安倍首相の辞意表明は体調の優れない最近の様子を見れば自然の成り行きですが、唐突な印象は拭えません。マスメディアを中心とした執拗なまでの安倍おろしのネガティブ・キャンペーンが静かに身体を蝕んだのでしょう。組織のトップは孤独と言われますが有事におけるプレッシャーは察するに余り有ります。毎年変わる日本の首相をアメリカは相手にしなかったとも言われますが、今やファイブ・アイズの一角を占めるまでになった外交・防衛は安倍首相の功績でしょう。モンスタークレーマーと化した周辺諸国に毅然とした態度を示し、中共の仕掛けるサイレントインベージョンに米国と足並みを揃えるのも強い政権ならではです。ポスト安倍に取りざたされる人たちを見ると、論外の人も含めて有事の舵取りが務まるとは思えず究極の消去法になりそうです。経済で確実に実績を示したトランプがああも悪く言われ、人前でトランプ支持を表明できないサイレントマジョリティがいることは、安倍首相にもあてはまると思います。マスメディアの刷り込みによって歪曲された政治家像を見せられてきたわれわれと違い、後の世代は偉大な政治家として評価するでしょう。
お知らせ
ウリがないなら無理やり作る
昨日はハチ公のふるさと大館市に泊まりました。1923(大正12年)11月に生後2ヶ月のハチは保温性のある俵に入れられて大館駅から渋谷の松濤に送られたそうです。南極に置き去りにされた樺太犬のタロとジロと並び日本で最も有名な秋田犬の産地ぐらいしかイメージのない大館市ですが、十和田湖へ続く樹海ラインにある温泉も良く、渓谷沿いの遊歩道や2009年に廃止されて大館市へ無償譲渡された旧小坂鉄道の廃止鉄道路も魅力的です。人工空間に閉じ込められた東京人にとっては、どこを見ても感動ものなのに、「そんなものでわざわざ人が来ませんよ」と言われます。トマムの雲海テラスに早朝から人が押し寄せるように編集と脚色がなければ観光商品にはなりません。商品を磨き化粧する努力もせずに観光協会的な発想でタレントの力だけで露出させようとしても、使ったお金に見合う効果は続かないはずです。原っぱさえあればどこでも感動的な屋外結婚式会場に変えてしまうビジネスが以前注目されました。あるホテル経営者は「ガラクタをアンティークにして売る」と表現しましたが、欠けているのはウリがないなら無理やり作る強引さでしょう。
得難い夕日を望むロケーション
昨日は新潟県から山形県、秋田県をまたぐ日本海沿いの道を通りました。流れのよい一般国道を走るときフィアットのディーゼルは燃費が良く24km/L以上走ります。コロナ禍のためか廃業した飲食店や宿泊施設が目立ち、地方に行くと打ち捨てられた廃墟の多さを意識せざるを得ません。このルートを通る機会はほとんどないのですが、日本には素晴らしい景観が埋もれていると思います。とくに新潟県村上市付近の日本海パークライン(国道345号)の笹川流れと称される11km続く海岸では、日本海の荒波の浸食によりできた奇岩、岩礁や洞窟など変化に富んだ風景が広がります。澄み切った碧い海は日本屈指の透明度を誇り、豪壮な景観は昭和2年に指定された国指定名勝及び天然記念物です。東京近郊なら得難い夕日を望むオーシャンフロントのロケーションがそこかしこにあり、海一望の廃屋を見つけるとそこでの暮らしを妄想してしまいます。ある調査では20代、30代の70%が移住を希望しているとされ、居住地の束縛から解き放たれると見向きもされなかった地方の魅力が再発見されるはずです。
肉を食べられるのは健康だから
胃の調子が悪くこの2日食事を抜きました。普段食べないものを食べたことが原因で、人間の身体は丈夫であると同時に繊細に警告を発します。身体が飢餓状態になり、養分になりそうなものを吸収するらしく、ガムを噛んでいるとすぐに味がしなくなります。風邪や生活習慣病、不定愁訴までが食事を抜くだけで治るとしたら現代科学の粋を集めた医学界にとっては不都合ですが、生物は3、4割食事を減らすと長生きすることは医師も認めます。医学が食事や栄養に関心を払うようになったのは比較的最近ですが、様々な意見の対立があります。とくに糖質、肉食、乳製品に関する議論は決着がついておらず各々が体調を見て判断するしかないと思います。参考にするのは健康診断の検査数値と日々の便の状態で、糖質も肉食も乳製品もなるべく避けるべきだと個人的には考えています。一方でこれらは元々好きですから、健康であれば何を食べても良いと思います。80歳でエベレストに登頂した三浦雄一郎氏や105歳まで現役だった日野原医師が肉をよく食べることは知られていますし、世界最長寿のジャンヌ・カルマンは晩年まで喫煙をしていました。健康だから肉を食べられるのであって肉を食べるから健康になるのではないことに留意が必要でしょう。
地方には伸びしろがある
昨日は長野県にいて、インスタにのったひまわり畑がきれいだと妻から連絡があり、近所なので寄りました。カゴメの工場に隣接する飲食・物販施設で、わざわざ行くことはないまでも天気が良くて近所なら寄ります。誰かが写真さえ撮ればあとは勝手に拡散・集客し併設のレストランや売店にお金が落ちる可能性が高まります。SNS時代に重要なことは写真を撮らせるポイントをどれだけ作れるかです。それに対して壮大な無駄だと思うのは日本各地で道路脇の花壇やプランターに花を植える運動です。花屋に一定の経済効果はあるにしても勤労奉仕の労働に依存しています。花壇が悪いわけではなく、なかにはコンクール級のものもありますが大半は誰も気にとめない地味な存在です。菜の花でもひまわりでも、何だって売りにできるのに、人の琴線に触れるポイントを打ち出すことが地方に行くほど苦手に見えます。既得権益なのか単にアイデアがないのか分かりませんが、それだけ地方にはまだまだ伸びしろがあるのでしょう。
温泉より焚き火
昨夜は夕方から焚き火をしました。毎晩のようにパエリアや野菜を焼いていた甲子高原での暮らしを思い出します。遠いいにしえの記憶なのか火を見ていると心が落ち着き、魅力というより魔力のような力を感じます。昔は東京でも焚き火をした記憶がありますが、現代の過密都市では許されません。旅館時代は冬でも屋外でパエリアを作っていましたが、食後になると火のまわりに自然と人が集まってきました。泊まった人の声を聞くと焚き火は圧倒的な支持を受け、温泉をほめる人はいませんでした。温泉には日々かなりのコストがかかっていますが、焚き火の燃料は旅館のまわりに落ちている枝や建築廃材です。もし温泉より焚き火に価値があるなら温泉旅館事業者は重要な点を見落としていたことになります。思い出に残る宿泊先にサンフランシスコの古い朽ちかけたホテルがあります。フロントでチェックインを済ませたあと派手に炎のあがるキッチンの火の近くを歩いて部屋に行くのです。通常ありえないこの動線以外のことは覚えていないのですが、行く機会があれば泊まりたいと思うので不思議です。
外食は害食?
昨日は妻の誕生日で外食をしました。外食をするのは仕事を除けば誰かの誕生日か優待券があるときぐらいです。サラリーマン時代は習慣的に外食をしましたが、今は身元の分からない料理を食べるよりはコンビニでナッツでも買った方がましだと思います。外食は害食と呼ぶ人もいて加工食品と並んで味付けが濃く摂取した塩分や糖分量、使用している油を把握できないことが問題です。大半の外食は生きるためではなく楽しむための食事ですから店は消費者の健康より美味しく感じることを優先します。農薬や消毒リスクの高い輸入食材の多くは見えないところで加工され外食や中食に回されます。食中毒のリスクを回避するために調理器具は殺菌され腸内細菌に悪影響を及ぼします。コロナ禍でもデリバリーが急速に拡大し外食が圧倒的な支持を受けるのは、自分で調理をすることが面倒で、最も手頃なハレの場としての機能を果たしているからでしょう。最も好ましい食事は、感覚が鈍った状態で食べる贅沢な食事ではなく、本来の空腹により感覚が研ぎ澄まされた状態で身体が欲するものを食べることだと思います。
自炊が食源病を防ぐ
子供の肥満が深刻なメキシコ南部オアハカ州では未成年者へのジャンクフード販売を禁ずる州法が可決したと伝えられます。一方、揚子江沿いの穀倉地帯が水害に襲われ食糧不足の懸念される中国では食糧節約の重要指示が出されたと人民日報が伝えます。飲食店では注文点数を制限され食べ残しを処罰する飲食監視社会の始まりです。後者の目的は国民の健康のためではなく、中共の失政を隠し国民に転化するものです。食べることは最も重要な欲望ですが、同時に食源病と呼ばれる生活習慣病の主因です。とくに健康被害を深刻にするのが精製された砂糖と遺伝子操作された矮小小麦ですが、これらの食品を排除して現代の食生活は成り立ちません。とくに戦後の日本を小麦の一大消費地に変えたアメリカの占領政策は負の遺産として日本人の健康を蝕んでいます。遺伝子操作されたコーンシロップも含めてこれらの食品は一見健康志向の食品に姿を変え知らないうちに摂取しているサイレントキラーです。昨今自炊が増えたことはこれらの食品を遠ざける上では朗報だと思います。
五感を奪う都市
東京の熱中症による死者が8月に入り100人を超え酷暑が続きます。屋外は暑すぎ、一方で屋内は寒すぎる都市は不健康を助長します。ヒートアイランド化した都会の暮らしは、単一の感覚器を使う生理的な快適さが求められ、風鈴を吊るしそこに爽やかな風がそよぐといった風情が入り込む余地はありません。今年の夏はクーラーではなく扇風機を使いましたが、寒すぎるよりは多少汗ばむくらいが感覚的には快適です。「自然から遠ざかるほど人は病気に近づく」と述べたのはヒポクラテスですが、冷房の使用を最小限にして自然に近い暮らしをすることは東京でも可能だと思います。熱中症で死亡する80%が65歳以上とされ、体の冷えを嫌い冷房使用頻度が少ないこと、老化に伴い皮膚の温度センサーの感度が鈍くなることが原因とされます。何事も都合よく老化を理由にする風潮がありますが、人間は使用しない機能を退化させますので、本当の理由は長年の不自然な暮らしだと思います。人間は自然の一部であり、歳を重ねても五感の注意力を鋭敏に保つことは可能だと思います。
必須項目が欠如している
今年の夏はほとんどエアコンを使わずに過ごしました。地下住戸は想像以上に涼しく東京でも扇風機があればクーラーで身体を冷やすより快適です。しかし自分の部屋がある一階は地下と体感温度が2、3℃違い扇風機のタイマーが切れると寝苦しくて目を覚まします。日中に気温が上がると苦しげなラブラドールをバリカンでサマーカットしました。切り過ぎてもいけないと途中で止めたために、観光客に刈られた羊のようなまだら模様になってしまいました。風通しの良い夏毛なので本来は刈る必要はないのですが、アスファルトに覆われた都市の暑さは過酷です。東京にはあったら嬉しいものがほとんど揃いますが唯一欠けているものは住みやすい温度に調整してくれる自然環境です。一方で何もないように見える田舎の暮らしには数少ない必須項目があります。先日長野県で明け方3時に屋外で空を見上げると満天の星空でしばし時を忘れました。お金を払えば全てを手にできる東京ですが、「こんな時間が欲しかった」としみじみ思えるようなプライスレスの必須項目が欠如していると思います。