
昨日は自宅から車で1時間ほどの、青梅市にある渓流沿いの古民家を見に行きました。神社の参道に面し、庭の前を美しい清流が流れ、敷地内には天然水が流れ込みます。JR青梅線の駅からも一応徒歩圏と魅力的な立地ですが、昭和の風情が残る家屋は朽ち果てた状態で、大規模な改修か建て替えが必要です。値段もそれなりで買うことはないでしょうが、古民家サウナを営業するには適した立地に思えます。米国では古い不動産を購入して、改修により物件価値を高めて短期の転売を行うフリップ(flip)投資が盛んです。一方、新築物件が次々建てられる日本でそうした事例が少ないのは、粗製乱造された残す価値のない家が多いからと感じます。築年数の古さに関心が集まる古民家ですが、幼少期の記憶によるものなのか、うら寂れた昭和の民家に郷愁を呼び覚まされます。
久しぶりに盛り上がりを見せる選挙当日を迎えました。「まつりごと」と「政治」はどちらも人々を引き付ける魔力を持ちますが、大きな違いは前者が地域の結束を高める役割を果たす反面、後者は往々にして社会を分断します。今回の選挙が歴史に残るとすれば、東京都知事選挙でその威力を見せつけたSNSにより、有権者の投票行動が短期間に変化することです。今まであまり話題に上がらなかった最高裁判事の国民審査においてさえ、落選運動が盛んなことも印象的です。これまでは政治家や裁判官の素顔を知ることなく、耳に心地よい言葉とイメージだけで投票していた人たちが、都市部を中心に、国や地域を良くするために働く人をシビアに吟味するようになったと思います。機能不全に陥った政治家を正すには、有権者が自ら調べ、投票行動に責任を持つ以外にはないのでしょう。
自公過半数割れが現実味を帯びるなか首相の三日天下も噂され、何が起きてもサプライズのないスリリングな衆議院選挙が最終盤を迎えます。ここにきて自民党の裏公認疑惑が発覚するなど、自党の存続しか考えない選挙互助会としてのひずみが露呈しました。一連の混乱を生んだ今の自民党に存続してもらっては困りますが、他方で、世界情勢が深刻な局面を迎えるなか、政権担当能力のない野党に任せることがどれほど危険かを国民は学習済みです。重要な政策が全く争点にならない今回ほど選択肢のない選挙は初めてで、候補者の過去の言動を調べました。世界は実行力のある安定政権を望みますが、選挙後のノーサイドはありえず、怨嗟のうずまく党内争いに発展することは必至です。場当たり的な言動を繰り返す石破さんの功績は、自民党の腐敗体質を分かりやすく体現したことのような気がします。
ありえないロケーションに思えた近所のスーパーバリューが、ロピアとアキダイを運営に加えてから、近隣の業界地図が変わりました。集客が不可能と思われた甲州街道と京王線に遮断された不毛地帯に、以前が信じられない人混みです。昨年ロピアに買収されたアキダイは、野菜が高い昨今、魅力的な価格で人を引き付け、ロピアもまとめ買いに思い切った値付けをし、むしろ他のスーパーがプライシングに無頓着なのが不思議です。カリスマパティシエのヨロイヅカブランドを買収したロピアは、パンやデニッシュにも相乗効果が生まれそうです。ロピアは現金しか使えませんが、わざわざ行く店であれば問題にはならないのでしょう。中国人の間では、日本は手を上げてタクシーを止め、現金でお金を払う20世紀に戻れる国と言われるそうですが、ロピアに行くとスーパーが魅力的だった時代のノスタルジーを感じます。
最近ビジネス上のトラブルにあうことが続き、一件は担当者の社会通念上ありえない対応が原因で深刻です。もう一件も損害額は知れているものの、担当者のずさんな仕事が招いたものです。共通するのは無責任な仕事ぶりで、日本企業という良くも悪くも統制の取れた、世界最高品質を生み出す仕組みが危機に直面していることを感じます。われわれが複業時代にうかれ過ぎた結果、簡単に仕事を変えられるために職場の恥はかき捨てになり、自分の仕事に責任も誇りもなく、仕事を金としか見ない人間性の破壊が、確実に進んでいると思います。小泉・竹中改革以降礼賛されてきた雇用の流動化や移民は、メイドイン・ジャパンという品質の根幹を破壊したのかもしれません。トヨタに代表される伝統的ないわゆる日本的経営への回帰こそが、日本経済復活の道だと思います。
市場原理を無視した過激なEVシフト一択という、大胆かつ拙速な欧州の主張が実現することはなさそうな気配です。以前電気自動車に乗っていた時期があり、気象条件などにより走行距離が読めない不便さから遠出ができず、一定地域内の通勤や配達ぐらいにしか使えないと感じました。素人でも分かる未来予測を誤るのは愚かだからではなく、政治的な意図があるからでしょう。EV周辺産業に投資をした人々によって、政治が歪められるなどありそうな話です。北朝鮮のウクライナ戦争への大規模派兵など、世界情勢の流動化により政治の重要性が高まるなか、日米では政治の季節を迎えます。もはやブレないことを見つけるのが難しく、発足当初から危険水域の石破首相は、表舞台に立ったことを後悔していると思います。評論家としては一流だった彼ができることは、戦後最短で退陣することぐらいかもしれません。
ペンシルベニア州のマクドナルド店舗で、トランプ前大統領がフライドポテトを提供するなど従業員体験をしたと報じられました。ハリス氏がマクドナルドで働いたと盛んに強調していることに対抗したもので、「ハリスより15分多く働いた」と主張し、渦中のマクドナルドも過去にハリスが働いた記録はないと公表しました。店舗の屋根には狙撃兵が配置される物々しさですが、こうした話題作りは、かつてリアリティ番組でホストを務めたトランプの得意とするところでしょう。米国民の8人に1人がマクドナルドで働いた経験があると言われ、かつてマクドナルドで働いたジェフ・ベゾスは、ファストフード・チェーンの自動サービスに魅了され、それがアマゾンの巨大ビジネスの出発点とも言えます。ウォーレン・バフェットの朝食は毎日マクドナルドとされ、米国に最も影響を与えた企業はマクドナルドかもしれません。
週末の朝はラブラドールと1kmほど離れた公園に行き、ボール遊びをします。麻薬探知犬としての訓練を受けていた頃、ボールで遊んでもらっていたようで、ボールへの異様な関心を示します。公園に向かうときの歩く速さも普段の倍ほどで、目的地に近づくと走り出します。概してラブラドールは遊ぶことが大好きで、食事以上かもしれません。人間の7倍の速度で年を取ってしまう犬たちにとって、一日の大半の時間をただドッグベッドの上で過ごすなど、それだけで虐待のような気もしてきます。これだけ表情豊かな動物たちが感情を持っていることは確実で、肉食をなるべく避けたい理由もそこにあります。狭い牛舎、豚舎、鶏舎で、すし詰め状態で飼われる動物たちが、ただ殺されるためだけに育てられるなど考えたくもありません。
実家暮らしの独身男性が経済的な自立により働かない「こどおじFIRE」が注目されます。実家暮らしや田舎暮らしにより生活コストを下げると、FIREは手の届くささやかな夢です。一方でFIREが必ずしも幸せに見えないのは、働いていた時ほどには自由時間が楽しめないからかもしれません。何をするにも気力が必要で、仕事の緊張感が途切れると、遊ぶ気力まで失われてしまう気がします。終身雇用で洗脳されてきた自分の世代にとって、会社という群れを離れることは死をイメージさせました。バブル期、就職氷河期、そして現在の複業時代と、社会に出た時代背景によって労働観は変わります。神から与えられた罰であり苦役としての労働の時代から、近代に入ると工場労働による人間疎外が起き、現代の労働観は多様で個別的です。しかし仕事や奉仕をしなくなると、社会に必要とされていない疎外感を受け、働かないことに耐えられる人は少数だと感じます。
20年以上大学などの非常勤講師をするなかで、公立大学で授業をするのは初めてです。学生の雰囲気は真面目で、授業中に私語をすることもなく、講義後に出してもらうリアクションペーパーを見ても、きちんとした字で、全員が授業内容を理解していることがうかがえます。以前は高等教育の現状を悲観していましたが、まだまだ日本は捨てたものではないと逆に希望を感じました。ベストセラーとなった「再興 THE KAISHA」のなかでウリケ・シェーデ氏は、「ルーズな文化」「タイトな文化」という観点から日本企業の行動様式を分析し、普段は窮屈だけど災害時には統制がとれ、暴動が起きない日本の強みを説きます。つまり、安定した社会環境とバランスを取りながら、着実に変革を進めるところに独自性があり、老舗企業が多い日本の強みを見失ってはならないのでしょう。