我良しの風潮への反発

東京地検特捜部が三浦瑠麗氏の夫を逮捕しました。横領金額が多額で、争う姿勢を示していることから実刑は確実と見られます。同情の声があまり聞かれないのは、自分たちに都合よく解釈する過去の行動が報じられるからかもしれません。豪邸暮らしや軽井沢の別荘、シャンパン片手の日常といった暮らしぶりを、臆面もなくアピールする瑠麗氏のSNSが炎上したことも関係がありそうです。地位財による幸福が続かないように、三浦夫妻の再起も難しいのかもしれません。成功者は概して目立つことを好みませんが、有名になりたい、目立ちたいという承認欲求は、スシロー店舗の迷惑動画と根っこは同じに見えます。日本人は他人の成功に嫉妬し、足を引っ張ると言われますが、それは品のない振る舞いへの反発と紙一重だと思います。今だけ、金だけ、自分だけという我良しの風潮への反発であることを願いたいところです。

20分の1の支出で効果は同等

半袖が心地よい那覇に来ました。花粉症による鼻づまりと思考停止、くしゃみによる体力消耗、この美しい季節を憂鬱な気分で過ごすことを考えると、避粉旅行は必然の旅です。2018年と2019年はハノイ、2020年以降は那覇に来ています。昔ならハノイ滞在の方が安かったのでしょうが、デフレ日本の恩恵により東南アジアへ行くメリットを感じません。航空運賃と3週間の滞在コストは11.5万円で、料金には朝食が含まれ、ほとんど食事はしませんから12万ほどで納まります。グルメも観光もせず、屋外で体を動かし、新規事業のリサーチと以前から取り組みたかった原価管理の本を読む予定です。リトリートの語源は転地療養を指す言葉とされますが、日常生活を離れ異なる気候環境で保養する自然療法は、心身を癒すと思います。豪華なスパなら1泊で12万しますが、20分の1の支出で効果は同等以上かもしれません。

空腹と向き合う

この時期妻は雪山に行くため、一人で過ごす週末は感情に踊らされず、自分の空腹と向き合う機会になります。夕食に何を食べるかではなく、夕食を食べるべきか体と相談します。誰かといると食べることが当たり前に思えるのは、人類が常に集団生活をしてきたからかもしれません。空腹でもないのに食べ続ける現代人の食事は、貧しいものだと思います。オートファジーの発見により、最も簡単で最も効果的な健康法が空腹だと知られるようになりました。断食のメリットを理解していても、普段の食事時間になると食べる理由を探し始めます。そしてひとたび何かを口にすると、どこからともなく沸き起こる食欲で、食べることを止められなくなります。常に飢えていたはずの祖先は、わずかな獲物を分けあい慈しむように食べたと思います。一方で食料が無尽蔵にあふれる現代は、乱暴に食べることが豊かさかのように錯覚させられます。

信者もしくは中毒患者

「儲」と言う字を信者と書くように、宗教の経済的側面はビジネスであり、営利企業との境界はないと思います。営利企業への一定数のアレルギーがあるように、とくにオウム真理教以降の新興宗教に対しては強い批判が見られます。ベンチャー型宗教の雄であった幸福の科学の大川隆法氏の死去により、カリスマの残した教えは手を変え品を変え、これからも商品化されていくのでしょう。企業や宗教が、教祖を神格化、形式化する構造は同じで、一部は私利私欲の利権共同体へと堕落していきます。脅しや誇張によりモノを売りつける所も同じで、後者の場合は死生観、終末論、予言、霊言を重視します。「新興宗教など理解できない」という人でさえ、自分が特定企業の信者もしくは中毒患者にされていることは見落とします。企業にせよ宗教にせよ、参考意見に過ぎない主張を真に受けるフォロワーこそが問題なのかもしれません。

貧しさが人生に10年を追加する

The Blue Zones 2nd Editionを読みました。100歳以上のセンテナリアンが集中する健康長寿地域である「ブルーゾーン」を題名として、2010年に出版された本の続編です。書かれることは今やだれもが知ることばかりで、結局は少食、運動、ストレス管理以上でも以下でもなく、あとは枝葉の議論だと思います。これらの地域は孤島かカリフォルニア州ロマリンダのように、鎖国状態の陸の孤島です。隔離された環境が遺伝子特性を増幅し、赤血球の数を増やし、疫病に対する抵抗力、血栓のできにくい体を作っている可能性があります。概ね厳しい立地が食べ物を限定し、貧しさ故に肉食が減り、生涯屋外で働き、地域の共同体のつながりが強化され、日常に祈りや安息の時間があります。貧しい環境こそが、人生にクオリティーの高い10年を追加するライフスタイルを実現していたとは、何とも皮肉なものです。

河童は存在する?

南米最高峰アコンカグアに挑んだFB友達ともう一人の山友達と食事をしたとき意外だったのは、昨年の夏に見た?河童の話を冷静に受け止めてくれたことです。北アプルス最深部の黒部五郎カールで風雨のなかで会った中年女性がいかにも不自然なのです。1時間程人と会わない悪天候なのに、先を急ぐでもなく登山道を横切るように行き来する挙動が不審でした。挨拶をしても返事はなく顔は人ですが河童を連想させ、少し歩いて振り向くともういませんでした。二人の友人もこの場所を通ったことがあり、何かを感じたと言います。少なくない人が山では不思議な経験をしており、近くの山小屋では河童に声をかけられても返事をしないようにと伝えられます。目の前に起こることが受け入れがたい事実であれ、山に入り自然に溶け込むほど見えざるものを敬い、不思議な力を感じ、存在しないはずの生き物を創造するのかもしれません。

遠くまで旅する人体

南米最高峰のアコンカグア(6,960.8m)に挑んだFB友達と食事をしました。単独登頂の荷物の重量と強風に阻まれ、山頂直下で時間切れとなったとのことです。山岳事故は山頂を無理に目指した結果起こりますので賢明な選択でしょう。感銘を受けたのは、空気の薄い7,000m峰に一人で荷物を担ぎ上げた彼も一日一食と言うことです。昨年の夏北アプルスに行った時、前泊地の雲ノ平から強い風雨の影響で予定を変更し、神岡新道を下山した日も、4、5,000kcalのエネルギーを消費しましたが無補給で問題がありませんでした。トレッキングのような有酸素運動は、解糖系エネルギーに頼らないケトン体で賄うことができ、人体はこのハイブリッド構造のエネルギー産生システムにより遠くまで旅をすることが可能だと思います。一方で、体をほとんど動かさない都会人が一日三食も食べるのは、身体に負担を強いるだけかもしれません。

気づかぬうちにむしり取られる

急に暖かくなり花粉症が本格化しました。ラブラドールとの散歩に出た昨日は、あまりのくしゃみに引き返しました。薬で症状を抑えたくないので東京を離れようと思います。普段はお金をかけてまで旅行をしたいと思いませんが、花粉症の影響を避けるこの時期の旅行は健康的で合理的です。確定申告に伴い昨年の支出を可視化して客観化することは、健全な消費の見直しに役立ちます。概して必要が疑われる支出は、食費に紛れ込んだ体に悪い嗜好品、サブスクで支払う痛みを感じにくい経費、人との付き合い上払ったものなどがあり、それらは目先の欲求や思い込み、忖度により生じます。同時に収入に占める租税公課の割合が高く、税負担の重さを感じます。多くの日本人が政治に無関心なのは、気づかぬうちにむしり取られ、その実感が乏しいからと言われるのは事実でしょう。

人生最大のコストは不健康

確定申告で両親の医療費を計算するとかなりの金額になります。生涯これらを払い続け、さらに不健康に伴う逸失利益を加味する必要があります。昔TEDに出たホリエモンが、生涯のうちに家族を持つと65百万、家に60百万、車に42百万、結婚に5.5百万、合計172.5百万を手放すという話をしていました。しかし家を持たないホリエモンはホテル暮らしですからこの計算にさして意味はありません。一方、健康なら医療費に加え、施設のグレードによっては簡単に億を超える介護関連コストを回避できます。人生最大のコストは間違いなく不健康であり、健康ならQOLを高め、何事に対しても生産的になれます。しかも多くの場合健康を得るのにお金はかからず、食べ過ぎを戒めれば食費は浮きますし、屋外での運動など健康的なレジャーの大半はお金がかかりません。社会がこれほど不健康を奨励するのは、そのビジネスの大きさを物語っているのでしょう。

狂気か正気か

週末は、妻が雪洞キャンプをしに北アルプスに行きました。寒い季節にわざわざ雪山に出かけ、必要もないのに雪洞を掘って寝るなど狂気の沙汰ですが、妻いわく静かで良く寝られ最高とのことです。キャンプの魅力に都会的な快適さを加えたグランピングは、市場の裾野を広げました。自然と人工空間双方の長所を盛り込んだ良いとこ取りのグランピングが下火に見えるのは、本質的な魅力が色あせたからだと思います。自然が持つ原初的でピュアな喜びは、快適さとトレードオフの関係にあります。都市の世俗生活や地位財重視の物質至上主義に浸っていると、豊かな自然とのつながりが見えなくなります。現代人が正気を取り戻す唯一の方法は、かつての日本人にとっての信仰の対象であった、生命力に満ちた自然の懐に入り、生かされていることを自覚することかもしれません。

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