自分を確かめる術

株価の暴落がFIRE(経済的自立と早期リタイア)を謳歌していた人々を直撃しているようです。すぐに路頭に迷うことがなかったとしても心穏やかではいられません。妄想をゲーム化した金融資本主義に人々は熱狂しましたが、汲めども尽きぬ欲望と同じで、人間らしい営みからは乖離していくばかりに見えます。社会が作り出した思い込みが、いかに脆弱ではかないものかを知る教訓にすることはなく、喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人の世の常なのでしょう。われわれは共同幻想が実在することを証明するために、生涯モノやサービスを買い続けますが、ラットレースを加速させるだけで心の平和が訪れることはありません。不要不急の商品にばかり興味を持つ心の弱さを克服し、本当の自分を確かめる術とされる利他の境地に達することは難しそうです。

社会起業家か僧侶か

小野裕史氏の著書「マラソン中毒者(ジャンキー)」を読みました。東大の大学院からスタートアップ企業のCEO、ベンチャー投資家に転じオーストラリアに移住するという世俗的な成功を手にしながら、2022年10月にインドで突然出家したことはIT業界に衝撃を与えました。マラソンにはまり20kg減量し、北極と南極マラソン、チーム戦で優勝したアタカマ砂漠マラソンに出るなど公私ともに充実しているように見えた人生は、一時は自死を考えるほどの苦悩を抱えていたことは意外です。誰かの幸せのためという純粋な思いでビジネスを始めたはずが、常に売上や時価総額を追いかけ永遠の拡大を求め、効率を追求し、いつも比較にさいなまれ、心を失ったと言います。佐々井秀嶺上人とのインドでの出会いによって、お金を持たなくても社会を変えることができることを目の当たりにし、名声も金も地位も捨て恩返しのために喜捨した選択から目が離せません。

群馬の玉川温泉

草津温泉といえば湯畑に代表される硫黄泉というイメージですが、泉質は8つ程度あるらしく、昨日行った宿はph1.46の強酸性で皮膚に傷があると痛くて入れないのは秋田県の玉川温泉ゆずりです。最近の関心はもっぱらサウナに向かっていますが、他方で明らかな効能を体感できる温泉がいくつか存在することも確かで、そのひとつは草津温泉です。もともとは飲食提供をしていた宿泊施設が食事の提供ができなくなり、安い湯治宿となっているところも見受けられます。良い温泉を引く宿が4、5,000円で泊れるのは利用者にはメリットがありますが、追加投資ができるほどの収益性は期待できず、せっかくの泉質を持ちながら朽ち果てていく姿を見るのは忍びないものがあります。その類まれな泉質と自然湧出泉として湯量日本一の、源泉かけ流しの名湯を持ちながら、単なる湯もみショーで終わり、温泉療法の優れた効能をアピールできていない気がします。

一見客お断りの共同浴場

昨日は草津温泉に来て、チェックインには早かったので、観光客が使える3つある共同浴場の一つ、白旗の湯に入りました。白旗は源氏の旗で、源頼朝が荒れた源泉を1193年に改修したことにちなみます。観光客があふれる湯畑の目の前に立地し、風情があり無料なのにいつも意外なほど空いています。夏場のためか湯温が高く、二つの浴槽は体感45℃で、もう一方は47℃と一般的ではありません。甲子高原にいる頃によく入った那須湯本温泉の鹿の湯の高温浴槽は、46℃と48℃で後者はたまにしか入れないのでおそらく47℃が入浴できる上限温度だと思います。明治政府に召喚され草津温泉の優れた泉質と環境を賞賛したドイツ人医師のベルツ博士は、「草津温泉は高温で入ると効果がある」と述べていたそうです。高温浴は体を一気に温め一種の至福感をもたらしますが、湯量を増やして温度を上げ、一見客が入れないようにしている気もします。

自然の恵みがもたらす奇跡

昨日は北高尾の小下沢で沢登りをしました。酷暑の今は東京近郊の山は暑すぎて登山に適しませんが、高速を使えば自宅からわずか60分で沢に浸かることができ、透明で清らかな水が流れる美しい沢は、自然の恵みがもたらす奇跡です。直射日光の当たらない谷筋は、自然のクーラーで冷やされる清涼な別世界で、水流が作った天然の登山道を登っていきます。沢登りと言えば水難や滑落事故が心配ですが、ここではファミリーでも穏やかな沢歩きが楽しめます。これが旅館のある阿武隈源流や南会津の湯ノ岐川だと、この季節でも長時間浸かっていることが難しいほどの冷たい水温のため、沢登りは蒸し暑い季節の東京近郊で行ってこそ最高のアクティビティです。風光明媚な避暑地に行かずとも、身近な自然のなかに、風情あふれる涼を感じることはできるのでしょう。

古民家を次の時代につなぐ

昨日は白河の古民家改修の現場に行きました。自宅の近所では古い家が数日で更地になり、気が付くと新築されているのに対し、古いモノを活用するリノベーション工事には時間も手間暇もお金もかかります。日本で伝統的に建てられてきた木造住宅は、直しながら使えば理論上永遠に住めますが、スクラップアンドビルドの対象になるのは、日本人の新しもの好きだけが原因ではないのでしょう。その結果日本の風景は、一貫性がなく無機的な猥雑さを感じる貧しいものになりました。メーカーの論理優先で次々と建てられ次々と壊すために、家への愛着は薄れ、代々使われてきた古民家にもその波は襲ってきます。人口が減る地方に行くほど古民家は大きくなりその活用を困難にしています。インバウンドが存在感を示すこの数年のうちに収益化し、日本らしい風景の古民家を次の時代につなぐことが必要だと感じます。

急がば回れ

この1か月ほど腰痛がひどく、その原因はおそらく関節運動学的アプローチ(AKA)の施術です。仙骨、仙腸関節を動かすことで関節機能の障害を治す手技療法ですが、むしろ症状が悪化し、日常生活にも支障をきたすようになりました。それでもAKAを否定する気になれないのは、施術後に足の付け根の可動域が広がることを実感するからです。この数年、様々な医者や治療家を巡りましたが、悪いのは、85%が原因を特定できない非特異的腰痛の治療を、他者に依存したことです。一方でドクターショッピングが必ずしも無駄とも言えないのは、医者を信頼する受け身の考えを改め、主体的に治療に取り組むには、医療機関への絶望も必要だからです。一生治らないと言い切る医者もいましたが、今の目標はトレランレースに復帰できる体を取り戻すことです。急がば回れで基本に返り、多くの時間を過ごすバランスボール上での腹筋などを始めました。

関心が冷めるオリンピック

7月31日に強行されたパリ五輪の男女トライアスロン競技の水泳会場であるセーヌ川は、泳げる状態には見えません。2,400億円を投じて水質改善を図ってきたと言いますが、連日の降雨もあって水質悪化は明らかです。評判の悪い開会式といい、競技以外のネガティブな話題が多いことは、オリンピックの形骸化を示す兆候のような気がします。史上初めて利益を上げることに成功した1984年のロサンゼルスオリンピック以降、オリンピックは商業的に魅力がある国際イベントとしての地位を確立し、競技よりもショービジネスとしての性格を帯びてきたと思います。前回の東京開催も、コロナ禍の影響もあって後味の悪い大会となり、利権や選手村のグレーな土地売却問題などが注目されました。平和の祭典のはずが、強権国家の国威発揚に使われ薬物問題を引き起こすなど、人々の関心が冷めていくのは避けられないのかもしれません。

21世紀の冒険

K2に挑んだ平出和也氏と中島健郎氏がなぜ遭難したのかを考えます。世界で最も難易度の高い魔の山K2西壁の、未踏ルートのアタックのために6年の準備期間を重ねて来た本人たちが、誰よりも危険を知っていたはずです。あまりの難易度の高さから誰も手を付けなかったルートに命を賭した挑戦を、表層的な美談で片付けることには抵抗があります。山は古来より人類が直面してきた圧倒的な存在であり、命のはかなさと無力感を教えてくれました。冒険家と呼ばれる英雄は、極限まで危険を冒す存在であり、その結末はあまりにも冷酷な必然なのかもしれません。誰よりも自然に対する畏怖の念を抱いたはずの二人が、それでも挑むことを常識的に説明することは困難です。20世紀までの冒険は、世界を縮め人類の進歩に貢献してきた側面があったことは確かです。われわれから英雄を奪った21世紀の冒険のあり方は、見直される時期に来ているのかもしれません。

生きる意味

K2(8,611m)で滑落した平出和也氏、中島健郎氏の救助活動打ち切りが発表されました。事故から4日目の苦渋の決断ですが、ヘリコプターのパイロットが2人の位置を確認していただけに悔しさが残ります。崩落による二重遭難の恐れなどから、救助活動の終了を決めたと言います。2022年の8月8日の朝4時半頃、北アルプスの北ノ俣岳山頂でTJARの取材をしていた平出氏にお会いしました。太郎平から登ってくるトップグループの選手を待つ間にK2の話を聞き、以来無事に偉業を遂げてほしいと願っていました。このときは大きなザックを背負いながら軽い足取りで先行していき、黒部五郎小舎での食事中の姿を見かけたのが最後となりました。周囲は危険な冒険を避けて欲しかったと思いますが、生きる意味、生きる大義とは人生の冒険にあったような気がします。群れの先頭に立たなければ、見える世界はいつも同じなのでしょう。

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