様々な説が取り沙汰される新型ウィルスの感染は、誰もが知るタレントの死やマスコミの扇動により形成された世論を変える事は難しい状態です。最大の謎は初動が遅れた日本の死亡者の少なさでしたが、ビックデータ解析に基づき、東アジア風土病説は仮説の1つから事実になりつつあります。国境封鎖が遅れたことが幸いして複数のウィルスにバランスよく感染した日本は集団免疫を形成していたと言います。抗体検査の陽性率の低さは検査数値の目盛りのトリックだったことになります。緊急事態宣言もPCR検査もマスクも自粛も不要で、重症患者のいない今やただの風邪と見ることができます。気がかりなのは最も早期からウィルスを研究しその起源を知る香港大学の閻麗夢氏が人類が遭遇したなかで最も毒性が高く、もう時間がないと警告していることです。フォックスニュースの4時間に及ぶインタビューの全てを見たトランプ大統領が翌日には初めてマスク姿でマスコミの前に現れたことも気になります。さながら成り行きのわからないミステリー小説ですが、一歩一歩真実に近づいていることは確かでしょう。
お知らせ
鈍感力は防衛本能?
週末にもうすぐ88歳になる義理の父が家に来ました。普段から一人で生活をして海外も含めどこにでも一人で出かけ、いくつになっても自立する姿は最も身近なロールモデルです。依存をしているのに内弁慶な世間の男性は妻に先立たれると短命ですが、足腰も丈夫でそんな気配などありません。驚いたのは再婚話を持ち出すところで、父を一番尊敬するのは「その年で」という世間常識の発想をしないことです。何かを年齢のせいにした時から死へのカウントダウンが始まると思います。かつては喫煙もしていたほどで決して健康オタクではありません。健康長寿の秘訣を分析するなら欲と鈍感力だと思います。趣味と実益を兼ねた株式投資のために社会人以上に経済誌を読み、重厚長大産業で勤め上げた割には人への忖度など全くしないその鈍感力も不愉快を超えて尊敬に値するレベルです。真面目でストイックに仕事に向き合う人気俳優の自殺の報を聞くと、ある程度のいい加減さや鈍感力は人間の防衛本能なのだと思います。
小利口よりもバカ
Go To TravelならぬGo To Troubleと揶揄される需要喚起キャンペーンは迷走中です。いつも思うのは徴税のためにおぞましいコストをかける愚です。旅館に送られて来る税務関連の書類の膨大さを見ると恐ろしい徴税コストを費やしていることが分かります。手間暇とコストをかけて集めた税金を利権と集票のためにまた手間暇とコストをかけてばらまき、政治家の仕事の多くは利権の分配に費やされます。期間を限った消費税廃止が最も簡単で経済インパクトがあり、お肉券やお魚券、旅行券などの利権に群がる政治家も一掃できます。財務省の主たる役割は税金を集めることで、国民に緊縮財政の洗脳をするキャンペーンのために海外にまでお金をばらまきます。財務省が消費を冷え込ます増税をやりたがるのは省益の拡大、引いては自分の生活の安泰のためです。小利口が最悪なのは、大局を見通すことができず国民の幸せとは無関係なところに能力を発揮してしまうことです。今の時代に必要なのは小利口ではなく既存の体制を全部壊す発想をするバカでしょう。
20世紀の亡霊
9,200万人の中国共産党員とその家族、人民解放軍、国営企業幹部のビザを取り消し米国から締め出す方針を米国メディアが伝えます。不正蓄財した資産を国外に逃している中共にとってこれほど効果的な制裁はないでしょう。死亡宣告をされたに等しい三峡ダムが水利利権のために起動した時限爆弾なら、人民解放軍も同じ運命だと思います。鄧小平時代に軍を養うだけの資金がないため商売を許した結果一層の腐敗が進み、将官クラスのポストに1、2億円の賄賂が必要とされます。利権にしか興味がなく幹部全員が汚職をする組織では相互監視が機能しないと言います。眠れる獅子と呼ばれた19世紀の清朝が張子の虎だったように、今の人民解放軍は小国台湾にも勝てないと分析する識者もいます。世界の禍を防ぐ唯一の方法は三峡ダム同様に中共政権を解体することしかないのでしょう。多くの幹部が間違いであることを分かっていたかつての大躍進政策と文化大革命が実行されるところが共産主義の恐ろしさです。独裁が汚職を生みやがて国を蝕む必然の愚を繰り返す20世紀の亡霊が今も存在するのは、力で押さえつけない限り国を統治できないという思い込みでしょう。
決まっていた王朝交代
金と暴力を信奉する中共に対する包囲網が世界に広がり、崩壊すると言われ続けた王朝の行方がにわかに注目されます。中共崩壊を予言する書は以前から多く、いずれもオオカミ少年状態でした。人の予想は当てにならない反面、あらゆる生態系は自然のリズムに従い時を刻んでおり、人間社会もその例外ではありません。自然の摂理に従うなら2020年の中国王朝交代説には説得力があります。唐代の天文学・数学者である李淳風によると金環日食帯が中国全土を貫くとき王朝交代が起こるとされ、夏至である今年の6月21日にそれが観測されています。1911年10月22日に同様の日食帯が観測され、翌2月12日最後の統一王朝である清朝が滅亡しました。中国における大乱は周期説で説明でき、1840年の第一次アヘン戦争、1900年の義和団の乱、1960年の大飢饉という60年庚子周期と54年日食帯周期が交差するのが2020年です。54年前の1966年に文化大革命があり、今年はすでに疫病、洪水、蝗害と大乱の兆しが揃っています。人間の努力でその宿命を変更することはできませんが、運命に逆らえないと思い込む人は運命に翻弄されます。自分の意思で運命は変えられるとの信念が混乱期には必要でしょう。
欠乏基準の誘惑
ウィズコロナの世界はオールドノーマルに戻らないと言われます。全てがニューノーマルになるのではなく、時代の流れが加速してニューノーマルの比重が増えていくと思います。世界の二分化は良し悪しではなく趣味嗜好でもなく個々人が持つ時代感覚と連動していくはずです。企業においてはオフィスワーク派とリモートワーク派に、終身雇用派とパラレルワーク派に鮮明に分離していくのでしょう。人と会えなくなる非接触社会は、見方を変えると従来会えなかった人と会える可能性に満ちています。コロナショック渦中の5月に転居してから生活が変わりました。知るべきことを伝えないマスメディアから距離を置くようになり、大きな冷蔵庫を捨てワンルームサイズの冷蔵庫にして、都内の移動は自動車から自転車になり、例年ほど暑くないこともありクーラーではなく扇風機を使うようになりました。小さな冷蔵庫は食べ過ぎと食品廃棄がなくなり、自転車で筋肉が付き、扇風機は寝冷えによる不調がなく電気代はクーラーの2、30分の1と言われます。欠乏を基準にした誘惑を断てば「足るを知る」ことの充足感を得られると感じます。
病院に行けないから健康?
首都圏の感染者数増加はK値モデルによれば先週末頃ピークアウトするはずでしたが、その予想曲線よりは上振れしているように見えます。検査数が5月の倍以上でリスクの高い接待業の関係者を重点的に調査すれば夜の街感染が増大するのは道理ですが、マスコミも緊急事態宣言を出せと言う政治家も恐怖を煽ります。日本経済はすでに深い傷を負いその深刻さを目にするのは秋以降になるでしょう。公衆の面前で咳ひとつすることさえ許されず、マスクをしなければ白眼視され、首都圏どころか都市ナンバーの車でさえ自警団が追い払う過剰な反応は良くも悪くも島国日本のエキセントリックな側面かもしれません。日本に関して言えば、手洗いやうがいが徹底されインフルエンザは激減したとされます。トータルの死者数が減り、コロナショックが日本の公衆衛生を改善したと見ることもできそうです。自治体の財政破綻などで病院が無くなると住民が健康になるという皮肉な結果は、コロナが怖くて病院に行けない今の日本にもあてはまるのかもしれません。医療の最前線で感染を食い止める医療従事者の努力を最大限尊重すべきと思う反面、一人一人が健康であるための自助努力が足りなかったことは事実でしょう。
生きるのに必死も悪くない
人は相反する矛盾をその内部に抱えていると思います。矛盾する性質の同居は決して悪いことではありません。多くの賢人により古代から語られた警句は「中庸を知れ」ですが、中庸の示すところは矛盾する性質のベストバランスでしょう。永遠に生きるかのように学び、明日死ぬかのように生きろとガンジーは語ります。徳島県の神山町で見た、山の近くで静かに暮らし、都会のように猛烈に働くライフスタイルは理想的かもしれません。程度の違いはあるにせよ多くの人は生きるのに必死です。一方で、生活に困らない程の経済的余裕がありながら必死に働く人を以前なら不思議に思いましたが、今はその理由が分かります。自分のような怠惰な人間が生きるのに必死な状況に追い込まれることは決して悪いことではないと思います。人は、脳がしびれるような刺激なしには生きられない動物であり、その高揚感は仕事でしか得られないのでしょう。多くの場合において現実が逆なのは仕事に臨む姿勢にあると思います。以前工事現場で誘導をしていた外国人の身のこなしと楽しそうなパフォーマンスはさながら舞台芸術のようで、思わず見入ったことがあります。
白鳥ではなくサイ
数十年や数百年に一度の未曾有の災害が毎年のように起きている感覚があります。2008年のリーマン・ショックに続く東日本大震災と滅多に起こらない壊滅的な破壊力を持つブラック・スワンが今世紀になって頻繁に起こるのは時代が大きく変わろうとする兆候かもしれません。コロナショックを引き起こした中共の支配下では発生確率が高いにも関わらず放置されているリスクであるグレー・リノに注目が集まります。水位上昇が警戒ラインを超えた三峡ダムには洪水制御の機能がない上、地震など様々な弊害の原因との指摘があります。中共の歴史を見れば、革命や暴力からは何も生まれないことが分かります。経済の失政を隠すための文化大革命や大躍進と同様に、将来に禍根を残す三峡ダムを作った理由は権力争いや利権のためとされます。金で買った友達しかいない中共が一番恐れるのは他ならぬ自国民でその目をそらすために実効支配線を前に進めようとします。疫病と水害が経済を弱らせ、それに続く蝗害で穀物備蓄量の枯渇が現実になればこの政権は手段を選ばなくなります。われわれの人生を変えてしまうのは滅多に起こらないブラック・スワンではなく、発生確率を軽視しているグレー・リノなのだと思います。
自由なのに不幸
昨年訪れた中国は監視国家の痕跡がそこかしこにあり香港に出国したときは出獄した感覚でした。今その香港が国安法により一夜で監獄に変わり、ペニンシュラのアフタヌーンティーなどと呑気なことを言うこともできなくなりました。戦後の日本人ほど自由と民主主義の価値を意識しない国民はないでしょう。与えられた自由を行使しようともしない日本人は監獄国家の人と同様に不幸だと思います。人は自由を手にするために働きますが、本当は働くことそのものが自由なはずです。自由気ままに好きな食べ物を口にする飽食社会はかえって栄養不足になり、何不自由なく満たされている人間は新しいチャレンジをしなくなり、自由時間が長いリタイアした人の多くはただ仕方なく余生を過ごすだけです。自殺率が高い国は旧共産主義国と権威主義、集団主義で個人の自由が軽視される日本と韓国です。個人が好きな人生を送ろうとするとしがらみが多く、常識の制約のために好きなことができない日本人には実質的な選択の自由がないのかもしれません。自らを束縛する自己意識から自由になるためには一人で静かに過ごす時間を作ることが必要なのでしょう。