昨日は八ヶ岳の唐沢鉱泉を起点に北八ヶ岳の苔の森を歩きながら縞枯山(2,403m)、茶臼山(2,384m)に登りました。ひんやりした空気が漂う森に入ると、自然のもたらすゆらぎ、森林揮発性物質やマイナスイオンのためか爽快な気分になります。中東和平や米ソ軍縮合意など米国が歴史的合意を取り付けたのもキャンプデービッドでの森の散歩中でした。森林を散策しながらのカウンセリングなども昨今注目されます。心に静寂をもたらし霊的エネルギーを高める場所は森をおいて他にはないと思います。人類が霊長類として森に住み始めたのは6,000万年前とされ、人類史の99%の時間を森林環境下にいた痕跡は現代人の体質にも深く刻み込まれているはずです。世界最大の都市圏を持ち人口密度も高い日本が、総面積の69%を占める25万平方kmの森林を持ち世界三位の森林化率を誇るのは、古来より森を聖なる土地として崇め大切に扱ってきたからでしょう。鬱蒼とした苔むした森、見上げる大木や巨岩、山の奥から湧き出る泉を抜ける森林散策をすると、人生に必要なものは驚くほど少ないと思えます。
お知らせ
四分の一しか食べない世界
秋がいつの間にか進み八ヶ岳の稜線では霜が降りるようになりました。収穫の秋、食欲の秋というのは自然の摂理で、北米大陸からアフリカ大陸までノンストップで飛ぶ渡り鳥は秋の1週間で脂肪を2倍にすると言われます。多くの動物も冬を越すために秋になると自然が用意した果実などで体に脂肪を蓄えて越冬を可能にしました。人類が糖新生によりブドウ糖を体内で作り出すのもおそらく同じ理由で、血糖値を上げるホルモンを数種類持つことも飢餓の歴史が長かった証拠でしょう。先日読んだ「老いなき世界」の著者で老化研究の第一人者であるデビッド・シンクレアが25年にわたる老化研究の末にたどり着いた結論は、寿命を最大限に延ばす確実な方法は、食事の量と回数を減らせです。最先端の生命科学が断食や絶食といったニューエイジやカウンターカルチャーのキワモノとみなされがちだった健康法をメインストリームに押し上げ、不老不死にまで言及したことは衝撃です。エジプトの遺跡で見つかった「人は食べる量の4分の1で生き、残りの4分の3 は医者が食べる」という古代人の警句は正しかったのでしょう。
人間と行動するDNA
今朝はラブラドールと編笠山(2,524m)、権現岳(2,715m)、三ツ頭(2,580)に登りました。権現岳といえばそれなり敷居の高い山ですが、荷物がなければ観音平から4時間強でラウンドできるお手軽な山です。山登りは赤筋と白筋をバランスよく使う長時間の有酸素運動で、標高800メートル以上では運動時に発生する活性酸素の酸化ストレスが低減されるという研究があります。白筋の筋肉損傷により成長ホルモンが分泌される下山道が健康には重要です。漫然と山に登っていた頃は意味を持たなかった下山道ですが、意識するだけで筋肉の付き方も違います。下り道でペースを上げるとラブラドールは影のようにぴったりと寄り添い人間と一緒に行動することがDNAにプログラムされているとしか思えません。人類史上生産性を高めた最初の道具は、おそらく犬だったと思います。他の家畜よりはるかに古い3万2千年前から生きた道具として犬を活用したことで狩猟法に大躍進が起き、猟犬を従えた狩猟の生産性は56%向上することが研究から明かされています。そんな太古の昔に思いを馳せながら重力に身をまかせてリズミカルに下るトレイルは今では楽しみの一つです。
忖度脳とゴマすり脳
イギリスにいる娘からLINEがあり、為替相場の仕組みについて聞いてきました。友人と経済政策について議論をしていて意見を求められていると言います。正式な授業も始まっていないのに学びたいと自然に思える環境は日本の大学が失った美点でしょう。教育の現場で最も重要なことは学びに対する主体性ですが、議論をするためには知識が必要になり、生きた知識を学ぶ上で経済や歴史が大きく変わろうとしている今の時代は最適です。点を取るための知識と違い、自分の頭で再構成された知識はその後も生き続けます。日本の教育は伝統的に立身出世の手段と看做され、偏差値偏重社会を生んだと思います。丸暗記だとしてもテストの点が高いに越したことはないと昔は考えましたが、それは間違いでした。学校の試験で好成績を取るコツは出題者の意図を読むことと、その意図に沿った答案を書くことです。つまり偏差値時代の申し子の思考回路は忖度脳とゴマすり脳になります。そんな机上教育の秀才にまともな判断ができるはずがなく、大東亜戦争では無謀な作戦を繰り返しました。現代のあらゆる組織にもその暗い影を落としているはずです。
人生は一度限りではない?
話題の書、「LIFESPAN老いなき世界」を読みました。衝撃作とされる理由は、老化は病気であり治療できる、死が必然であることを示す証拠は何もなく生命は永遠に存続する可能性がある、と結論づけたことです。著者がハーバード大学医学部教授で老化生物学センターのディレクターでなければベストセラーにはならなかったでしょう。しかし老いないために導かれた結論は、食べる量と回数を減らす、間欠的絶食を行う、運動をする、動物性タンパク質を避けるなど目新しさはありません。食べることでわれわれは本能的な欲求を解放してきたので、無理と感じる人が多いでしょう。これまでのアンチエイジングは老化スピードを遅らせる目的でしたが、生命に終わりが訪れないなら話は違ってきます。1カ月生きるごとに寿命が1週間伸びると言われるのは、長く生きるほどまだ予見できない画期的な医学進歩の恩恵を受ける確率が上がるからです。人生は一度限りだから楽しまなくてはと考える人も、生命が終わらない方法を手にする可能性があるのなら生活習慣を見直すかもしれません。
健診義務化は利権?
今年9月までの健康診断の受診者と予約者は昨年の2,100万人から1,400万人に減少したとNHKが報じます。日本人は検診を有難がりますが、一部を除いてその有効性は証明されていないばかりか、英国の調査では定期的に健康診断を受けた人の総死亡は8.6%増えるとされます。有効性が証明されておらず、過剰医療につながる定期的な健康診断を欧米では奨励せず、カナダと米国の専門家委員会は定期健診をやめるべきと勧告しています。医者や医療費が増えてもそれ以上のスピードでがんなどの病気が増加する状況は人為的な要因が生み出したと考えるのが自然です。検診で見つかるがんの大半は治療の必要がないものとする主張は根強くあります。1972年に労働者の健康診断義務化が始まり1975年以降日本では男性の肺がん、肝臓がん、すい臓がんが急上昇していることは健康診断が病人を作り出していることを疑わせ、検査精度や基準を変えればいくらでも病人を量産出きます。健康診断義務化の当事者であり、25年間に渡って日本医師会会長を務め権力を振るった武見太郎自身が薬を飲まず、健康診断を受けなかったのはその危険性を知っていたからでしょう。
元の生活に戻れないシステム
カリフォルニア州で2035年までに州内で販売される全ての新車のゼロエミッション化を義務づけることが先週発表されました。2040年頃を目処に各国が規制を行うことがアナウンスされ、先の話だと思っていましたが、内燃焼機関の車に乗れない時代は目前です。ノルウェーでは2025年にすべてのガソリン車・ディーゼル車の新車販売を前倒しで禁止すると発表され、自動車と青春が同義語だった世代としては寂しくもあります。必要のための車ではなく欲望のために車を作るGM流の計画的陳腐化の時代もいずれ終焉に向かうでしょう。供給側に押し付けられた欲望は一時的な高揚感しかなく消費者は永遠に満足することはありません。欲望は常に相対的な価値に影響され、ミニバンやSUVといった多様なニーズは供給論理が作り出した虚構です。資本主義の行き着いた過剰消費社会では、人々は永遠に欲し続け、どんなに働いても満たされない呪いをかけられます。古い車に心を奪われる懐古趣味は、その時代に切実な渇望があったからだと思います。資本の自己増殖をエンジンとする経済の拡大は、欲望により人々を支配し元の生活に戻れないシステムだったのでしょう。
SNSに真実はない
昨日イギリスに着いた娘によると時節柄大学の寮に人の姿はなく、オンライン授業は10月以降対面授業に切り替わるようです。新型ウィルスの人口あたり死者数の多いイギリスですが、マスクをする人は少なく学生の三密の集まりもあり日本ほど神経質な対応ではないようです。ラインやメッセンジャーでほぼ常時接続しているので日本から1万km離れている感覚はありません。しかし、世界中と瞬時につながる便利さは、人間らしい感情を奪っていると思います。娘が高校2年のとき一年間留学をした際に手紙の持つ魔力を知ったからです。SNSやメールを校則で禁じられ、親との連絡は手紙だけに制限され違反者は強制帰国という厳しさで、実際に複数の退学者が出ました。手紙ほど人間的な温もりを伝え心が通うコミュニケーション手段はありません。常時接続の罪は簡単に入力できチャットばかりか動画で瞬時につながってしまう安易さです。一方で言葉を選ぶ手紙はタイムラグがあるので普段のコミュニケーションでは伝えないような本音を引き出します。一見不便な手紙こそが遠く離れても相手を身近に感じ本心を語り、逆にSNSに溢れる言葉に真実はないと思います。
海外で深める自己理解
留学ビザが発行され急遽イギリスに渡航することになった娘を送りに昨日は羽田空港に行きました。日本で仕事をするなら日本の教育を受けることに一定のメリットがあり、一方で日本の同質性に染まるリスクを考えると一長一短です。1億の人口を抱える日本では海外の主要な著作を日本語で読める強みがありました。人生100年の生涯学ぶ時代になり、関心がより詳細に及ぶと本当に知りたいことは日本語情報にはほとんど存在しません。世界の情報に直接アクセスできるスキルの重要性は増すはずですが、より大きな留学の効果は異国での生活を通じて鍛えるサバイバル能力だと思います。ムラ社会の日本にいると他人や組織に依存し忖度しがちで、視野は狭まり同質化し、自分自身を隠して生きるようになります。サバイバル能力とは、将来の不安に備えて身を寄せ合うことではなく、全力で今にフォーカスする内省の力でしょう。ソクラテスは内省のない人生に生きる価値はないと言いましたが、一人海外で過ごす孤独と内省の時間ほど自己理解を深めるものはないと思います。
成長のための洞察力
四連休はどこの観光地にも人が戻りましたが、問題は売上が戻るかです。Go Toキャンペーンで人が戻っても一過性のぬか喜びかもしれません。人は不安を感じるとき、わずかな光に望みを託し悲観シナリオを想定外に置きます。準都市封鎖を経験した非接触社会で人々は、ライフスタイルと消費を変え始め、アパレルではワンマイルウェアが主役の座を占めるようになりました。アスレジャーが巨大マーケットになりスポーツ市場の救世主になったのとは逆に、ワンマイルウェアの衝撃はアパレル業界を破壊しかねません。消費増税以降ここまで経済が深手を負えば、反動消費の後は消費を手控えると考えるのが妥当でしょう。他方で不景気は悪いことばかりではなく、産業界にイノベーションが起きるのは決まって不況期です。追い詰められることで人は行動に踏み切り、わずかな望みであっても一か八かのアイデアを試すようになります。変わる必要性を認めながら人や組織が変わろうとしないのは、現状維持という思考的、感情的な欲求に従うからです。生き残るというよりプリミティブな肉体的な本能欲求が起こったとき、失うものへの執着を捨て成長のための洞察力が培われるのだと思います。