年齢を半分にして生きる

昨日は誕生日でしたが、年を気にせざるを得ないこの日を祝う気になれず複雑な思いです。誕生日は自分がこの世に生を受けたことに感謝し、何のために生かされているのかを振り返る日だと思います。自分の使命を発見すると人生は一変すると言われます。誕生日を迎えたからと言って急に居住まいを正すこともありませんが、惰性的に過ごしてきたこの一年を反省します。多くの人がその潜在能力を封印したままこの世を去るのは、最晩年に後悔するように自分らしく生きないことが原因です。その理由は古いタイプの社会通念に従い、人生の本質とは関わらない消費に目を奪われ、あるいは執着を具現化するSNSなどの情報に振り回されるからだと思います。最初の人類は死を避け生きることに必死だったはずです。今の時代は命を奪いかねないものを避ける必要がなくなりましたが、皮肉にも生きることを意識する必要さえなくなり、尽きない欲望を満たすために金で買える刺激を求めます。そうした安楽な人生の時間認識は現在志向になり、人生のビジョンや生きる気力、やがて自らの生命力まで奪っていきます。年を嘆くと娘は「第二の人生まだ7歳じゃない」と言いますが、人生100年時代は年齢を半分にして生きるのがふさわしいのでしょう。

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