自然崇拝の時代の神聖な空間

氷点下とは言え、この時期としては暖かい長野県に来ました。寒さを喜びに変えてくれるのは火の存在です。遠くから漂う焚き火のかすかな匂いにさえ幸せを感じます。火を見るだけの無為がひたすら気持ち良いのは、火を使うことで食べられる食糧が増え、人類が知性を進化させたからかもしれません。古来より火が祭りの中心であったことは、それが最高の高揚をもたらすからでしょう。たき火を囲むと人々のつながりが強まり、揺れる炎に包まれていると、薪の火を眺める休息さえあれば幸せだと思えます。分業により豊かになった現代人が火を起こす方法さえ知らないのは、自分なりの満足の基準を失い受動的に受け入れることに起因するからとも考えたくなります。自分がある種のサウナに入れ込むのも、薪ストーブの燃えるサウナ室が、自然崇拝の時代の神聖な空間に変容するからかもしれません。

Translate »