
今朝の新甲子温泉は肌寒いのですが、半袖でも快適に過ごせます。ラブラドールと散歩に行くと、宿より標高が低い剣桂神社の森に入ると明らかに気温が低下するのがわかります。まだ目覚める前の森の空気を深く吸い込むと、身体の自律神経のバランスが整っていくように感じます。
昨夜は白河駅に近い古民家を改装したコミュニティ・カフェEMANONで戊辰戦争の話を聞きました。来年が戊辰戦争150年の節目にあたり全国的に戊辰戦争への関心が高まっていますが、戊辰戦争の勝敗を決した戦場だった地元白河ではなおさらのことです。
ぼく自身にとっても白河・会津が行動範囲になってから、戊辰戦争はより身近なものになりました。ここでの戦後とは太平洋戦争ではなく、戊辰戦争を示すのだと感じます。150年の歳月は戦争の傷跡を癒すには短すぎることを知りました。
実りの季節を迎えた自分の暮らす村が、会津街道(羽鳥街道)で会津を目指す板垣退助率いる西軍と、剣豪森要蔵が激戦をまみえた地であることを知り感慨にふける夜でした。




今朝の新甲子温泉は暖かな晴天で、夜明け前は月と星がきれいに見えました。昨日はトレイルレースのハセツネが開催されました。一年前のレースでは水がなくなり苦しんだのですが、レースを終わってみると美化されて楽しい思い出になります。それゆえ人は望んでまた苦しいレースに出るのだと思います。こうした辛いのにいやな思い出にならないメカニズムは、おそらく脳内麻薬の作用だと思います。人間の限界が近づくと分泌される神経伝達物質により鎮痛効果や気分の高揚・幸福感などが得られるからでしょう。苦難に立ち向かう高揚感はどこか麻薬的な魅力があります。加えて、ストレスに対するチャレンジを繰り返していると、脳はストレスの反応を有益なものだと予測するようになり、寿命を左右するテロメアを慢性的ストレスから守るそうです。
昨日の夕方は那須湯元温泉の鹿の湯に行きました。ここでは山と温泉が唯一の娯楽ですが、さしてお金もかかりません。17時頃には高温浴槽の回りを固めていたレジェンドが帰りますので、夕方以降の鹿の湯は浴槽を独り占めできます。レジェンドのなかでも最古参と思われる84歳の男性と話しました。昭和50年代から那須に家を持ち、年間200日は那須でゴルフや温泉、残りは東京で仕事をしているそうで、まさにぼくが理想とする働き方です。実際に鹿の湯の高温浴でがんの進行が止まった人や、歩けなかった人が歩けるようになる姿を見てきたといいます。ぼくも効能はいくつか実感していて、肌あれは治りますし、パエリア作りで火傷をしたあとも早く治ります。何より高温浴槽は脳が快感ならしく、身を沈めるなり思わず声が出ます。交感神経が高まるらしく帰路の那須甲子道路ではいつもより運転がハイペースになります。
