旅のあり方


8年前の高校生の時、我が家に3カ月ホームステイをしていたオーストラリアからの留学生が一年ぶりにやってきました。2年に1度ほどのペースで来日する際の東京における定宿です。感心するのはスマホを駆使して日本人以上に行きたいところに行き、髪を切り、買い物をします。東京には4泊の滞在でしたが、クラス会を主催して東京にいる友人に会い、家にいるときはクッキーを焼いたりして暮らすように旅をします。日本語と中国語がほぼネイティブですから、世界中の大半の場所に出かけても不自由なく旅をするはずです。一般的な日本人にとっては、メディア推奨のお仕着せの宿に泊まりお仕着せの食事とアクティビティというステレオタイプの観光旅行が一般的ですが、デジタルネイティブが旅行市場の中心を占めるに従い、旅のあり方が大きく変わることを実感します。

知りたいこそすべて


石風呂を調べ始めると幸か不幸か文献は多くありません。有名なところでは瀬戸内沿岸でとくに石風呂が集中する、周防大島東和町に生まれた民俗学者の宮本常一氏の本で、ありがたいことにAmazonで昭和40年代に出版された書籍を入手できます。とくに手に入れたいのが慶應義塾大学医学部放射線科学教室初代教授の藤浪剛一氏の本で、氏は石風呂を医療面からとらえ、現地調査に基づく学術報告を戦前に行っています。氏の一部の本は国会図書館デジタルコレクションにおいて無料で読めますが、戦前に出版された本でもKindle版があるので読みやすさからこちらを購入しました。資料が少ないほど価値の希少性は増し、石風呂への関心を一層高めます。結局何を学ぶにせよ、旅行に出るにせよ、無性に何かを知りたいという欲求こそが人間を行動させる原動力のすべてだと思います。

健康は永続的トレンド


この数年のライフワークはサウナですが、その間にサウナ市場を取り巻く経営環境は変貌しました。刹那的なブームは去り、サウナ施設の売り物件が増え、数億を投じた都心の高級サウナなら撤退も容易ではありません。成長のS字曲線で考えると、導入期、成長期、成熟期に要する時間は同じで、急成長した分、衰退期は足早にやってきます。サウナには2つの魅力があって、一つは「調い」と呼ばれるデフォルトモードネットワークのエネルギー消費を抑制する脳疲労の解消であり、もう一つは深部体温を上げ皮脂腺から出る汗による解毒や体温上昇による免疫力向上です。昨今のブームは専ら「調い」に重点が置かれた結果、自分のようにアドレナリン分泌が減り中毒症状が解けてしまう人も増え、ブームが陰り始める一因になったと思います。他方で、後者の健康効果は永続的なトレンドであり、それを具現化する施設を模索する日々です。

復活させるべき健康法


昨年末からのマイブームは石風呂です。金にならないことは研究をしない主義ですから、営業施設としての可能性の探索が関心事です。一方で保存会のボランティアに依存する石風呂の存続は財政面で不安定です。石風呂が廃れた理由は焚くのに手間がかかり、燃料となる木材や薬草、海藻の減少、後継者難があります。商業施設として営業していた昭和40年頃で進化は止まり、利用者からみるとアメニティ水準が低く、その運営も含めて現代のスパのように料金を請求できる商品性はありません。過去の遺構であり商業利用を想定していないので、事業者にとっても消費者にとっても魅力のない事業になったと思います。しかしわれわれが見落としているのは、歴史に埋もれつつある長年の伝統のなかには現代に必要な祖先の知恵が含まれていて、石風呂こそ人体の自然回帰が叫ばれサウナブームの今復活させるべき健康法だと考えます。

様々な移動の楽しみ方


香川県の塚原から風呂への往復には東九フェリーを使いました。先週も徳島からの帰路、10年ぶりに乗りましたが、これほど優雅な交通機関もないと思います。豪華客船に乗らなくても船旅は贅沢な時間で、レストランもない物流主体のフェリーでも同じです。出航を待つ有明の東京港フェリーターミナルの、トレーラーが行き交う夕暮れの風景も非日常なら、乗船するなり展望浴室に行き、離岸風景と東京湾の夜景を眺めることも普段できない経験です。水平線から昇る日の出を眺めながら窓側席でコーヒーも飲むことも船旅ならではの楽しみで、徳島までの18時間は退屈することがなく、まとまった仕事を持参すればなおさらでしょう。妥当な料金も含めて西日本に車で行くなら、多少遠回りでもこのルートで旅の風情を味わいたいと思わせます。飛行機や列車との違いは、船内が広いことから様々な移動の楽しみ方があることだと思います。

奇跡のから風呂


塚原から風呂に3日通いましたが、体が急に変わるはずもなく、そこまでの期待もしていません。しかし居合わせた人に石風呂の効果を聞くと、異口同音に語るのは汗がさっぱりして体が冷えないことで、炭と塩の効果により汗の出る場所が違うと言う人もいます。炭に関しては、山口県の岸見や阿弥陀寺では熾火となった炭を囲炉裏に移しますが、塚原では火のついた熾火の上から濡らした筵を敷きさらに塩水をまき、入り口を塞ぎ1時間蒸らします。体への影響を聞くと概ね半数が具体的な治癒効果を教えてくれ、最終日に会った70代半ばとおぼしき女性は10年ほど週2回通ううちに、以前は35℃だった体温が36.5℃に上昇し、毎年肺炎など大病をしていたのに今は至って健康だそうです。石風呂が作られた経緯が治療目的ですから驚くべきことではありませんが、現代医学では説明が難しい人知を超えた奇跡が起きていることは確かのようです。

集落が支えるビジネス


四国に来た目的は塚原から風呂に通うことですが、もう一つは祖谷の古民家宿泊施設を見ることです。いわゆるアルベルゴ・ディフーゾ型の一棟貸で、その歴史は東洋文化研究者アレックス・カー氏が、日本全国をヒッチハイクでまわるなかで祖谷を訪れ、茅葺古民家を1973年に購入したことに始まります。ここ落合集落は高低差390メートルに及ぶ集落で、江戸時代中期から後期に建造された古い民家が崖に張り付くように点在し、集落全体が重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。日本三大秘境の一つとされる徳島県祖谷地方ですが、珍しい降雪もあって外部世界から遮断された深山幽谷の桃源郷に見えます。清掃に来ていた80歳前後の女性は、忙しい月は月の半分ほど清掃に来ると話していて、集落に一定の経済効果をもたらしているようです。投資目的の外部資本ではなく、集落が支えるビジネスが持続可能の秘訣かもしれません。

石風呂とサウナは別もの


一昨日に続き塚原のから風呂に行きました。夜はドライサウナに入り比較をすると、通常のサウナは90℃でも肌への刺激を感じるのに対し、石風呂は焚きたての170℃でも(肌は露出できません)どこかやわらかい感触です。石風呂は古代サウナと呼ばれますが、サウナとは別もので、原初的な蒸気浴の形態をとどめること以外、共通点は少ないと思います。まず火があるかないか、つまりサウナストーンを燃やすか石室ごと燃やすかの違いで、そのため石室は4、50年に一度作り直す必要があります。石風呂の多くの記録が治療目的であることを示すことも違いでしょう。入浴後サウナは水風呂に入りますが、石風呂は囲炉裏端で保温します。サウナでは刺激を求めて上段を目指しますが、石風呂では肌を隠してなるべく動かず体を低く保ちます。石風呂はホットヨガのように大量に汗をかくのに、さっぱりしているのも違います。

サウナーの聖地


昨日は日本で唯一石風呂を営業している香川県さぬき市の塚原から風呂に入りました。熱い熱いと脅かされていましたが、先日山口県で頭上計測170℃の石風呂に入っているので、耐え難いというほどではなくむしろ快適です。一見客が過半数のようですが、30年間、週2日通っているというレジェンドもいて、その訓えには従わざるを得ません。従来縁遠かった香川県ですが、フェリーという魔法の手段を使うと手軽で身近な目的地に思えます。ここではすべてが宝物で、石風呂マニア垂涎の貴重な資料が煤をかぶって無造作に置かれます。今やサウナーの聖地となった塚原から風呂でも、年間200万円の委託費が議会で問題になり存続の危機に立たされています。包み込まれるような石風呂特有の暖かさは、直接的な刺激のサウナとは別モノで、山口県の岸見や阿弥陀寺の石風呂同様に大量の汗をかきますが、スッキリしていてシャワーの必要性を感じません。

原始以来の生存本能


昨日は自分と母の確定申告書を提出しました。すべての仕事と同じで、気が重くて着手できなくても始めるとあっけなく終わります。昔は税金を払うのになぜ納税者に作業をさせるのかと思いましたが、申告額を自分で決められるのは素晴らしい制度です。キャッシュは事実ですが、利益は意見であり、最も柔軟に運用される役所は税務署かもしれません。確定申告や来月迎える会社の決算が有益なのは、一年間に使ったお金を把握できることです。定期的にお金が入ってくるサラリーマン時代は、資産形成を考えずに浪費しがちで、給料の割に貯蓄のない人も少なくありません。他方で大半の日本人が多額の預金を残して世を去るのは、稼ぎのないときに人は消費を減らすからで、これは原始以来の人間の生存本能だと思います。消費の虚しさを理解した第二の人生は、適度に稼いでそれなりに使うのが良いのでしょう。

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