食事がもたらす心の静けさ

昨日はシェアリングエコノミーのイベントがあり福岡に日帰りしました。福岡はホテルを開発していた頃、頻繁に来ていた場所です。旅行に行く楽しみの一つは食事だと思いますが、ぼくは食べることへの執着があまりありませんので、終日のイベントを利用して1.5日の断食をしました。ぼくにとってはどこで何を食べるかより、自分がどのように食べたかの方がはるかに重要です。高級料理店やその場所ならではの食事に興味がないわけではありませんが、自分と向き合い食べる普段の味噌汁や納豆とそれは同価値です。誘惑の多い飽食の時代に脳が作り出す幻想と距離をおくことは困難ですし、皆がそんなことを始めれば経済が回らなくなります。しかし、ストイックな状態で食事を通じて自分の内面と向き合う心の静けさを知ってしまうと、食べることに関する考え方が大きく変わります。

走ることの心地よさ

トレイルランニングの本格シーズンを迎えやっとお腹の贅肉が落ち始めました。もちろん痩せるために走っているわけではなく、瞑想でいうところの「リラックスした集中」状態で自分の内面と向き合う時間が至福のひとときだからです。とくに好きなのはスピードの乗った下りで、一歩一歩の着地に全神経を集中させ、同時に森を抜ける風のゆらぎや鳥たちのさえずりにリラックスできます。そのスピード感とスリルは、以前好きだった自動車の運転の比ではありません。数百万年の人類の歴史においてヒトは走ることで獲物を獲て生き延びてきたはずで、人間の身体や遺伝子は走ることを前提に設計されています。それゆえ走ることが無性に心地よいのだと思います。

高尾山は最高のリトリート

昨日は八王子にある日本工学院での授業の前に、朝の4時半から高尾山でトレイルランニングをしました。目覚めたばかりの森には鳥たちの美しい声が響き、薬王院の方角から鐘の音が聞こえます。最大心拍数の80%を目安に高度を上げていくとレースの感覚が戻ってきます。好きな音楽を聴きながら駆け下りる帰りのトレイルは最高のリトリートです。ドーパミンが分泌されるのか幸福感とともに全身からやる気が湧き起こります。下山後、6時から八王子のマクドナルドでパソコン仕事を始める頃には頭は完全に仕事モードになり一日が始まります。写真のルートは数ある高尾山のなかで一番好きな7kmのトレイルで、往復に55分ほど要します。

生産性は3倍になる

長年業務改善のコンサルティングをしてきましたが、反省すべきは定量データに頼りすぎていたことです。計測できないものは改善できませんので業務の定量化は必要なのですが、むしろ重要なのは生産性です。同じ1時間でも15%のパフォーマンスの日もあれば95%のパフォーマンスを発揮する日もあります。

早朝に森のトレイルを走る、渓流にイスを持ち出しアイデアを考える、風呂に入りながら電話会議をするなど、血流や自律神経バランス、神経伝達物質の分泌量を意識する仕事のやり方次第で生産性はまるで違います。空気の淀んだオフィスでイスに座ったまま動かない頭を使っても、一日をぼんやり過ごすことになります。ぼくの感覚では働く環境を工夫するだけで単位あたり生産性は3倍程度に改善されると思います。

会社が仕事をつまらなくする?

自営業者になって1年半で実感するのは働くことの楽しさです。一方で、会社はなぜあれほどつまらないのかと考えます。その原因はサラリーマン社会の弊害だと思います。サラリーマンはノーリスクで収入を得られる一種の社会保障制度です。生活保護同様に長年この庇護を受けるとそこから抜けられなくなります。

一方で組織が大きくなり注目を集めると、組織への信頼や評価を自分への評価と誤解して横柄に振舞う人が少なからず生じます。謙虚さを忘れた人々が会社や組織を乗っ取りつまらない場所にしているとぼくは考えています。働き方改革も良いのですが、そうした議論をする人たちが働くことの楽しさを本当に理解しているかが問題です。

認知の罠

旅館を改修して営業を始めた昨年の連休が遠い過去に思えます。一年でたくさんのことを経験したためか時間が流れるスピードが変わりました。子供時代は臆病すぎるほど慎重で手堅かった自分の性格が、いつから変わったのかは覚えていません。いまのぼくは自分が魅かれるものを実現できるなら、多少冒険的で先が見えない人生を歓迎します。むしろ冒険のない人生など、自分の人生を生きたと言えないと思います。以前は、早くリタイアしてハワイあたりでのんびり暮らす生活を目標にしていました。これが典型的な「フォーカシング・イリュージョン(Focusing Illusion)」や「快楽のランニングマシン(hedonic treadmill)」と呼ばれる偏向であることに気づいたのはそう昔のことではありません。このような認知の罠が次第に明らかにされ始めたことと、日本社会が失われた30年の低欲望社会を彷徨っていることは無関係ではないと思います。

安楽が招く生活習慣病

穏やかに晴れた昨日は朝の4時半から那須連山の北端に位置する大白森山(1,642m)に登りました。山頂直下の崖に取りつけられた鎖は雪に埋まっており引き返しました。連休中は3日連続で山に入り、全身の血流が改善したのか体も頭も軽くなりました。ゆっくり過ごす週末も悪くありませんが、血流改善や自律神経バランス、睡眠の質の観点などから好ましいのは運動です。だるさや肩こりといった血流障害が原因の不調も多く、休日にふさわしいのは自然のなかで筋肉を動かすことだと思います。座りっきりの安楽なライフスタイル(Sedentary Lifestyle)はタバコ同様に癌、糖尿病、心血管障害、慢性呼吸器系疾患を引き起こす原因になるとWHOも警鐘を鳴らしています。

身体能力を使わない都市生活

昨日早朝は一昨日に続き甲子山(1,549m)に登り、午後は会津側の小野嶽(1,383m)に登りました。小野観音登山口からのトレイルは、標高差1,000m近くを急登に次ぐ急登で一気に登るスパルタンなルートです。登りは心肺機能と筋肉強化のトレーニングになり、下りのランニングは集中瞑想状態の幸せなリラクゼーションです。この動的瞑想を朝一番にやることで一日が大変充実したものになります。自分の体とは思えないほど早く急な岩場を駆け下りるとき、都市生活では人間の持つ身体能力の数%しか使っていないと思います。

備えあれば憂いなし

今の季節でも朝の3時を過ぎるとあたりが明るくなり始め、宿の前の江森山の穏やかな山容が闇に浮かびます。昨日は今年初めて甲子山に登りました。下界は穏やかな快晴ですが、1,549mの山頂付近では雹が降り始め次第に雪に変わりました。この稜線は6月や9月でも氷点下になり池が凍ります。普段から風が強く、天候が急変するために遭難が起こりやすい場所です。今年は雪解けが早いものの、それでも東北の山をあなどることがどれほど危険かは新甲子温泉に来てよく分かりました。自然への見積もりが甘いときに遭難は起きます。宿から程近い那須で、昨年起きた雪崩事故もその典型だと思います。慎重すぎるぐらいの判断と「備えあれば憂いなし」が自然と付き合う原則だと思います。

空気に無頓着な都会人

昨年より確実に早い新緑で、阿武隈源流のブナ原生林はまぶしい緑で満たされます。朝の4時になると朝霧のかかる渓流沿いの谷間に鳥たちの声が響き始めます。木々が最も酸素を浄化する日の出45分前に鳥が鳴き始めるという説は正しいようです。ひんやりした森の空気を吸い込むと、食べ物や水には気を使う都会人が、自分が吸い込む空気に無頓着なことが不思議に思えます。

写真はいつもの遊歩道で見つけたブナの巨木です。いままで見たブナのなかで最大級の木なのに、これまで気づかなかったのが不思議です。

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