわけではなく、それはゴムの焼ける匂いだったりするのですが、刺激的な甘く危険な匂いです。二十歳前後の頃に、よく深夜のドライブをしていた記憶が蘇ります。宿の設備は相変わらず問題山積なのですが、以前のように悲観することもなくなり、学生時代の音楽を聞いていると、もう一度人生をやり直せそうな気がしてきます。

欲が人を不幸せにする?

今朝の那須湯元温泉は快晴でさわやかな朝です。鹿の湯の高い天井からは朝の光が差し込み、外からは蝉の声が聞こえます。高温の硫黄泉に身を沈めると思わずため息が出ます。食べるものと寝るところがあって、温泉があるなら、それ以上の欲求は、いわゆる快楽のランニングマシンだと思います。人生には必要のない執着ですが、持てばさらに欲しくなり際限なく欲求が増殖していきます。そうした欲が結局は心と体を蝕み、人を不幸せにしていると思います。

ダウンサイジングのパラダイムシフト

先週仮住まいに引越しをして、部屋の面積が小さくなり必然的に、収納や冷蔵庫、洗濯機などの家電も小さくしました。300リットル近くあった冷蔵庫は170リットルにダウンサイジングしましたが、何の不都合もありません。冷蔵庫内の食品の25%が廃棄されるという統計が示すように、大きな冷蔵庫は、広い家と同様に無駄なものを溜め込むだけです。数年前に4,500ccのガソリン車から1,200ccのディーゼルに車を小さくしたときも、当初家族には不評でしたが、何の不自由もありませんでした。経済性が4倍程度に改善されただけでなく、小さい方が運転を楽しめ、狭い路地にも入り込めます。生活を小さくするのも体を絞り込むのも結局は新しいパラダイムを受け入れられるかどうかだと思います。小さい部屋にいると最小限度に突き詰めて生活する心地よさがあります。

写真は近所の教会です。

一人になれる贅沢

今朝は雲取山に登りました。今年の2月に登ったときもトレイルランニングの友人に会いましたが、今日も別の友人と会いました。東京都最高峰最西端にある雲取山は2,017.09mの日本百名山ですが、トレイルランニング関係者にとっては往復3時間半で午前中に東京に戻れる足慣らしの山です。登山口の気温は15度でさわやかながら、森に入ると蝉時雨で初夏の風情です。晴天の週末ということもあり、朝5時前には30台ほどが停まれる鴨沢の駐車場は最後の1台を残すのみでした。登山者が多い山では自然に意識を向けることが難しく幸福度も半減してしまいます。一人になれる山が身近にある福島での生活は贅沢だと思います。

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