
都心ではまだ暑い季節が続きますが、山では季節を先取りしてすでに秋の風情です。風が抜ける早朝の編笠山の山頂などは早くも冬と呼びたくなる気温です。他方で東京をはじめとした都市部の気温の高さは、人間の生存にとって危険なレベルだと思います。小学校の頃の夏、学校のプールに入れる日は確か気温が27℃以上だったと記憶しているのですが、当時はその気温に達しない日が結構ありました。その記憶が正しいなら、今の東京は5℃以上は気温が上がっており、この不自然な気温上昇の原因を地球温暖化説とすることには無理があると思います。子供の頃は自宅のまわりにはまだ未舗装路がありましたしクーラーも珍しかった時代です。都市化によるヒートアイランド現象や経済活動の活発化、クーラーの普及など生活の贅沢化、をはじめとした人為的な要因以外でこれほどの急激な気温上昇は説明できない気がします。
脳腸相関

これまでは無暗にスーパーに行くことを避けていました。買わなくて良い不健康なものまで買ってしまうからですが、一人健康週間に入り、栄養摂取の観点から料理を意識し始めると脳の思考回路まで変わるようです。不思議なもので食事を変えると、脳がポジティブリスト方式に変わる結果、スーパーのお菓子や総菜などの不健康な棚を素通りして生鮮食品しか買わなくなります。脳と腸は互いに影響を与える脳腸相関の関係にあり、健康的なものを食べた消化菅から発生した信号が、脳の思考を左右します。不健康な食生活をすれば脳の思考も不健康な誘惑に惑わされ、健康なものを食べれば脳の信号も正常化するという仮説は、現代医学の常識とも矛盾しません。脳を正常にしつけるには、まずは健康な食生活に切り替えることが先決のような気がします。
栄養満点の一食

何を食べるべきか理解している人は少ないと思います。多くの人はいつもの商品か食べたいもの、安いものを買う傾向があるのでしょう。一日一食生活の利点の一つは食べるべきものを体が教えてくれることです。いくら体に良くても、それを本当に体が欲している保証はどこにもなく、それらが体内で吸収される保証もありません。皮肉というべきか、必然というべきか、欲に任せて過食する現代人で、何を食べるべきか理解できる人は少ないはずです。一日一食生活の問題は栄養素を十分に摂取できないことで、さらに運動をすれば失われた栄養素の問題は深刻です。しかしそれが幸いして、夜中に足がつるなどの方法で体は警告を発します。運動後はタンパク質をはじめ、カリウム、マグネシウム、カルシウム、ビタミンB群などを含む食品を加えますので、運動後の栄養満点の一食の方が、今の私にとっては豊かに思えます。
ロールモデルでありライバル

今朝は富士見高原登山口でオランダ人男性と会いました。肌寒いのでこちらは上下長袖ですが、半袖短パンのトレランスタイルです。奈良と八ヶ岳に半年づつ暮らし、八ヶ岳の家から自前のトレイルを通り登れる阿弥陀岳には、来日22年で数百回登ったという羨ましい境遇です。来年70歳と言いますが鍛えられた体と表情は若々しく、運動こそがアンチエイジングの特効薬だと感じます。林道に入ると軽快な足取りで走り去り視界から消えます。しかし、登りが始まり体が温まると徐々にこちらもペースを上げ、中腹で追いつきます。年上のパワフルなアスリートこそ最良のロールモデルであり、ライバルと言えそうです。リタイアの予定はありませんが、少なくとも運動に関してはいつまでも現役でいたいものです。高齢者の衰弱の最大の原因は、筋肉量と筋力が低下するサルコペニアであり、運動は最も有効な特効薬と言えるでしょう。
文化住宅的価値観

昨日は南会津の古民家改修現場に行きました。古民家は代替わりのたびに増改築を繰り返しますが、近年のそれは明らかな劣化です。おそらく最後にこの家を改修した人は戦中世代であり、何よりも生理的な快適さを追求することが豊かさを実現するための至上命題だったのでしょう。昭和に作られた、当時はゴージャスに見えたかもしれない天井や、木目がプリントされた薄い板が外されると、この家をユニークな存在たらしめている、明治時代の大工さんが手彫りで彫った梁や柱が現れます。結局のところ、文化住宅的価値観とは、作っては壊す劣化した文明であり、新建材を持ち込んだ瞬間にアンティークな温かみをもった家はガラクタになります。後から作られた偽りの進化を産業廃棄物として処分することには何の躊躇もなく、この家をなるべく明治30年代と思われる当時の姿に近づけたいものです。
牙を剝き始めたAI

AIが息子の自殺をほう助したとして、OpenAIとサム・アルトマンを16歳の息子を失った両親が訴えたと伝えられます。こうした訴訟は米国では数多く起こされているそうです。このような事件が時間の問題だと思ったのは、生成AIとチャットをしていると、なぜこれほど自分のことを、理解してくれるのだ!と感じるからです。大人になってからインターネットの仮想空間に触れた自分でさえそう思うなら、生まれたときから仮想空間に親しむ子供が、仮想世界と現実社会の区別がつかなくても不思議ではありません。AIはランダムに言葉を選んで統計的に生成しているだけなのに、周囲の人間関係を遠ざけAIだけを信頼する人が増えるのは当然の帰結でしょう。今回の事件では、自殺が人生の脱出口であるとAIが教え、遺書の書き方まで指導していたとされますが、彼らにとっては仮想空間は現実世界そのものであることを認識すべきでしょう。
山そのものが目的ではない

人を山に向かわせる動機は様々です。妻との共通の趣味は山歩きですが、一緒に行く機会はまれで、別行動することが大半です。先週も妻は甲斐駒ヶ岳や赤岳といったメジャーな山に登り、同じ場所にいても、私は早朝だけ近くの山に登りあとは仕事をしていました。私は毎日飽きずに同じ山に登りますが、妻は基本的に違う山に登ります。彼女は人と登るのが好きですが、私は自分一人で登るのが好きです。単独で山を歩きたいのは、人を気にせず自分のペースで歩き、自分の内面と向き合いたいからです。これはわがままではなく、これから山の気温が低下する季節になると、グループでの登山は遅い人にペースをあわせる結果、弱い強度の運動では体が発熱をしない人は体力を奪われ危険だからでもあります。私の目的は山での運動であって、山そのものが目的ではないことが最大の違いでしょう。
人類の再覚醒

夏休みの自由研究であるファットアダプテーション(脂質代謝適応)の探求は続きます。先日読んだBORN TO RUN 2に続き、第一作「走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の走る民族」を読み直しました。長野県にいる間は一日一食からなるべく糖質を減らし、八ヶ岳で3時間ほどのトレッキングをします。会話ができる程度の運動強度がファット・シフトを促し、同時にミトコンドリア活性を高めます。その結果、夏以前よりお腹の脂肪は減り、サウナに入っても自己嫌悪に陥らないで済む体形を取り戻しつつあります。活力も増したように感じられ、脂肪を燃料にするファット・シフトこそが最も安上がりに、最も効果的に体と心を健康にするソリューションだという確信を深めました。血糖値が安定することで、スーパーに行っても、寿命を縮める食品の棚を素通りできるようになりました。もしかしたら人類の再覚醒のときは近いのかもしれません。
外食はねぎらい

妻の数日遅れの誕生祝いに外食をしました。一日一食生活が定着した今では、外食は割に合わない娯楽になりました。都心の一等地の割に値段は妥当で、料理も普通に美味しく、ちょっとした非日常感もあり、悪くない店です。おそらく外食店の多くはこのカテゴリーに分類されると思います。他方でその料理は自分の体に本当に必要な栄養素を補給してくれるものではなく、おそらくその美味しさも神経伝達物質の分泌量などを客観的に分析すれば、自分で作る蒸し料理と大差なく、雰囲気にしても、長野県でデッキにテーブルを出し、バリでもらってきたテーブルクロスを敷き、ろうそくの火を頼りに夕暮れの森で食事をする方が癒されます。店から現実世界を通って家路につくより、自分の家で食後の余韻を楽しんだ方がはるかにリラックスできます。結局のところ、外食は普段を食事を作ってくれる妻へのねぎらい以上の意味はないのかもしれません。
ネット飢餓

長野県にいるときはWi-Fi環境から離れます。もしWi-Fiがつながるなら、せっかく自然の懐にいても、鳥の声や林を抜ける風の音に注意を払うことなく、YouTubeを見てしまうことが必至だからです。接続が必要なときは、車で10分ほどの町立図書館に行きますが、オンライン会議などは茅野のスターバックスの屋外席を使います。昨日もまとまった作業をしたくて、スターバックスに行きました。AIとのチャットで調べものをしていると、すぐに2時間ぐらいは経過しますが、昨日は異様に集中して、朝7時の開店とともに入店し、気が付けば13時をまわっていました。ショートドリップ一杯で6時間も粘るなど倫理的にあってはならないことですが、幸い店は空いており、珍しく集中が途切れずトイレにも立ちませんでした。店を出たときはさすがに頭痛がしましたが、デジタルデトックスの本当の効果は、人をネット飢餓状態にして、生産性を高めることかもしれません。