快楽か平穏か

週末に妻がUTMFのボランティアに行き、エイドで余ったバナナやお菓子をもらってきました。そのまま食べられる食品を手の届くところに置くことが危険なのは、人の本能は過食するようにできているからだと思います。午前中は固形物や糖質を摂らないというルールを守るのは容易ですが、ひとたび何かを口にした後の誘惑を抑えることは簡単ではありません。食べれば食べるほど食べたくなる性質は健康の敵であり産業の味方です。食べ物のない静かな環境であれば食事を抜いても苦痛を感じませんが、雑音と誘惑に満ちた環境では話が別です。同様にお金も理性が働きにくく、ひとたび贅沢を手にすると際限なき贅沢追求が始まり、欲が先行すると何のために食べ、稼ぐのかが曖昧になります。雑音に満ちた快楽より静寂のなかの平穏を選択したとき、人は本来の動機付けを思い出すのでしょう。

100マイルを旅する

複数のFB友達が参加する3年ぶりのUTMFが終わりました。旅に例えられる100マイルレースは、多くを犠牲にして自らの限界に挑み、大切な何かを学ぶ点において人生そのものと言えそうです。せいぜいその3分の1の距離しか走ったことがなくても得るものはありますが、ドラマが凝縮された100マイルのゴールに立つ感動はその3倍ではきかないはずです。今この瞬間に集中する感覚と最短距離にあるのがエクストリームスポーツだと思います。わが身一つを自然にさらす原初的スポーツが魅力を帯びるのは、失うものがないときに人は初めて何かを得るからかもしれません。必死に力を出し自分の足だけでやり切る姿は周囲にもエネルギーを与えます。過酷であるほど感受性は高まり、より深い内面との対話は、体験型旅行を超える自己変容の旅へとシフトしていくのでしょう。

外食の怪

昨日は学生時代の部活の集まりに出ました。30数年ぶりに会う人も多く、体型や顔つきが変わってしまい昔の姿を思い出せない人や、お互いの記憶が曖昧な話はあるものの、当時の人間関係は瞬時に戻ってきます。20年前を再現した場所で1週間暮らした75歳の男性16人の実験では、肉体年齢が10%、知能が20%改善するというカウンター・クロックワイズ研究が知られますが、昔の時間を取り戻すことは若返り効果があると思います。不思議なのは久しぶりに外食をすると、十分に食べているのに帰宅後に無性に空腹を覚えることです。人は普段の食事習慣を変えると満腹中枢を乱され、必要を超えて食べるようになるのかもしれません。妻も外食をした日は帰宅後に食べ直しているところを見ると、外食には過剰なカロリーを摂取させるメカニズムが働く何かがあるのでしょう。

次がないのが良い車

近所に建売住宅が並んでいて、真新しいベントレー、ポルシェ、メルセデスが駐車しています。一方で家の方は控えめに言っても普通の家で車の方が高そうです。四畳半共同トイレのアパートに住んでフェラーリに乗るライフスタイルがかつて注目されましたが、車を重視するのは日本人の特徴かもしれません。見せびらかす機会が限られる家に対して、車なら人前で胸を張れます。人にどう見られるかという他人軸の尺度で自分の幸福を確認することには無理があると思います。持ち物は人を表わし、若者が高級車に乗れば不相応と言われ、お金持ちが大衆車に乗るとケチだと言われ、無難な車に乗っていると無趣味な人だと思われます。高級ホテルに乗り付けるのは気おくれする少しくたびれたフィアットですが、次に乗りたい車がないことこそ良い車の条件だと思います。

限界を変える革命

国内トレラン界最大のイベントUTMFが今日スタートします。昔は人間が走れる限界が42.195kmだと聞きましたが、その4倍の距離を数千人が不眠不休で走ります。山岳レースの過酷さに加え、低体温症と熱中症のリスクを伴うレースに多くのFB友達が参加することに改めて驚かされます。エクストリームスポーツは人類史で前例がないくらい短期間で人間のパフォーマンスを大幅に向上させ、限界を完全に書き換えました。若手アスリートに有利なスピードレースとは異なり、中年以降の選手に勝機があることにも魅せられます。重要なのはエネルギー産生で、炎症を抑え回復を早める日頃の食事やレース中のエネルギー補給の方法こそが最高の武器になります。肉体を酷使しない現代社会において、人体の限界を変える革命の場はエクストリームスポーツをおいて他にはないのでしょう。

楽観的なミニマリストの暮らし

住宅を紹介するYouTubeを見ますが、マイクロアパートメントと呼ばれる狭小住宅を扱うNEVER TOO SMALLやThe Local Projectが好きです。小さな空間を暖かくて潤いのある暮らしに変えるセンスの良さが参考になります。1cmでも広さを求めた結果、すし詰め状態で立ち並ぶ建売住宅やワンルームマンションに破壊されていく街の景観を見ると、日本人は祖先が持っていたミニマルな暮らしに無限の可能性を見出す感覚を取り戻すべきだと思います。自動車としての必要最小限の機能を形にして、40年以上一度もモデルチェンジすることなく製造されたBMCミニのような住宅です。物量や広さを求めれば際限がなく、どこまでそぎ落とせるかによって自分に必要で大切なものがわかり、そこに本質が宿るのでしょう。ミニマリストの暮らしは失うものが少なく楽観的に生きられそうです。

現代のヒトラー

「アメリカが最も恐れた男”プーチン”」を見ました。共同アパートで育った凡庸な少年が、冷酷非情で傍若無人な怪物となりマフィア国家のボスに上り詰める物語は、歴史で知るヒトラーと重なります。KGBでは人間の弱さにつけ入る方法、人を操る方法、相手の心の内側に入り込む方法を学んだものの、スパイとしては凡庸で東ドイツの崩壊を目撃し、超大国と信じて身を投じた国の消滅に幻滅したあたりも同じです。東ドイツから帰国してしばらくタクシーの運転手をした後、サンクトペテルブルクに住む元KGBという理由だけで、業績がないまま副市長になった幸運も似ています。運と野心と謀略でその地位につき、若さと強さを前面に押し出した強面のタフガイとして、自信を失った国民に熱狂的に支持されるあたりもヒトラーを彷彿とさせ、今が大戦前夜でないことを願うばかりです。

商品は他者とのコミュニケーションツール

年度初めのためか電車に乗る人の数が以前の水準に戻りつつあるようです。オフィスを廃止するなどの過激なトレンドもひと段落して、元のワークスタイルに戻るのだとすると安心すると同時に少し残念な気がします。オフィスの在り方は働き方そのものですが、平均的な日本企業の労働環境は幸せには見えません。海外の企業のミーティングには、つい手が伸びてしまいそうな魅力的なドーナッツが置かれたりして雰囲気が和らぎますが、日本なら事務的な会議室でどこが上座かを気にする堅苦しさがあります。すべての商品は他者とのコミュニケーションツールであり、すべてのビジネスはヒューマンビジネスなのに、組織人は良い人間関係よりも上下関係に執着します。人間が真に充実した気持ちになれるのは人との関わりにおいてのみであり、その媒介となるのが自分の売っている商品なのでしょう。

自然とともに暮らす

桜が散ると芽吹きが一気に始まり生命の息吹を感じます。猫の額ほどのハーブガーデンでも小さな花が咲き始め、副交感神経を高めて心を静めます。花を見る余裕がなくなるとそこから怒りが生まれますが、無味乾燥な部屋でも一輪の花を活けるだけでエネルギーを高めるパワースポットになります。花や緑に囲まれて生活する人は7年長生きとか、ナイキの同じ靴が花の香りのする部屋では8割多く売れるといった調査もあり、ネアンデルタール人の化石の傍には添えられた花の化石が見つかっています。植物を配置し、視界の10~15%に緑が入り込むオフィスでは集中力や発想力が向上すると言います。以前よく仕事をしていたカフェも街路樹が美しく見える店で、人は自然の風景に引き寄せられます。場所を選ばない働き方が拡大するなら人はもっと自然とともに暮らすようになるのでしょう。

緑地が都市への評価を変える

昨日は2014年に竣工した大手町タワーに行きました。敷地の3分の1を占める人工の森は、年々朽ちていく建物とは対照的に訪れるたびに成長し本物に近づきます。起伏のある地形に木々の疎密、樹齢の異なる木、多様な種の混交の要素を取り入れ、約200本の木は形の整った園芸用ではなく、関東近郊の山から選ばれた自然の樹木です。自然の偉大さは、時とともに生物多様性が高まることです。施工時の樹木・地被類は100種ほどでしたが、1年半後には300種に増え、国や都のレッドリストに記載される希少種も含まれます。数種の鳥類が定着し、渡り鳥も立ち寄り、皇居から飛来するトンボも見られます。日本中のつまらない公園が、ヒートアイランド現象の緩和や局地的豪雨の際の保水機能を持ち、何より人間に安らぎを与える緑地に変わるなら、都市への評価も変わって行くのでしょう。

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