より良いものを追求する姿勢は人間の優れた資質ですが、良いものを無批判に盲信していると思わぬ弊害をもたらします。2018年1月に死去した著名シェフのポール・ボキューズ氏が1965年から維持してきた三つ星を二つ星に格下げするミシュランガイドの決定でフランス料理界に激震が走りました。星を奪われた複数のシェフが自殺したり、年末には審査員の評価方法をめぐり訴訟沙汰になるなど何かとお騒がせのミシュランですが、あまり興味はありません。星のついたレストランで食事をすると独特の世界観に魅せられることは確かですが、問題はミシュラン双六にはまることです。双六はいつかゴールにたどりつき、何度かゲームをすれば誰でも飽きます。そして熱中すればするほど執着という悪魔を自分のなかに育むことになります。旅館業を離れた今はあまり料理をしませんが、料理への興味は今も変わりません。料理を食べることも楽しいのですが、社会の役に立ってこそ価値があると思います。関心があるのはもっぱら調理工程の省力化です。短い時間で美味しく健康的で見た目にも魅力的な料理を作る自炊ノウハウこそが社会をより健全にすると思います。
お知らせ
外食業はスポーツと同じ
昨日は近所にある串カツ田中の創業店舗に行きました。小さな子供のいる家族連れとサラリーマンが同居する不思議な居酒屋は、先日見たロイヤルの店舗とは対照的に決済は現金のみで、スマートなロイヤルに対して昔ながらのハイテンションな接客です。複数の外食事業に失敗し最後にダメ元で出した14坪24席の居抜き店舗の設備投資額はヤフーオークションでそろえた厨房機器を含めても150万(一説では300万)とされます。倒産を目前にやぶれかぶれで始めた事業で復活して大企業に成長するケースは少なくありません。人間は追い込まれると本気になり火事場のバカ力が出ること、手元資金がないので必然的にイニシャルコストが下がること、最後ぐらい自分らしい仕事がしたいと本音で等身大のマーケティングをすることが市場の共感を呼ぶのだと思います。他社が選ばない小商圏立地というブルーオーシャンを見つけて上場した串カツ田中も既存店売上が芳しくないほど日本の外食は激戦地です。限られた消費者の胃袋を奪い合い、スポーツと同じように競合との戦いを楽しめるメンタリティがこの業界には必要なのでしょう。
迷惑電話は瞑想の合図
以前なら固定電話を止めて携帯電話だけにすることが珍しがられましたが、いまや一般家庭にとって固定電話は無用なお荷物でしかありません。わが家の固定電話にかかる電話はほぼすべてが迷惑電話で全く機能を果たしていません。メッセンジャーが普及した昨今は携帯電話も使う機会が減り、着信の半数は迷惑電話です。携帯電話は手軽な着信拒否機能があり救いがあるにせよ、不快なことは同じです。かけて来るのは恥知らずの不動産業者が多くさらに腹立たしいのはかけ方がワンパターンで工夫がないことです。電話をとった瞬間の背後のざわめきと軽薄な声で判断して、相手が会社名を名乗る前に切ることさえあります。IP電話を除く従来の固定電話はこの10年で半減しているといいますが、FAXと同じ運命を辿るのでしょう。迷惑メールといい、後先を考えない業者が存在する限り社会は常に無用なコストを払い続けることになります。不快な迷惑電話を瞑想の時間を思い出させる合図にすることでストレスは減りました。
厨房調理にこだわる不自然さ
昨日はロイヤルのGathering Table Pantry二子玉川店に行きました。店舗管理業務の効率化、調理工程の短縮、低投資型店舗を志向した次世代の店舗運営を探るR&D店舗です。提供される料理と同じものが買える冷凍ショーケースが店内に置かれ、ハラール、ヴィーガン認証の料理もあります。葉物野菜とワイン以外は冷凍される湯煎とオーブンレンジだけの鍋も油も使わない厨房は汚れず、2年前に開店した馬喰町の店は汚れが目立たないと言います。考えてみればロイヤルは1951年の創業時から機内食を手掛け1962年にはセントラルキッチンで業務用冷凍料理を作っているわけですから、そこから70年が過ぎても厨房調理にこだわる方が不自然に見えます。ウーバーイーツなど恐ろしい手間暇をかけてデリバリをすることなく、コワーキングスペースや火の使えない場所でも簡単なパントリー機能があれば本格的な料理を提供できることになります。電子レンジを使った料理教室が活況を呈するように、省力化の流れは外食、中食、内食のあり方をドラスティックに変える可能性を感じます。空前の人手不足が仇になり、職場から人を放逐する流れが加速度的に進む未来には複雑な思いがします。
起き上がって走り続ける
弁護士でありながら異国の地で囚われの身となり、部下は泥をかぶる出世の踏み台ぐらいにしか考えないゴーンに置き去りにされたグレッグ・ケリーは何を思うのでしょうか。平民国家の日本人が知らないプライベートジェットを使った手口で富裕ぶりを見せつけたレバノンでの嫌味な会見は、自身が経営する牧場で第二の人生を考えていたであろうその生活とは価値観が違ったのかもしれません。ゴーンはケリーが司法取引を拒んだことを褒めたたえ、尊敬に値する男と呼び忘れるべきではないと訴えましたが、その言葉は虚しいだけです。安倍首相が嘆くように一民間企業の問題が国際問題に発展した今、日本の面子をかけて、プライベートジェットの大きな荷物は検査されないという間抜けさをゴーンが見つけたように、彼が見落としている抜け穴を見つけて欲しいものです。重要な証人であったボスの裏切りに「私は起き上がって走り続ける。不満を漏らしているように思われたくはない」と語り、昼食はコンビニのサンドイッチかおにぎりというケリーには寛大な判決を望みます。
こここそが自分の居場所
昨日は夢からうなされて目が覚めました。営業を休止して2年弱の旅館の資金繰りに行き詰まる夢で、登場人物は見知らぬ人なのに妙に細かい数字のやり取りでリアリティがあります。めったに夢を見ませんが見るのはいつも気の重くなる内容で、起きたときに夢で良かったと感謝します。感謝の感情はドーパミンやエンドルフィンが分泌され海馬の機能を向上させ、ミトコンドリアを活性化し若返りや長寿に良い影響があるとされます。今自分が置かれた状況から最大の満足感を引き出す感謝は、欲のエスカレートを止めてくれます。最も貧しい大統領として知られるホセ・ムヒカは長年刑務所の床で眠り、マット一枚を与えられただけでその夜は幸せな気持ちになれたと述懐します。カルロス・ゴーンのような人たちが望む贅沢な暮らしは、無駄に時間を取られ、わずらわしさを呼び込み、しがらみに束縛されるだけだと思います。贅沢と対極の世界とも言える山にいる時はおにぎり一つ、煎餅一枚に感謝し美味しく食べることができます。世間には終わりのない消費ゲームに取り憑かれた貪欲さばかりが目に付きますが、こここそが自分の居場所と思えることが幸せなのでしょう。
消費者の気持ちが分からない
昨日は西岳(2,398m)に登りました。この季節の山頂往復では全く人に会いません。粉雪の舞う山頂付近のトレイルは雪に覆われ気分は小旅行ですがお金はかかりません。穏やかなペースで森を進むと前方を鹿の群れが渡っていきます。ひんやりした空気が漂う森で深呼吸するだけで五感が刺激され直感が冴え、静寂の森に鹿の鋭い鳴き声が響くとリラックスと集中が同時に起こります。一方一昨日登った入笠山は商業化され2人と犬でゴンドラを使っていたら往復4,000円かかり、山頂は絶景ですが人や犬が押し寄せる無粋な観光地です。これほど自然に恵まれているのに自然を編集して商品化するのが日本ほど下手な国はないと思います。内務省に管轄されるアメリカの国立公園は簡素で素朴ながら環境に溶け込んだ居心地の良いホテルが整備されますが、日本には悪夢のようなファンタジーリゾートか高過ぎて泊まれない宿しかありません。世を憚る深山での隠匿生活に憧れ、唯一の趣味が山歩きやトレイルランニングの自分の目下の悩みは、流行商品や娯楽を見ても欲しいと思えず消費者の気持ちが本音レベルで分からないことです。
フローと無縁のオフィスという風習
昨日は入笠山(1,955M)に登りました。スキー場のゴンドラで登れる山なのでたくさんの犬も来ていますが、登山道で登っても往復2時間半ほどの足慣らしの山です。八ヶ岳、南、中央、北アルプスが一望でき風もなく暖かい絶好の登山日和です。こんな穏やかな日に森林浴をしながらゆっくり標高を上げていくと「何がおもしろくて山を走るのか?」と言うハイカーの気持ちも分かります。リズム運動を伴うトレッキングはセロトニン系の副交感神経優位のリラクゼーションですが、トレイルランニングはフローになることもある交感神経優位のドーパミン系エクストリームスポーツです。急傾斜の岩場など危険な場所であるほどフロー状態に入りやすく、集中力が極限まで高まり筋肉に蓄えられた記憶によって脳を介さず自然に体が動く一種の幽体離脱状態で直感と本能に支配されます。フローに関係する神経伝達物質はドーパミン、ノルアドレナリン、エンドルフィン、アナンダミド、セロトニンの5つがあるとされ、とてつもない効き目をもたらします。科学者がフローとピーク・パフォーマンスの関係に気づいたのは100年以上前ですが、フローを企業文化の一部に取り入れるのはパタゴニアなどごく一部で、フローなど起きようがないオフィスで仕事を続ける風習は不思議に思えます。
老後破産は防げる
有り難くない2019年のトレンドに老後破産があります。年収の高い現役でさえ破産する時代は巧妙なマーケティングが生み出した弊害だと思います。マーケティングの仕事は価値のないものに意味を見出し記号化して価値を高めるサービスと言えます。かのボードリヤールはモノの消費は使用価値の消費ではなく、その商品がシンボリックに意味する記号として消費されると言いました。栄養豊富な豆腐やバナナをよく買いますがこれらは物価の優等生でしかも美味しく調理も不要です。一方日本人にとってロブスターは高級食材のイメージがあり人は高い支払いを惜しみません。かつてマサチューセッツ州は過剰に獲れたロブスターを刑務所食として提供していたところついに囚人たちがストライキを起こし食べるのを拒否したと言います。ロブスターテイルとイナゴは生物学的にはほとんど同じ食品とされます。現代人の五感は衰え記号に頼らないとモノの良し悪しが分からないのかもしれません。世間の常識や記号に踊らされずモノの価値を見極めて無用な消費を慎めば老後破産の一定部分は防げると思います。
金より自由が大事
多くの日本メディアを締め出しながら日本と日本人は好きだというカルロス・ゴーンの記者会見には違和感が残ります。日本の刑事司法制度の問題点や社内の陰謀への批判はさもあらんというところもありますが、人間関係のあやを巧みに利用し自分に黙って従うイエスマンに汚れ仕事をさせてきた彼に語る資格はありません。金へ執着し社会の公器である上場企業を私物化する振る舞いを正当化するものではなく、明らかな論点のすり替えです。日産での功績に比べ当然の報酬だとする見境のない強欲は、移民の子として生き抜いたゴーンには当たり前でも日本でもフランスでも報酬隠しで告発された米国でも通じません。日産を救った恩人を多くの日本人が尊敬しその経営手腕から学ぼうとしました。しかしゴーンは終始「報酬」にこだわり「金こそが評価」という彼の人生哲学は日本人には馴染みにくいものです。37億円を費やした逃亡劇はともかくとして、唯一共感できたのは年を重ねれば金より自由が大事という気持ちだけです。