日経新聞で見た大村崑さんのライザップの広告は衝撃的でした。誰もが知る芸能人のビフォー・アフター写真のインパクトによって、結果にコミットをアピールしてきたライザップですが、知人の紹介で大村崑さんと生で会ったのは20年ほど前です。失礼ながら、そのときは覇気がなく、さすがに年を取ったなと感じましたが、86歳から筋トレを始めて90歳にして、人生史上最高の体を手に入れたと言います。顔にはしわもなく、90歳とは思えない血色の良さで20年前より若々しい表情は最盛期と変わりません。19歳のとき肺結核で右の肺を切除して以来70年以上も苦しめられてきた息切れからも解放されたそうです。鍛えさえすればいくつになっても体は蘇り、これは奇跡ではなく誰にでも起こることだと思います。もう年だからと自己洗脳したり、ささいなことでも面倒と思わず、希望が持てることに意識をフォーカスすれば、だれでも人生100年時代を享受できるのでしょう。
お知らせ
レジリエンスを高める生活
屋外マスクの緩和が議論されますが、日本人がコロナによる一人の命を守るために毀損した経済損失は米国の20倍、イギリスの40倍と試算されます。命が大切だと騒ぐポリコレは経済破壊が人を殺すことに気づきません。卒業式で初めて友達の素顔を見たと言う笑えない影響を子供や若者に及ぼします。繁華街への外出や外食をほとんどしない我が家への影響は最小限で、マスクをするときは高地トレーニングだと思うようにしています。疫病、戦争と立て続けに起こる災難へのレジリエンスを高める生活は、なるべく食べず、消費をせず、持たない暮らしでしょう。もう一品買わせようとする誘いに乗らず、どうすればもう一品を生活から減らせるかを考えます。食事の回数を減らすと単に安上がりなだけでなく、次の食事が楽しみになり幸せが長く続きます。食べ過ぎの上に食べる非日常より、普段のささやかな暮らしに豊かさを見出すことが精神衛生上良さそうです。
必要な家電は扇風機だけ?
電気料金上昇が家計を圧迫する昨今、家電の必要性について考えます。元々テレビは見ませんし、ほうきと雑巾があれば掃除機は要りません。はるかに美味しく炊けるメスティンがあれば炊飯器も不要ですし、我が家の冷蔵庫の稼働率は3割程度ですから、毎日買い物をする前提なら冷蔵庫も要りません。太陽とともに暮らすのが理想なので家族は許さないでしょうがろうそくで暮らすのも悪くありません。旅先では洗面器で洗濯をしますから洗濯機も微妙です。そう考えていくと最後に残る家電は、暑過ぎる東京では必要な扇風機だけだと思います。モノを減らして気に入ったものだけで暮らす「ゆるミニマリスト」がブームのようですが、ストイックにモノを減らすことで、洗脳により売りつけられた商品に囲まれて暮らしていることが分かります。人は欲に駆られて不要不急を抱え込み、自ら人生を複雑にしているのかもしれません。
階段の健康効果
2年前に地下住戸に引っ越して以来30年ぶりに屋内階段のある生活になりました。住宅のなかではわき役の存在ですが、単に地下と1階をつなぐ動線というだけでなく、居ながらにして体を動かし、チェックする貴重な空間だと思います。地下のリビングにいる時間が長いのですが、自室のある1階との間を行き来する回数が多く一定の運動になります。ロンドンバスの運転手と車掌を比較すると、バスの1、2階を往復して運動量の多い車掌は、運転手より冠動脈疾患の発生率が3割少ないという研究があります。動かす筋肉を意識することで、ホテルのメイドさんのような清掃の仕事が体を健康にすることも示されています。運動に加え、寝起きに階段を下る際の筋肉の複雑な動きのスムーズさを見ることで睡眠の質を知ることもでき、階段の健康効果にはもっと注目すべきかもしれません。
炊飯器もブランド米もいらない
我が家では玄米、白米、もち米の3種類を食べていますが、最近のトピックはメスティンで炊く白米の美味しさです。メスティンはキャンパー定番のクッカーで、ダイソーなら500円で買えますが、短時間で簡単に炊ける上に高性能炊飯器もブランド米もいらないほどの美味しさです。元々は軍用のブリキ飯盒ですが、iPhoneほどの面積しかないこの万能調理器は密閉力が高く、熱伝導が良く、熱ムラを最小限に抑え、あらゆる方向から加熱できます。煮る、蒸す、揚げる、炒める以外にオーブンに入れればグラタン皿になり燻製まで作れて、おかずをのせれば、そのまま弁当箱として持って行ける美点もあります。昔から好きな赤飯や味わい深い玄米の陰に隠れて、我が家では長年わき役だった白米ですが、短時間でむらなくふっくらと仕上がる炊き方革命により突然スターに躍り出た印象です。
ワンルームこそ理想の間取?
海外の狭小住宅のYouTubeを見ていて不思議なのは、同じ面積の日本の住宅よりも住みやすそうなことです。同じ20㎡でもユニットバスとワードローブの間のデッドスペースを持たない海外のホテルの客室を広く感じるのと同じ理由だと思います。その原因は廊下の存在でしょう。戦後、日本の住宅の間取りは玄関から伸びる中廊下を中心にドアを隔てて個室を作り、中廊下は家の風通しと太陽光を分断し、〇LDKといった個人空間の確保により家庭内別居をもたらしました。廊下の最小化を考慮した我が家の間取は、引き戸で居室を区切った結果以前の日本家屋のような巨大なワンルームになり、玄関は階段の踊り場と自転車置き場を兼ねます。壁により分断をするドアではなく、動く壁である引き戸による空間の可変化こそ究極の省スペースであり、家庭内の「つかずはなれず」を実現すると思います。
食欲は自作自演
外出する日は食事のことを忘れますが、家でのんびりしていると何かを食べたいといった雑念が生じます。考えただけで急に食欲が芽生えることを見ると、食欲は自然の摂理ではなく自作自演の欲求でしょう。昨日も散歩に遠出したついでにパンを買ってしまい昼食に食べた後、普段は感じない種類の空腹を夕食時に覚え、小麦が人を栽培しているという比喩はあながち間違いではないと思います。元々は毒を見分けるために発達した味覚ですが、安全な食糧を調達できるようになった現代人は、それを快楽のために使うようになりました。快楽は神経伝達物質の分泌と受容体の感度によりもたらされ、普段の食事と、高級な飲食店で食べたときとの違いにたいした差はありません。われわれが感じる食べる喜びは、味覚によってもたらされるのではなく、低血糖と演出による一種の自己洗脳なのでしょう。
小さな自然の世界
近所ではバラを咲かせる家が増え、至るところで甘い香りに包まれます。花が咲き誇る場所は高いエネルギーを帯び、近くに行くだけで生命力が高まり、肯定的になり幸せを感じます。木や花と日々接する植木職人は7年長生きという研究もあり、土に親しむような暮らしが健康にプラスであることは確かでしょう。戸建住宅に住んでいたときは庭の手入れなど全くせず荒れるに任せていましたが、集合住宅になり、土に触れる場所が小さな花壇だけになると、ハーブを植えるようになり、ラベンダーなどが咲くその場所は我が家のパワースポットになっています。空腹時の食事が美味しいように、土が希少になることで五感が高まり、猫の額ほどのハーブガーデンに小さな自然の世界を見出します。物理空間はあくまでも相対的なものであり、自分の心によって現実世界を書き換えることは可能なのでしょう。
悪魔のルール
ゴールデンウイークは高速道路も例年ほど込まず、期待した反動消費は控えめだったようですが、他方で一部地域の宿泊施設は驚くような高値になっていました。昔は高値で売られる商品に憧れましたが、今は高い商品を見ると興ざめします。高価格になるほど執着の双六が始まり、事業者が意図したゲームから降りられなくなるからです。より積極的な理由は、消費を減らしたほうが人に邪魔されない自分だけの時間が増えることです。値段は実のところ、需給関係で決まるのではなく、供給側が打ち込んだアンカーによって決まると思います。悪魔のルールを知っている商売人はアンカーの打ち方がうまく、値段が上がると客は価値も上がったと錯覚し高い価格設定について行きます。非日常的演出が好まれるのはお金を取りやすいからですが、何気ない日常を充実させることがむしろ価値は高いと感じます。
外界は自分を幸せにしない
昨夜は寝ようとしていた時間に帰宅した妻がアイスクリームを買って帰り、反射的に食べてしまいます。大半の刹那的快楽が健康に悪いのは、遠い祖先の時代と現代があまりに環境が違うのに、脳がアップデートされていないからです。かつては糖質にありつく機会が乏しく、それを燃焼効率の高い脂肪に変換するのは生き残り戦略でしたが、いくらでも糖質にありつける現代は体脂肪率の上昇が命を脅かします。麻薬的快楽に人は順応し、さらに欲求をエスカレートさせます。多くの産業は脳がホルモンレベルで感じる現在快楽型の性格を利用して、さらに強い刺激で消費者を欲望に溺れさせることで成立します。ガンジーが大罪とした「良心なき快楽」から逃れるには、現代が常に快楽体験の記憶を他人に刷り込まれ、外界の何物も自分を幸せにしないという幻想を見抜く必要があるのでしょう。