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様々な移動の楽しみ方


香川県の塚原から風呂への往復には東九フェリーを使いました。先週も徳島からの帰路、10年ぶりに乗りましたが、これほど優雅な交通機関もないと思います。豪華客船に乗らなくても船旅は贅沢な時間で、レストランもない物流主体のフェリーでも同じです。出航を待つ有明の東京港フェリーターミナルの、トレーラーが行き交う夕暮れの風景も非日常なら、乗船するなり展望浴室に行き、離岸風景と東京湾の夜景を眺めることも普段できない経験です。水平線から昇る日の出を眺めながら窓側席でコーヒーも飲むことも船旅ならではの楽しみで、徳島までの18時間は退屈することがなく、まとまった仕事を持参すればなおさらでしょう。妥当な料金も含めて西日本に車で行くなら、多少遠回りでもこのルートで旅の風情を味わいたいと思わせます。飛行機や列車との違いは、船内が広いことから様々な移動の楽しみ方があることだと思います。

奇跡のから風呂


塚原から風呂に3日通いましたが、体が急に変わるはずもなく、そこまでの期待もしていません。しかし居合わせた人に石風呂の効果を聞くと、異口同音に語るのは汗がさっぱりして体が冷えないことで、炭と塩の効果により汗の出る場所が違うと言う人もいます。炭に関しては、山口県の岸見や阿弥陀寺では熾火となった炭を囲炉裏に移しますが、塚原では火のついた熾火の上から濡らした筵を敷きさらに塩水をまき、入り口を塞ぎ1時間蒸らします。体への影響を聞くと概ね半数が具体的な治癒効果を教えてくれ、最終日に会った70代半ばとおぼしき女性は10年ほど週2回通ううちに、以前は35℃だった体温が36.5℃に上昇し、毎年肺炎など大病をしていたのに今は至って健康だそうです。石風呂が作られた経緯が治療目的ですから驚くべきことではありませんが、現代医学では説明が難しい人知を超えた奇跡が起きていることは確かのようです。

集落が支えるビジネス


四国に来た目的は塚原から風呂に通うことですが、もう一つは祖谷の古民家宿泊施設を見ることです。いわゆるアルベルゴ・ディフーゾ型の一棟貸で、その歴史は東洋文化研究者アレックス・カー氏が、日本全国をヒッチハイクでまわるなかで祖谷を訪れ、茅葺古民家を1973年に購入したことに始まります。ここ落合集落は高低差390メートルに及ぶ集落で、江戸時代中期から後期に建造された古い民家が崖に張り付くように点在し、集落全体が重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。日本三大秘境の一つとされる徳島県祖谷地方ですが、珍しい降雪もあって外部世界から遮断された深山幽谷の桃源郷に見えます。清掃に来ていた80歳前後の女性は、忙しい月は月の半分ほど清掃に来ると話していて、集落に一定の経済効果をもたらしているようです。投資目的の外部資本ではなく、集落が支えるビジネスが持続可能の秘訣かもしれません。

石風呂とサウナは別もの


一昨日に続き塚原のから風呂に行きました。夜はドライサウナに入り比較をすると、通常のサウナは90℃でも肌への刺激を感じるのに対し、石風呂は焚きたての170℃でも(肌は露出できません)どこかやわらかい感触です。石風呂は古代サウナと呼ばれますが、サウナとは別もので、原初的な蒸気浴の形態をとどめること以外、共通点は少ないと思います。まず火があるかないか、つまりサウナストーンを燃やすか石室ごと燃やすかの違いで、そのため石室は4、50年に一度作り直す必要があります。石風呂の多くの記録が治療目的であることを示すことも違いでしょう。入浴後サウナは水風呂に入りますが、石風呂は囲炉裏端で保温します。サウナでは刺激を求めて上段を目指しますが、石風呂では肌を隠してなるべく動かず体を低く保ちます。石風呂はホットヨガのように大量に汗をかくのに、さっぱりしているのも違います。

サウナーの聖地


昨日は日本で唯一石風呂を営業している香川県さぬき市の塚原から風呂に入りました。熱い熱いと脅かされていましたが、先日山口県で頭上計測170℃の石風呂に入っているので、耐え難いというほどではなくむしろ快適です。一見客が過半数のようですが、30年間、週2日通っているというレジェンドもいて、その訓えには従わざるを得ません。従来縁遠かった香川県ですが、フェリーという魔法の手段を使うと手軽で身近な目的地に思えます。ここではすべてが宝物で、石風呂マニア垂涎の貴重な資料が煤をかぶって無造作に置かれます。今やサウナーの聖地となった塚原から風呂でも、年間200万円の委託費が議会で問題になり存続の危機に立たされています。包み込まれるような石風呂特有の暖かさは、直接的な刺激のサウナとは別モノで、山口県の岸見や阿弥陀寺の石風呂同様に大量の汗をかきますが、スッキリしていてシャワーの必要性を感じません。

原始以来の生存本能


昨日は自分と母の確定申告書を提出しました。すべての仕事と同じで、気が重くて着手できなくても始めるとあっけなく終わります。昔は税金を払うのになぜ納税者に作業をさせるのかと思いましたが、申告額を自分で決められるのは素晴らしい制度です。キャッシュは事実ですが、利益は意見であり、最も柔軟に運用される役所は税務署かもしれません。確定申告や来月迎える会社の決算が有益なのは、一年間に使ったお金を把握できることです。定期的にお金が入ってくるサラリーマン時代は、資産形成を考えずに浪費しがちで、給料の割に貯蓄のない人も少なくありません。他方で大半の日本人が多額の預金を残して世を去るのは、稼ぎのないときに人は消費を減らすからで、これは原始以来の人間の生存本能だと思います。消費の虚しさを理解した第二の人生は、適度に稼いでそれなりに使うのが良いのでしょう。

異世界への入り口


感動の正体とは実際に遭遇する体験と期待のギャップの大きさだと思います。その点で先日行った鹿沼市の岩戸神社は、最近最も感動した神社です。低山の登山口を探すなかで見つけた神社ですが、鳥居をくぐり拝殿の背後にそびえたつ大神宮岩戸と呼ばれる岩窟を見上げた時は、凄いという言葉しか出ません。年末に行った三重県の花の窟神社(はなのいわや)も巨大な磐座を御神体としますが、より荒々しく自然と一体となる古代祭祀の空気を追体験できます。早朝の参拝は強いエネルギーを感じ、精神が浄化され、直感力が研ぎ澄まされるような気がします。天和元年(1681年)の同じ日に、この里の二人の夢枕に神が現れ「岩戸に宮社を建立すべし」と告げたことが神社の始まりとされます。原初的な神社は聖なる自然と俗世界の結界であり、巨大な磐座の前に立つと人は畏怖するしかなく、異世界への入り口のように見えます。

冬はオフシーズンではない


週末は古民家のある南会津町と桧枝岐村に行きました。明治以来140年ほど風雪に耐えてきた古民家ですが、積もった雪の重みで屋根が湾曲して見えるのは目の錯覚ではなさそうです。一晩に1メートル積る日もあり、今週以降寒波が再び日本列島を覆うことも気になります。雪に閉ざされる生活は春の訪れが待ち遠しいのですが、他方で最も美しい季節は厳冬期だと思います。日本海に近い急峻な山岳地帯に貫かれる日本の地形は良質な雪を降らせ、海外のバックカントリースキーヤーから注目されます。加えて雪国の暮らしこそ、日本らしいエキゾティックな風景だと思います。それはインバウンドに限らず、普段都会に暮らす人々にとっても、日本の生活から失われたかつてのヴァナキュラーな魅力を伝えるはずです。観光は土地の文化、景観、風土の魅力を伝えるメディアであり、冬はオフシーズンではないと感じます。

日常に近い場所で感じる幸せ


パンとケーキを製造販売する茨城県の人気ローカルチェーン、粉とクリームに行きました。一部の識者がタバコ並みに有害と指摘する小麦粉ですが、糖質制限以降パンはなるべく避けるようにしてきました。それでも麻薬的な誘惑を絶てるはずもなく、業務スーパーの食パンをたまに買います。石窯夢工房小山Petit Village店に着いたのは開店時刻の7時半ですが、すでに買い物客が店から出てきます。総菜パンや菓子パンの種類が豊富で、大きく値段が手ごろなために大量買いをして、見ていると客単価は数千円になります。コーヒーが無料で飲めるイートインコーナーが併設され、焼き立てをその場で食べる人も少なくありません。パンの美味しさに、中世の南仏をテーマにした店舗が加わり、ダイレクトに感じる幸せを日常に近い場所で提供します。際立つのは接客の良さで、スタッフのモチベーションこそが企業の実力を示すと感じます。

かつての風呂の方が先進的


石風呂を調べ始めて、風呂(フロ)の原型が室(ムロ)であることを知りました。民俗学の父柳田國男は、「風呂の起源」という文献の中で、フロは多分室(ムロ)と同じ語で、岩屋(窖)のことであった、と述べています。現代人にとっての風呂は湯浴をイメージしますが、本来の風呂は蒸気、熱気浴を意味し、湯浴は湯として区別をしてきました。蒸気浴と湯浴を折衷した銭湯が町場で発達する江戸時代以降、両者は同義語化しますが、現代の風呂が必ずしも進化系とは思えないのは、発汗作用においては蒸気浴の方が有利だからです。軟質で掘削の容易な凝灰岩地帯の大分県では、山肌に直接穴をあける岩窟式石風呂が多く、いかにも原始的に見えますが、入浴後の発汗などを考えると、室を原型とするかつての風呂の方がむしろ先進的に思えます。われわれは手間がかかるという理由だけで貴重な知恵を封印してきたような気がします。

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