今日は健康経営のセミナーに行きました。健康経営が言われ始めたのは10数年前ですが、経済産業省の表彰制度により知名度が上がったのはこの数年です。健康に投資すると生産性が向上し企業価値が上がると同時に社会の課題が解決できるという触れ込みです。睡眠不足が重大事故の原因となった事例は数多くあり、平成28年に大阪地裁では勤務間インターバルが9時間未満のケースを過重労働とする判決が出ています。睡眠時間の確保は企業側の責任にしても、最終的には個々人の健康意識とヘルスリテラシーに依存する問題なのでしょう。経済損失をどう減らすかということ以上に重要なのは、イノベーションを生み出すためのベストコンディションをどのように作るかという発想だと思います。
お知らせ
クールではない都市の消費
昨日は青山に行きました。アウディの高級スポーツカーに乗った中年太りのおじさんは、あたりの気配を伺うと爆音を撒き散らして車を急発進させます。地位財の象徴たる高級車をこれ見よがしに誇示する行動はクールの対極にある消費スタイルだと思います。ぼくにとって最もクールなのは、週末に開催された信越五岳100マイルレースのような肉体の限界に挑むアスリートの姿です。歩くのも困難な痛みや全身から気力が失せるハンガーノック、補給食を受け付けない消化器系のトラブルなど、あらゆる試練に打ち勝ったゴールシーンは感動的です。夜は以前の職場の同僚と会いました。組織を離れ同じ境遇になると共感することが多く、お互いかつての組織人の面影はありません。共通するのは、もはや会社に管理される生活には戻れないこと、朝起きるのが憂鬱でなくなったこと、健康的で元気になったことです。
復讐心が社会を変える
目の前がゴルフ練習場ですが我が家ではゴルフをしません。ゴルフは歳をとってから始めるのに適したスポーツと言われます。フィジカルな条件に制約されるスポーツの世界では中年から始めてトップアスリートになることは不可能と思われています。長距離ランナーが最も力量を発揮するのは27歳から32歳と言われます。しかし、例外はトレイルランニングで、世界最高峰のレースUTMBでマルコ・オルモ(Marco Olmo)が二年連続で優勝したのは58歳と59歳のときです。何歳であろうと本気で取り組めば取り返しがつくと思えるトレイルランニングに魅かれます。「貧しかったので復讐のために走っている。」とオルモは語ります。イノベーションを起こす起業家もその行動の原動力は社会への怒りであり復讐なのだと思います。
アマチュアスポーツがプロを凌ぐ
TJARが超人的なレベルで競われるトレイルレースなのに対して、今日未明に32時間の制限時間を迎えた信越五岳100マイルレースは知り合いも出るより身近な存在です。「スポーツは観衆が理解できる数だけ感動を与える芸術作品」といった人がいますが、より身近な存在として一人ひとりの選手に感情移入することができます。商業化されたプロスポーツは演技者と観衆が分断され心を動かされないのですが、昨日は刻々と更新されるレースのリザルトと、本人や関係者が投稿するSNSから目が離せません。スポーツがショービジネスの色彩を強めるほど、原初的で飾らないスポーツの純粋な魅力や人間臭さが失われていくと思います。写真は2週間前に出た安達太良山の45km地点で撮ってもらったものです。
トレランが山歩きを好きにする
今朝は八ヶ岳の硫黄岳(2,760 m)と天狗岳(2,646 m)に登りました。北八ヶ岳の樹林帯は苔むした独特の風情があり早朝の森林浴は落ち着きます。トレイルランニングを始めてから山歩きが以前より好きになりました。昔は長い林道や泥沼状の登山道、登り下りを繰り返す長いトレイルは嫌いでしたが、いまはどの場面も貴重なトレーニングの場で成長ホルモンが分泌される筋肉痛も歓迎です。今日はトレラン界の一大イベント信越五岳100マイルレースがあり、多くのFB友達がいまも山中を走っていることを思うと、のんびり山歩きなどしている自分が多少後ろめたくもあります。
彷徨う発展概念
歌は人間の持つ不思議な能力を証明します。小学校の修学旅行で行った会津若松でバスガイドさんが歌った白虎隊の歌の歌詞を今でも四番まで覚えています。施設にいる父親に会いに行くと膨大な曲をファイルした歌集があります。父親世代の曲を自分の世代が聞くことはありませんが、不思議なことにぼくが高校生の頃に聞いたユーミンやさらに古いカーペンターズを高校生の娘が今頃普通に聞きます。西洋文明発展の基盤には未来志向型の時間的展望があったと思います。経済成長期には時代の空気である昔の曲は捨て去る過去の象徴でしたが、現代は発展という概念が方向感を失った時代なのかもしれません。写真は昨年2月に訪れた白虎隊終焉の地飯盛山です。
総花的な働き方改革
今朝は雨の高尾山に行きました。雨天はトレイルランナーにとって好都合です。ハイカーのいない森で雨音に癒され、すべる路面を走る練習ができます。高尾山の山頂に着く頃には全身に血流が行き渡り頭も冴えてきます。オフィスにフィットネス設備を持つ企業も増えていますが、朝一番の運動と知的生産性の相関を示すエビデンスが以前からありながら、この考え方を積極的に導入する企業は皆無です。単位あたり生産性で欧米の6割とされる先進国最低の生産性に無頓着な企業が多いのは奇異に見えます。働き方改革や健康経営は本来生産性に直結する議論なのに、分離されることに不自然さを感じます。政治主導の議論はいつも総花的で成果もあげてこなかったと思います。
「知らぬが仏」は幸せ
「知らぬが仏」は優れた人生訓だと思います。この言葉に続く「知るが煩悩」は日常使いませんが、比較の対象が増えるほど人は不幸を発見します。ぼくは自分の車がフィアットなので、イタリアではフェラーリを乗り回すお金持ちより、フィアットに乗らざるを得ない庶民の方が幸せだという仮説を持っています。フェラーリを持てばフェラーリにふさわしい生活をしますが、フィアットはどう使おうが自由です。幸せと高い相関を示すのは何ものにも拘束されない自由な生き方であり、自分の生活を物に既定されたくありません。運転しても自分の体のように小さく非力なフィアットは生きる高揚感に包まれます。
17年前の内なる声
17年前の昨日は大阪にいて、ホテルの客室から見た18時過ぎの光景が印象的でした。日記によると、瀬戸内海に面する山々に沈む太陽の光が上空の雲に黄色く反射して美しい光景を作り出していました。ハイジャックされた2機の767が貿易センタービルに激突したのを知るのは22:00過ぎの緊迫したテレビのニュースです。当時勤めていた外資系企業の社員3名が犠牲になったことは後日知りました。日記は、人間の愚かな行い、景気への不安とともに、感動を生むビジネスをやらなくてはならない、と締めくくられています。17年が経った今もまだその途上にいます。
誰も実行しないパタゴニア型経営
昨日の朝は誰もいない北高尾に行きました。「社員をサーフィンに行かせよう」というパタゴニアの主張はまっとうで、朝一番の運動は脳によい影響を与えます。目覚めたばかりの山の清涼な空気を全身に取り込んでから仕事を始めるのと、酸欠状態の満員電車で身動きも取れない状態で会社に行くのでは生産性が異なります。運動は「副作用のない精神安定剤」と言われストレスを緩和する作用もあります。アメリカのハードワーカーと日本の長時間労働者の違いは主体性と成果の帰属先にあると言われます。前者は自ら望んで仕事を行いその結果が自分に帰属するが、日本では職場の雰囲気や指示でいやいや働かされるため、日本の生産性はアメリカの6割ほどに留まります。パタゴニア型経営の本やセミナーは日本でも人気なのに、実行した企業の話は聞いたことがありません。新入社員であれ経営者であれ、自分のモチベーションを最大化することこそ最優先すべきだと思います。