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健康に通ずる道

類は友を呼ぶのか回りには健康オタクが多く、そのため以前は誰もが健康が好きなのだと思っていました。しかし、実際には世間の多数は健康嫌いで、少なくとも積極的に好きな人は少数派です。健康は窮屈な生活を強います。食べ過ぎはいけないとか運動をしないといけないとか、ネガティブリストとポジティブリストを見るだけで、死んだ方がましと言う人さえいます。一方で健康を気にして検診を受けるほど、医師の介入を受けるほど早死にするという調査結果もあります。健康に良いと称する食べ物や健康法が次々と消費され、以前の常識が書き換えられるいかがわしさは誰のための健康なのか疑問も感じます。科学的なデータは参考になりますが、一番信頼するのは自分の感覚です。自分の身体を注意深く観察すると不調や健康リスクに対して敏感になります。加えて信用するのは生理的な欲求である生体恒常性と伝統的な生活です。世界の長寿郷における伝統的な生活は国や民族、宗教が違っても概ね菜食、生涯の仕事、豊かな人間関係と、現代の都市が失ったサーカディアンリズムに従う生活という点で共通しており、そこに健康に通ずる道があると思います。

食欲は何を満たすのか

昨日は36時間食事を抜きました。トレイルレース中の補給で負担をかけた胃腸を空にして正常な食欲を取り戻すには間欠的断食(Intermittent Fasting)は最適の方法です。共感を得にくい考え方でしょうが、美味しいものを食べるためには、少なくとも一日は食事を抜くことが必要だと思います。食べない時間が続くと食べることにストイックかつ敏感になり、普段以上に深く味わおうとします。食べるから食べたくなるのであって、食べないでいると不思議と食欲は減退して行きやがて本当の食欲が現れます。マインドフルネスで言う食べる瞑想は普段は気づかない味覚の繊細さを発見でき、日常的な過食が味覚を鈍くしていることを戒めます。食べなければ人は死にますが、生活習慣病の大半が食源病であるように食べ過ぎも人を殺します。食べないことで体の内側に静けさが戻り、普段から胃腸がいかに重労働をしているか理解すると、食べることを無批判に賛美できなくなります。食欲とは気のせいであり、お腹が空くから食べるのではなく、食べなくてはいけないと思う空腹感で習慣的に食べていると、食欲が何を満たそうとしているのかが分からなくなります。

ゴールの清々しさ

トレイルレースから3日が過ぎても痛めた腰と下半身の筋肉痛は引きません。ゴールした後に足を引きずる選手もいて満身創痍といった状況で過酷なレースが身体に良いはずがありません。お気軽で安楽なレジャーが幅を利かせる現代にあって、プロでもない多くの選手が自らを困難に追い込む心理は当事者ながら理解し難いところがあります。2時間早くスタートした140kmのトップ選手は、すでに30kmをあとにしたとは思えないスピードで山道を駆け下りて来ます。まだゴールまで110km以上の距離を残しているとは思えない速さで走り抜け、その半分の距離でも断念した自分との違いを見せつけられます。それでもトレイルランニングは高齢化する日本に適したスポーツだと思います。世界最高峰のレースUTMBでマルコ・オルモが優勝したのは還暦間際の59歳で、しかも2年連続優勝という快挙です。全盛期にあった日本のトップランナーの鏑木毅氏に3時間の差をつけたイタリアの英雄がトレイルランニング始めたのは40歳と言います。丸一日以上走り続けるエンデュランス系レースでは、燃費の悪い解糖系エネルギー産生より、脂肪を燃焼してエネルギーに変える方が有利で、更年期を過ぎた中高年の体に適したスポーツと言えます。ゴールシーンがいつも清々しいのは、老若男女を問わずスポーツに挑戦するとき、人が一番輝くからだと思います。

筋肉と同様に脳を鍛える

たまにしか激しい運動をしないためにレース後数日は筋肉痛が残ります。運動にはその強度に耐え得る筋肉を鍛える必要がありますが、なぜか仕事をするときには業務の手順は勉強しても脳を鍛えて能力を最大化する発想がありません。われわれの生活の多くを経済行為が占めているのに、新しい発想で脳を活性化してこなかったことは不思議です。一世風靡したブルーオーシャン戦略は自社のポジショニングやバリューカーブを他社と変えることで競合のいない市場環境を作り出しますが、同じ競合回避でも業界の閉鎖性により競争を避ける思考停止こそが斜陽産業を生み出したと思います。タクシー業界や宿泊業界など法規制などの参入障壁により新種のプレイヤーを排除する業界は少なくありません。1970年代の米国で航空規制緩和によりLCCが飛躍的に増えた時代があり、やがて危険な飛行機が空を飛び始めた苦い経験はあるものの、その経験がなければ今日われわれが低廉な価格で飛行機を利用する時代は来なかったはずです。必要なのは時代環境に適した従来と異なる発想に脳を使い、筋肉と同様に鍛えることだと思います。

怠惰な生活への懺悔

トレイルレースに限らずあらゆる運動やスポーツではトレードオフの克服が鍵だと思います。レースになると競争本能がそうさせるのか前に人がいると取りあえず抜こうとし、そのことがスピードアップにつながります。自分のように順位を気にする必要のない人までが早くゴールに着こうとしますが、エネルギー効率を縦軸にスピードを横軸にとるU字曲線を思い出します。スピードと消費エネルギーは比例しますので、前半にスピードを上げてしまうと後半にエネルギーが切れ、このトレードオフは筋肉とスピードの関係や、装備品の重量と体力消耗の関係にも生じます。自分のように78kmを走る筋肉やスタミナもないのに、ほとんど練習もせず20km程度のスピードハイクでレースに出てしまうと全身の痛みとしてその無謀さを戒めます。昨日出たレースには千数百人が参加し、自らの気力と体力の限界に挑む旅が人を集めるのは、安楽な環境では人は成長できないことと関係があるかもしれません。辛いことや不快なことも含めて自らの感情変化を楽しむ昨今の冒険旅行トレンドに似て、今の時代が持つ何らかの願望が人々を引きつけているはずです。自分の内面と向き合うストイックな旅は日頃の怠惰な生活への懺悔と言えるかもしれません。

自分を変えたい

今日は上州武尊山スカイビュートレイル(78km)に出ました。自分にとっては十分に長い距離ですが多くのFB友達は倍の144kmに出ています。バーチカルレースのようなスキー場の登りとハイスピードで下るゲレンデの衝撃で腰を壊し48km地点でリタイアしました。心残りは昨夜娘からラインで送られてきたベストを尽くすように、という言葉です。誰もベストの状態で臨めるレースはなく辛い条件は同じですからベストを尽くしたと言い切れない気持ちが残ります。走ることが嫌いで不得意な自分がなぜレースに出るのかうまく説明ができません。レースが持つ一種の達成感、高揚感は魅力的ですが、レースが近づくと憂鬱な気分になります。今もゴールでフィニッシャーを迎えるアナウンスが聞こえますが、あのゴールに立ったとき、きっと新しい自分に出会えるのだと思います。写真は前半のハイライト武尊山(2,158m)山頂からの眺めです。

始まるポストバブル消費

団塊世代が後期高齢者になる2025年問題が取りざたされます。単に例年の倍の人口というのみならず、この世代独特の感覚が消費をリードしてきたと思います。1980年代の後半に社会に出た自分にとっての原体験は短いながらも強烈なバブル景気時代です。団塊の世代に至っては1970年代、80年代の狂乱的な経済成長の時代に社会人生活の半分を過ごしていますから、2025年以降は本当の意味でのポストバブル消費が始まると思います。幸せな社会人生活を送り蓄えのあるこの世代のお気に入りは海外旅行です。働き詰めの企業戦士は短期間の海外旅行で一気に散財し、その消費パターンがいまの観光宿泊産業に根付いています。自分の30年のサラリーマン生活を振り返っても夏休みに1週間海外に行き、あとはほとんど休まないという働き方でした。しかし、時間が増えて安い航空券が取れる状況になると海外旅行はなぜか面倒に感じます。現地に数日滞在するために、往復20時間近く飛行機に乗る感覚は、かつてスキーシーズンに夜行バスで何度も週末スキーに行った消費行動を今の若者が理解できないのと同じだと思います。

見えない力に操られる世界

就任後最低の支持率となった文在寅大統領が朝鮮労働党秘密党員だとする仰天ニュースの真贋は分かりませんが、半島統一の最も現実的なシナリオは北朝鮮による統合です。これまでの文大統領の行動は国家転覆をはかろうとする目的なら辻褄が合います。それでも4割前後の国民が大統領を支持する韓国はミステリアスですが、日本から北朝鮮への帰還事業が1980年代半ばまで続いていたことを考えるとあながちありえない現象とも言えません。ポル・ポト政権下大量虐殺された多くのエリートが率先してカンボジアに帰国したように、祖国への愛は冷静な判断を狂わせるものなのでしょう。見方を変えると日本人こそ非常識とも言えます。太平洋戦争の戦場となりながらも国家が分断されることも難民となることもなく、70年以上に渡り平和な社会を享受しているわれわれの尺度は世界に通用しないのかもしれません。自由も民主も認めない国によって世界の半分が支配されていることを現代の日本人は想像することができませんが、今でも世界は見えない力によって操られているのだと思います。

努力脳と快楽脳

トレイルランニングがまだマイナースポーツの頃は「何十キロも山を走って何が楽しいのか」と聞かれました。山を駆け下りる瞬間は理屈抜きに楽しいのですが、共感を得にくい理由は努力脳と快楽脳の違いにあると思います。快楽脳は生存本能に従う原始的な脳です。不快を避けることで生存確率を高めてきたのですが、身体を動かさなくても生きられる現代になると脳のこの性格は問題を起こします。骨は加わる力に抵抗する最適な構造を発達させ、重力負荷のかかる運動をするほど強くなりますが、安楽な生活をしていると衰えます。人体は鍛えることで骨も筋肉も脳も成長を続けますが、生存脳である快楽脳は余計な努力を嫌います。ハイキングの魅力は快楽脳が感じる快ですが、トレイルランニングは努力脳の快で、苦行の先にある自己実現欲求を求める感覚は理解されません。対象が運動であれ、勉強であれ、仕事であれ、努力すべき対象を辛いものではなく楽しいことに書き換える脳の反応選択が起こるから、何十キロどころか数百キロを自分の足で移動するレースが人々を引きつけるのだと思います。

運動で取り戻す健全さと高揚感

週末にトレイルレースがあり、今更鍛える時間もなく付け焼き刃ですがせめて身体をなじませるためにラブラドールと八ヶ岳の編笠山(2,524m)、西岳(2,398m)に登りました。この一年の怠惰な生活が祟り身体にはキレがなく唯一の武器だった下りのスピードもありません。腰痛も完治とは遠く、追い打ちをかけるように昨日は登り始めてすぐにトレイル横の赤松の根本に巣のあったスズメバチに刺されました。長距離のレースはいつもトラブル続きでベストの状態で臨むことなどありませんので、これも練習のうちです。唯一の救いはこの1週間でお腹の脂肪がだいぶ消えたことです。レースがあると食事を見直し運動を始めるので、体調は相乗効果で良くなり運動に前向きになる高揚感が現れます。逆も真なりで楽な生活に流されていると食事もいい加減、運動も面倒になり加速度的に体調が悪化し、頭の回転も意欲も低下します。運動が学力を向上させることに関するエビデンスはありますが、働くことに関しても同様の効果が期待できるはずです。全身運動で筋肉と脳の血流が上がることで頭が回り仕事に意欲的に取り組む健全さが戻って来ると思います。

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