
昨日は25年ぶりに人生5度目の引越しをしました。モノを持たない暮らしが理想ですが面積が半減した仮住まいでは、家にはモノが溢れています。現代人の心を貧しくしているのはモノへの執着だと思います。一方、駅前のミニスーパーまでは160歩で、カフェやレストラン、有名ケーキ店、コンビニはいずれも150歩から250歩圏内にあり、納期が間に合わない冷蔵庫が1週間なくても不自由がありません。
引越しを頼んだ地元の業者は日に2、3度の引越しをするそうですが、すごい瞬発力で一気に荷物を運び出し、さながらアスリートです。重い荷物を時間をかけて運んでいては体力を消耗するのでしょう。プロの仕事に共通するのは、高いスキル、仕事への意欲、そして業務に高い品質基準を持っていることだと思います。
心を痛めている関係者の方には気の毒ですが、「日大劇場」の盛り上がりは留まるところを知りません。組関係者など交友関係の広いトップが表に出ることはありませんが、このケースはガバナンス以前の問題です。17日には日大のホームページから危機管理学部のバナーが削除されるなど、その一挙手一投足が予定調和でネタに事欠きません。唯一の救いはこの国を支配する闇を分かりやすく説明してくれたことです。モリカケ問題も、企業やスポーツ界で止まらない不祥事の数々も根っこは北朝鮮の体制と同じです。外部の目の届かない組織は腐りやすく、とくに役所、学校、それにぼくがいた銀行系など、いわゆるお堅い組織ほど注意が必要でしょう。権力欲にまみれた低俗な人間によって組織が汚染されるのは世の常です。いっそのこと経営トップをAIに任せることが現実的な解決策だと思います(写真は日本工学院八王子キャンパスで本文とは関係がありません)。
昨日の収穫は、日本工学院の八王子キャンパス内にトレイルを見つけたことです。1kmほどのコースですが、適度にアップダウンもありトレラン練習になります。原生林に覆われた気持ちのよいトレイルが講義棟の目と鼻の先にあったとは驚きです。一日に2度行く10階の教員室へも階段を使いますが、昼休みにこの道を2度歩きました。大きな雉が横切るトレイルを使い、森のなかを歩きながらの授業は理想的です。
今朝も雨上がりの高尾山に行きました。朝もやに包まれる森を、昨日学生と討議した「スポーツと偏見」というテーマを反芻しながら登っていきます。登りが終わると2.5kmのフラットトレイルが始まり呼吸に集中して瞑想をします。山頂直下から始まる3.5kmの下りは、ウォークマンでテンポのよい曲を聴きながら、脳のパフォーマンスを上げる至福のリトリートセッションです。週に2日の日本工学院での授業は、ぼくの生活によい刺激を与えてくれます。学生に何を残すことができるのかをいつも考えます。ぼくが伝えたいことは人生を主体化することだけです。死の間際に多くの人が、「もっと自分らしく生きれば良かった」と後悔することを最初の授業では話しました。自らの殻を破り自分らしく生きることが幸せの条件だと思います。幸運にもと言うべきですが、ぼくの人生に影響を与えた恩師と言える人は生涯でせいぜい3人です。そんな存在にわずかでも近づこうとすることが、ぼく自身を成長させてくれると思います。
多拠点居住の最大の課題は移動コストですが、LCCはICTインフラ同様に多拠点居住の救世主です。LCCを使うと毎月行く熊本も早割なら片道が5,000円台と現実的です。脳が新たな刺激で覚醒する転地的な意味合いで言えば、熊本空港から近い阿蘇の雄大な景色は魅力的です。スカイネットアジア航空時代は不運も重なり印象の冴えなかったソラシドエアは、機材の座席間隔も十分でぼくのなかでは好感度の高い航空会社です。そういえば昔は上空に上がると無遠慮に座席を倒す中年男性が多かったのですが、最近前席を倒された記憶がありません。日本人が上品になったのか、眠るほど暇でなくなったのか分かりませんが、いっそのことLCC機材からリクライニング機構を外した方が合理的だと思います。昨日は食事を抜いていたので、機内で飲んだ長崎県産アゴ(トビウオ)だしと、大分県産の「ユズ」のアゴユズスープが体にしみわたります。断食のメリットは深く味わおうとすることだと思います。日本のグルメブームが疑問なのは、食べ物にばかり意識が行き、自分の状況に無関心なことです。伝達物質と受容体があってはじめて初めて味が成立するはずです。
今朝は阿蘇に来ています。東京ではありえない無限の空を感じつつ露天風呂に入ると冷たい空気が心地よく肌を刺します。雲海が立ち込め雄大な阿蘇の山並みの全貌を望むことはできませんが、あたりから鳥や蛙の鳴き声が響き、脳が覚醒を始めます。この土地全体がパワースポットで、一種の浄化作用があります。現在ある職業のかなりの領域がAIに奪われる時代が始まると、人間の脳のなかで眠っていた潜在能力を引き出すために、土地の持つ独特の力や場所性が不可欠な要素になると思います。ぼく自身、自分の宿のある阿武隈源流で仕事をしていると、その生産性はオフィスの閉鎖空間にいるときの3倍程度になると実感しています。働き方改革が進み、近い将来自分の脳の潜在力を最大化する場所で働くというワークスタイルが一般的になると思います。
トレイルレースの素晴らしさを理解しているつもりの自分でも理解を超えるのが、「マイラー」と呼ばれる100マイルレース完走者の急激な増加です。ぼくのまわりではマイラーが普通になり、そこにチャレンジする人も後を絶ちません。この週末も妻や多くの友人がそうした長距離レースに挑戦しました。なぜ人は自ら進んで苦難の道を求めるのか?なるべくエネルギーを使わずに楽をして生きたいというのは動物としての人間の本能です。しかし人間の身体には過酷な人類の歴史に適応するために遺伝子に刻まれた、普段は目を覚ますことのない別の本能があり、それこそが人を挑戦に駆り立てている、というのがぼくの仮説です。
昨日は留学中の娘の通う高校で理事長の話を聞きました。学校といえば退屈な場所と相場が決まっているのですが、ことこの学校に関しては、いつも気づきと感動があり清々しい気持ちになれます。それは理事長以下教員が本音で生徒と向き合っているからだと思います。常に創意工夫で前に進もうとする学校の姿勢に、教育に携わる貴重な機会を与えられている自分も、全力で学生と向き合わなくてはいけないと思う一日でした。教育こそが日本を変えるのだと思います。
昨日は工事を頼むために、紹介された某ホームセンターに電話をしました。最初に電話に出た人間も紹介された人間も超やる気がなく、あまりにも迷惑そうな対応なので途中で電話を切りました。かつては上場していた企業ですが、二度と行くことはないと思います。やる気のない人間と話していると生気を奪われます。このような仕事をしている人の人生に運が向いてくることはないと思います。以前なら会社が悪いと思いましたが、今は自分の人生を会社任せにしている本人が悪いと思うようになりました。
八王子の日本工学院に水曜日と木曜日に伺い始めて1ヶ月が経ちます。高尾山まで車で15分ほどのキャンパスは早朝にトレイルランニングができる最高のロケーションです。スポーツカレッジの素晴らしさは引きこもりとは無縁なはつらつとした学生が多いことです。15年お世話になった立教大学とは環境が異なります。一番の違いは学生の出席率が高いことで、教員も遅刻しそうになると走り、1分でも遅れると学生に遅れたことを詫びています。講義室前に授業告知シートを貼り出すのも初めてで、そこには「元気な挨拶・本気の授業」という標語が書かれています。環境の違いだけでなく、ぼく自身も立教大学時代とは変わり、より本音で学生と向き合うようになりました。立教大学では教室がうるさくても怒ることはしませんでしたが、こちらではすでに三回ほど声を荒げて叱り、学生を退室させたこともあります。以前なら自分は学外の講師だし、学生による授業評価も悪くなかったのでそれ以上踏み込むことはありませんでした。一番の変化は自分自身です。