創造の起爆剤

昨日のランチは南会津の同業の方と情報交換をしました。東京からWifi設定に来てくれた親戚も合流しての会食は、異質が出会う創造の起爆剤だと思います。一人でいると冬場の除雪方法ばかり考えるのですが、親戚と温泉に2時間ほど浸かりながら話していると、そもそも除雪をしないアイデアが浮かびあがります。思考の固着とは恐ろしいもので、人との会話こそが視野を広げてくれると思います。

写真は親戚が持参してくれた昨日の朝食です。直火で炊いたご飯、炭火焼の干物をコタツで食べるのは至福のひとときです。

欠けているのは生き抜く力

昨日は大雪のなか親戚が来てくれWiFiの設定をしてもらいました。どこと何を契約しているのかさえ把握していない身としては頼もしい限りです。

雪国の冬の暮らしの大変さは新甲子温泉に来て初めて知りました。屋内なのにあらゆるものが凍ります。ラブラドールの食器の水、コーヒーピッチャーに残っていた水、もちろん水道管も凍り、トイレが使えなくなり洗濯機も動きません。厨房で冷蔵庫を開けるとあまりに温かいので壊れているのかと思います。

寒さは人から生きる力を奪っていきます。思考や気力も著しく低下します。不謹慎ながら、シベリアに抑留された人の筆舌に尽くしがたい境遇をときどき思います。桁違いの寒さ、過酷な労働、希望のない未来、劣悪な生活環境で多くの人が命を落としたのでしょう。現代を生きるわれわれに一番欠けているのは生き抜く力だと思います。

不自由こそが幸せを見つける鍵

今朝の新甲子温泉は快晴です。腰の高さほどある新雪を踏み分け剣桂神社まで歩きました。踏み跡ができた帰り道は楽なのですが、道を切り開く行きの労力は2、3倍の運動量です。事業も同じで筋道をつけるまでが大変だと思います。

多くの事業は「不」をなくすことで成立してきました。不自由、不便、不安などです。昨日娘を成田空港で見送り、しばらくは家族3人が離れて暮らす、不便で不自由な生活です。しかし不便や不自由を経験してみて初めて当たり前にあることへの感謝の気持ちが生まれます。僕自身、福島で一人暮らしを始めてから当たり前だと思っていた家族について考えるようになりました。同様に月末になるとお金が自然に入るサラリーマン時代には、お金を稼ぐことの意味を真剣に考える機会はありませんでした。

感謝の念を抱くことで、初めて今の自分がすでに満たされていることに気づきます。不自由こそが幸せを見つける鍵だと思います。

特別な意味を持つ時間

今日の新甲子温泉の積雪は、宿の駐車場で腰の高さほどあり、昨年は経験しなかった雪の量です。今朝は留学に出かける娘を成田空港に送りました。15歳の多感な一年を、日本人のいない異国の辺境の地で過ごす生活を想像することはできません。この一年が彼女の人生において特別な意味を持つ時間であることは間違いありません。電話もメールもSNSも禁じられ、連絡手段は月1度程度の手紙だけという不自由さは、親にとっても自身を見つめなおす機会になりそうです。

昨夜は初めて娘に宛てた手紙を書きました。不安に押しつぶされそうになったり、つらいことを経験し、悲しい思いもするでしょう。人生において起こるすべてのことは必然であり、それらのすべてが、彼女を強く、大きく成長させると思います。自分の力を信じて困難に立ち向かってほしいです。

写真は雪とは別世界の今朝の成田空港です。

恐怖こそが生きることを輝かせる

今日は誕生日ですが特段の感慨もありません。「四捨五入すると還暦になる」と何人かの先輩が嘆いていた年になりました。会社に入ったのは55歳定年の時代ですから、昔ならリタイアが許される年齢です。老後は直視したくない現実ですが、ぼくは生涯現役を考えていてリタイアや老後という発想はありません。50歳を過ぎてから運動を始めたせいか体力の衰えを感じることもなく、今の境遇になってからは日々の生活で幸せを感じるようになりました。もちろん人間いつかは死ぬのですけど、死への恐怖こそが生きることを輝かせてくれると思います。

惰性で生きる予定調和の人生がたまらなく嫌なのは、ただ老いていくことへの恐怖だと思います。先の見えない人生を生きることは、ぼくにとっては老いへの抗いともいえます。写真は午後に寄った浅草です。

人生に彩を添える出会いと別れ

シドニーから来た娘と同学年の留学生が帰国し、三人家族の生活に戻りました。夕方になると、今でも「ただいま」と言って玄関のドアを開けそうで、わずか三ヶ月暮らしただけなのに家族が減ったような寂しさがあります。

福島で初めての雪を見たときも嬉しそうでした。夕食後一緒にお菓子を食べながら話すときが一番ハッピーな瞬間だと言ってくれます。到着したシドニーの空港からは「もう日本に行きたいなー」と妻にラインが入りました。そして彼女と双子のように寄り添っていた娘も今週には日本を離れ一年間の留学に出ます。出会いと別れは人生に彩りを添えてくれます。

写真は先日東京への移動中に国道4号線から見た富士山です。

大雪の東京への冒険旅行

昨日は急遽東京に行くことになり福島を夕方4時に発ち東京には明け方4時に着きました。大雪の警戒態勢の首都圏に向かうのは、ちょっとした冒険旅行の気分です。冒険旅行にふさわしく矢板の手前の国道4号線で後続車に衝突されましたが、普段から旅館のトラブルに慣れているので、動揺することもなくなりました。町中が大混乱のなか警察が来るはずもなく話し合いで別れました。久喜ICで通行止めにしながらすべてのETCレーンを閉め有人レーンひとつだけの東北道のお粗末さは雪に不慣れ以前の問題だと思います。写真は途中で1時間ほど仮眠を取った羽生パーキングエリアです。

時間の価値は人によって異なる

今日は我が家に3ヶ月ホームステイしていたシドニーの留学生が帰国するので羽田に行きました。日本で誕生日を迎えた16歳は「泣くと思っていたけど泣かなかった」と話していたものの、やはり羽田空港での別れ際にハグをすると泣き顔になっていました。

惰性で生きていると3ヶ月などあっという間ですが、日本に来たばかりの頃は日本語に不自由していた彼女は今では日本人とほとんど同じレベルです。同じ3ヶ月でも人によって時間の価値は全く異なることを実感します。日本人以上に気を配るのに、主張はストレートにするなど教育方針の違いを感じる3ヶ月でもありました。羽田空港からの帰りは温かい晴天に誘われて多摩川の土手を帰宅ランすることにしました。浮いた電車代は田園調布で寄ったカフェの喫茶代に消えました。

ビジネスと商売

昨日は宿の営業で有力なトレランショップに行きました。自分とは異なる業種の店でもいつも気になるのは商売のことです。コンサルタント時代のぼくはリアリティのないビジネスの世界に生きていたと思います。いまは目の前で現金が行ったり来たりする商売のことばかりを考えます。ぼくの感覚ではビジネスは損得勘定で割り切れる冷徹な取引ですが、商売はより広範な人間関係も含めた温かい取引です。これからの取引は工業化以前の商売の世界に回帰していくような気がします。

本音で話せるプライスレスな時間

昨日は様々な顔で働く方と会い3時間以上刺激的な時間を過ごしました。その人は複数の企業の経営と複数の大学の教員の顔を持ち、複数のプロジェクトをこなすまさに現代的な働き方をもう何十年も実践しています。会うのは20年ぶりぐらいなのに全く時間の経過を感じさせず当時と印象が変わらないのは幸せな働き方、ではなく生き方をしているからだと思います。

夜は以前の会社の仲間と会いました。ぼくが最後に働いていた会社で、30年のサラリーマン生活で最短の在籍期間ながら、毎日が学園ドラマのような、泣いて笑ってけんかする濃密な時間を過ごした職場です。本音で話せる人と過ごす時間はプライスレスです。

甲子高原はこれから本格的な雪の季節に入りますが、自宅近くの公園では梅がほころび、衣料品店には春物が並びます。

Translate »