正解はいらない

花粉症はピークに達しますが、悲観することがなくなりました。以前と違い働く場所を選べるので、移動さえすれば花粉症の症状をいつでも消せると思うと気が楽です。今もコンサルタントの仕事をしますが、ぼくがコンサル会社勤務時代と大きく変わったのは正解を重視しなくなったことです。以前は情報収集と分析を通じて最適解を抽出することが善だと信じていました。今は、正解やアイデアには価値がなく、実現することこそ尊いと思います。できるかできないかはやってみないと分かりません。ゴールだけ決めて、あとは行動するだけです。人間がAIに勝てるのは、感性と直観と根拠なき自信に基づくパッションだけだと思うのです。

自分ブランドの時代

世の中はぼくらの予想より早いスピードで変化していると思います。先日報道された日経新聞の調査によると、副業を認めるか検討している企業は一昨年12月時点の17.1%から今年3月時点では41.8%へと短期間に急上昇しています。同様に副業を経験したことのある社員の増加率も著しく、もはや副業(複業)を認めない企業には人が集まらないパラレルキャリアの時代に入りました。組織のブランドではなく、自分のブランドで勝負をする時代の到来は、「自分は何者か」を追い求め、成長や変革を望む人にとって喜ばしいことでしょう。義務的で苦しい「Labor」から開放されて、創造的で楽しい「Work」を実現できる時代だと思います。

常識を疑うと意見が言えない?

昨日阿蘇のパワースポットの投稿をした直後からフェイスブックのレイアウトが変わり、投稿もコメントも人の投稿へのリアクションもできなくなり、スマホでコメントを書きました。これは祟りか超常的な何らかの警告かフェイスブック社のアルゴリズムによる作為なのか、一度は投稿削除も考えましたが一晩経ち復旧しました。意外なのはこうした非常識な投稿が冷静?に受け止められることです。

ぼくが「常識」という言葉に疑問を持ったのは30代で米国系コンサルティング会社に転職したときです。「それって世間じゃ通用しないから常識って言わないでくれる?」と同僚に指摘されたのはちょっとした衝撃でした。以来自分の考えや意見を批判的に考える癖がつきました。同時に自分の意見を主張できなくもなりました。物事には光と影があり、その良否はだれがどの時点で何を基準に評価するのかによって結論が異なります。ですから政策に対する意見など聞かれても、「どちらとも言えない」と答えます。

超常現象が起こるパワースポット

出張であれ休暇であれ、日常から離脱する旅は新しい自分の内面を育くみます。阿蘇のパワースポットで体験したのは人生観が変わるような出来事でした。日本にあまたある自称パワースポットの類とその場所が全く異質なのは、何の変哲もないスプーンが曲がることです。案内をしていただいた方はスプーンを飴細工のようにいとも簡単に曲げてしまいます。信仰心が薄いのか邪念のためかぼくは曲げることができません。驚くべきは7割ほどの人がスプーンを曲げてしまうという、現代科学の知見では受け入れがたい現象です。

しかし考えてみれば人体の世界は超常現象だらけです。現代医療が無力な癌を、普通の人が民間療法で消してしまいます。

現代の転地療養

昨夜は阿蘇に宿泊しました。会津や那須の山々とは全く異なるスケール感のある雄大な外輪山に圧倒されます。場所が変わり空気が変わると思考の枠組みも変わります。普段と異なる環境で、にわかに脳が活性化されていきます。昨今では転地療養という言葉を聞く機会も減りましたが、異なる土地での気分転換こそ、AI時代の働き方の前提条件だと思います。その点で地域の自然に触れることは極めて重要だと思います。写真はまだ雪をかぶる南アルプスの上空です。

現代社会における最大のリスク

「現代社会における最大のリスクは、たった一度の人生を後悔で終わらせることだ」と誰かが言っていました。これまで自分が無分別な判断をしてきた理由が、この言葉を聞いたときに分かりました。ぼくは行動するリスクより行動しないリスクを怖れます。それぞれ14年勤めた二つの会社を辞めたときも、旅館を買ったときも後先を考えない意思決定ですが、その先にある人生を見ずに死にたくないという思いが強かったのだと思います。

阿武隈源流を見下ろす丘に行くと、「生きていくことができれば満足だ。」「ここではすべてが正常だ。」というメキシコの先住民タラフマラ族の言葉を思い出します。

いつでも誰でも、は3Kの原因?

昨夜は昨年夏にもお越しいただいたゼミ合宿の皆さんにお泊りいただきました。気心の知れた知り合いの宿泊は変に神経を使うことがありません。旅館やホテルが産業化された大きな背景は宿泊客の匿名性だと思います。いつでも誰でも泊まれるといった利便性が産業化の最大のメリットです。他方で、「いつでも誰でも」という市場ニーズがこの産業を3K化させる一因だと思います。民泊の参入もあり、この産業は歴史的な転換点に差し掛かっています。

早春の新甲子温泉では、いたるところでフキノトウが見られ、今朝はてんぷらにしました。

源流の森はセーフティネット

今朝の旭岳は青空を背景に鮮やかなワインレッドに染まります。美しいモルゲンロートが見られる時間はわずか1、2分ですが、はかなさゆえに感動を大きくします。

旅館再生は老朽化した施設との戦いで、昨日も大きな問題が生じました。直しても直しても襲い掛かる不具合に、以前のぼくならとっくに自暴自棄になっていましが、この一年半で変わりました。昨日は近所でない人も含め4人の方が駆けつけてくれました。一人で悩まないことこそが人生最大のセーフティネットだと思います。

もうひとつのセーフティネットは、この阿武隈源流の深い森です。ぼくの人生を変えたこの森の早春の空気が生きる意味を考えさせてくれます。

出入り自由のおおらかさ

桜の季節が終わる東京から花粉症のない新甲子温泉に戻りました。汗ばむほどの東京とは打って変わって、南湖神社の冷たい朝の空気が心地よいです。福島では桜前線が福島、郡山、白河と南下すると言われていて、昨年の白河の桜は4月15日前後がピークでした。二度花見ができることも二拠点居住のメリットです。10日間を過ごしたハノイが生きる活力と若々しい刺激に満ち溢れているのに対し、東京は少し落ち着いた大人の刺激があり、静けさに包まれる阿武隈源流は自身と落ち着いて向き合いたくなります。それぞれの土地で脳の思考回路が変わることも多拠点居住のメリットだと思います。ぼくが福島で旅館を買ったとき、「骨を埋める覚悟がなければうまくいかない」と助言する人もいました。その意見は一面真理なのですが、他方でそうした窮屈さが地方から若者を遠ざけてきたと思います。今人をひきつけている地域は徳島県の神山町にしても出入り自由のおおらかさがあります。

スポーツの力

ほとんどテレビを見ないぼくが見る唯一の番組はNHKの「GREAT RACE~グレートレース」です。オリンピックも含めて見るスポーツには関心がないのですが、体力と気力の限界を超える長距離レースを扱うこの番組だけは特別です。番組が追うランナーのなかにはぼくのような普通のランナーも多く、彼ら彼女らの肉体的な辛さや心の葛藤がリアルに体に伝わります。疲労困憊したランナーが転倒するとあたかもその痛みが体を走り思わず身を縮めます。番組を見終わると体を動かしたくなり、生きる力のようなものが沸いてきます。スポーツの力は偉大だと思います。

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