中国のサプライチェーンに組み込まれた日本ではマスクに限らず生活必需品の不足が始まったと伝えられます。製造業を米国に呼び戻すと叫んだトランプは正しかったのかもしれません。武漢熱を引き起こした後も沖縄本島近くに爆撃機の編隊を飛ばし公船による領海侵入を繰り返す中共政府に対し、チャイナプラスワンより踏み込んだ対応をすべきとの論調もあります。闇で売られて権力者の懐を肥やすだけのマスクや防護服を気前よく送ってしまった人たちには日本の感染拡大が見えませんでした。14億人のマーケットがほしい経済界は、一党独裁の人権抑圧政権でもネズミを取るなら良い猫という鄧小平理論を信奉します。近視眼的な思考を防ぐには良質な情報を得ることが必要です。社会人になった頃の客先での会話は「今朝の日経に・・」で始まるのが常でしたが、いまやオールドメディアの有料記事にお金を払う人は絶滅種です。キュレーターが発信するYou Tubeなどが人気をさらってしまえば情報操作も難しくなります。新聞広告を奪ったリクルートに対して昔なら未公開株事件でリベンジしましたが、政治を使って競争相手をつぶすこともできませんから、メディアの世界は多少健全になるのでしょう。
お知らせ
保身による呆れるほどの無駄
政府による今後2週間のイベント開催の中止・延期要請を受け娘の高校の卒業式の謝恩会が中止になりました。卒業式も生徒のみ、もしくはオンラインでの実施が検討されていると聞きます。世間は不要不急の集まりをヒステリックに忌避し始めたようです。一方で中国お抱えのWHOは楽観論を広めることに余念がなく、国賓招待した手前中国に忖度せざるを得ない日本政府の対応にも疑問の声が上がります。日本を席巻するイベント中止の嵐は消費増税で崖っぷちに追い込まれたアベノミクスにとどめを刺しかねません。ムラ社会に生きる日本人は右に倣えが好きですがその背景にあるのは保身だと思います。組織人はあらゆる場合に言い訳ができるように準備しなくてはならず、その有害不毛な仕事が会社を疲弊させます。本来は戦略の観点から考えなくてはならないコンプライアンスは保身の道具にされた感があります。保身、忖度、嫉妬の渦巻く世界はいかなる組織をも非生産的な地獄に変え、ほとんどの大企業が呆れるほど無駄なお金を使っていると思います。
本能と感性を抑圧する大脳
時間ができると森に行きます。八ヶ岳南麓の早朝の登山道を鹿の大群が渡っていきます。歩きにくかったトレイルの岩の上にはカーペットを敷いたような積雪があり走るのに快適です。アウトドアブームとは言えこの時期に森を目指す人はごくわずかですが、静寂に包まれる今の季節の森は内省に最適です。座りながら問うことが座禅なら、山行は歩きながら問う瞑想です。足運びは呼吸とシンクロし、山頂まで規則正しい呼吸に意識を向けていると瞑想と同様の効果を得られます。あるがままに今を見ることで、起こりもしない未来の不安や過去の後悔から解放されます。あまり興味のわかない近所のリゾートホテルには人があふれ、人工的な環境に満足して都会に帰っていく行楽スタイルは健在です。戦後急速に欧米的な暮らしやレジャーを取り入れた日本は大量生産のために皆が同じ夢を見る必要があったのでしょう。人は生まれてから得た知識や見たものを大脳皮質にためていくとされます。ステレオタイプのリゾートホテルが今でも人気なのは大脳に刷り込まれた幻想が人間の本能や感性を抑圧しているからだと思います。
大量消費中毒でも禁欲主義でもない
パレートのいわゆる80:20の法則は様々な場面に使われますが、最も大切な人生の時間の80%はどうでもよいことに費やされていると思います。20%がどこにあるか考えると、昨日のように早朝の森を抜けて雪を踏みながら山頂を目指すとき、真冬の那須湯元温泉の高温浴槽に身を沈めているとき、無我夢中で山岳レースを走っているときなどが思い浮かびます。共通するのは都会に住むことを前提にしなければたいしてお金がかからないことです。海外旅行や外食などの洗練された非日常を本音で楽しめないのは瞬く間に過ぎ去りまた普段の日常に戻る味気なさがあるからです。人生の満足に直結するのは日常生活のなかに何気ない幸せを感じる時間を持つことだと思います。自然を感じながらゆったりと深い呼吸をするだけなら誰にでもできます。人にはそれぞれの生き方がありますが、人体に備わるホメオスタシス(生体恒常性維持)が身体を機能させ思考に秩序を与えることは共通です。ギリシャのアポロン神殿に刻まれた古代の警句は「中庸を知れ」で、ブッダもアリストテレスも森羅万象において中庸を行くことこそ人間の幸福の鍵だと教えました。幸せとは大量消費主義の中毒になることでも極端な禁欲主義や社会から逃避することでもでもないのでしょう。
日本人にこそ悟りが必要
昨日は八ヶ岳に行きました。山はマインドフルネスに最適です。マインドフルネスと言うと瞑想、瞑想というと座禅をイメージしますが、もっとも気軽に行えるのは登山だと思います。修行の方法である座禅は一定の訓練を要しますが、登山には歩行と座禅と瞑想を組み合わせた効果があります。この時期の静かな森は五感を研ぎ澄ませ、世間に向いた目を自分に向けることができます。憂鬱なことがあっても山に入るだけで気分が晴れます。今この瞬間が大切に思え、執着から解放されてシンプルで身軽な生活を送ることの心地よさを思い出させてくれます。不況になっても、シンプルで堅実な生活の良さを知っていれば無闇に悲観をすることもなくなります。スティーブ・ジョブスは禅に深く傾斜し、ビル・ゲイツも日本庭園を愛で、ラリー・エリクソンが南禅寺に家を買ったように、シンプルさを特徴とする日本の伝統文化は海外で評価されますが、日本人の目は欧米型の派手な世界観に向いたままです。日本人は「悟り」と言う言葉を使いますが、意識の構造的な転換が必要なのは日本人の方かもしれません。
美しい国などいらない
昨日八ヶ岳に来ました。三連休ですがどこも渋滞しません。世界中に蔓延してしまった新型ウィルスの騒動は遠からず収束すると思いますが経済への影響は甚大です。同時に一連の騒動は政治のあり方について考える機会になりました。極論すれば平時の政治家は無用の長物ですが非常時の今こそ日本の態度を示すリーダーシップを期待したいものです。21世紀になっても領土拡張に野心を燃やす中共政府のトップを国賓で呼ぶことに疑問の声が上がっています。国賓で呼ばれた英国では日本の残虐さを吹聴してまわりながら、今も人権抑圧を繰り返す中共と付き合うことは正しいのでしょうか。理想だけでは世の中は回りませんが、理想のない経済を回すことも無意味に思えます。あらゆる生物が種の保存の使命を帯びているように日本人には日本の良さを伝える責務があります。日本に根を下ろす仏教は瞑想的な精神を創造し心の奥底から自由を感じる無我の境地に入る神秘的な力を見出します。拝金や強欲の蔓延する時代にこそ日本が世界に伝えるべき精神があるはずです。それは、かつて安倍首相が世に広めた「美しい国」というスローガンのようにいかようにも解釈できる曖昧なものではないはずです。
紀元二千六百八十年の悪夢?
紀元二千六百年に行われるはずだった幻の年東京オリンピックから80年、一番恐れているシナリオに世界は動き始めたようです。ロンドン市長選の現職も対抗馬もオリンピックの経験とインフラを持つロンドンへの誘致を公言し始めました。中国に忖度する日本のリスク管理体制に欧米メディアが疑問を呈した段階で、日本はその伏線に気づくべきだったのかもしれません。歩調を合わせるように米国疾病予防管理センター(CDC)もクルーズ船の中途半端な隔離を批判し中国同等のリスクと警告します。福島原発事故対応のトラウマを欧米メディアは呼び起覚まします。すでに米軍は日本渡航禁止令を敷いていると伝えられIOCがWHOと協議を始めています。数万人が同一空間に密集する世紀のスポーツイベントに万全を期すべきなのは当然です。消費増税でメッキの剥がれたアベノミクスが頼れるのは中国発インバウンドだけですが、間の悪いことに最後の藁となり日本は中国と心中しかねません。楽観は禁物ですがおそらくあと半月もすれば人々は冷静さを取り戻すと思いますが政治は火事場泥棒のように何でも利用するのでしょう。
信頼なくして商売なし
昨日は腰痛の治療に行きました。人間の体は強力な自然治癒力を持つので間違った使い方を正せば腰痛は自ずと快方に向かいますが運動を再開できるまでには至っていません。適切な治療家に巡り会うことはそう簡単ではありません。通いやすいことは重要ですが、腰痛原因を適切に説明してくれること、不遜な態度を取らないこと、無理な勧誘をしないこと、を前提に選ぶと通いたくなるところはなくなります。著作やメディア露出の多いゴッドハンド系に行くと先生然とした態度で説明が断定的なのでコーチ役としては不適切です。昨日も対応は丁寧ですが腰痛メカニズムの説明に飛躍があり腑に落ちず次回の予約を前提に話すことも不信につながります。どこでも共通するのは客の囲い込みに熱心なことで、ライザップのようなサブスクリプション方式を熱心に提案したり、SEOに力を入れているらしくどの検索ワードで店を見つけたかなど本質と関係ないことを聞かれます。これらの人たちが見落としていることは商売が信頼に立脚している点です。信頼関係を築くことは商売の基本だと思いますが、それ軽視する事業者が多いのはこの業界に限ったことではないのでしょう。
学びへの意欲が結果に直結する
終息の見通しが立たない武漢肺炎の都市型アウトブレイクを恐れてか日本の繁華街から人出が減ったように見えます。米国インフルエンザのコロナウィルス説や生物兵器説が飛び交いますが、情報収集で最も効果的なのはユーチューブだと思います。テレビ番組は時間が無駄なばかりでなく有害なのに対して、ユーチューブは聞きたい人に聞きたい話をピンポイントで聞けます。短時間で全体像を掴むためのメディアとしてユーチューブは有効で、もはや退屈な学校の授業などはユーチューブに置き換えた方が子供の学力は伸びると思えるほどです。米国で成果を上げた反転授業のように、授業はスマホと動画で行い教師は宿題のためのコーチ役に徹する時代が来ると思います。かつて本の要約ビジネスが注目されましたが、中身を圧縮することよりも重要なのは伝えるメディアです。短時間で効率的に学べるユーチューブがあればセミナーに行く時間も省略でき、もっと学びたい人にとっては福音となります。デジタルテクノロジーが加速度的に発展するほど経済格差が拡大する一つの背景は広い意味での学びへの意欲が大きな結果に直結する時代に入ったことを示しているのかもしれません。
無批判な都市礼賛
昨日の甲子高原に雪はまばらにしかありませんが日中でも氷点下2度と肌寒い気温です。旅館は問題山積ですがブナの森に佇むと憂鬱なことを忘れます。人生の後半を都市で暮らすつもりはないのですが、武漢ウィルスの問題はその考えをより強固にします。映画の「アウトブレイク」では感染地域ごと燃料気化爆弾で壊滅させようとしますが、はるかに巨大なスケールで同じことをやる中共政府の残忍さに世界は戦慄します。無批判な都市礼賛が後先を考えない脆弱な都市を作ってきたと思います。定住による都市化が富を片寄らせ経済格差が起こり、高い人口密度は病原菌が広がりやすく、日本の大都市には自然災害リスクも加わります。東京圏は人口3,500万人超の世界最大の都市ですが、都市集中はインフラ投資を効率化します。人口ボーナスに地方から東京への人口流入がレバレッジとなり日本の高度経済成長は実現されました。一方で都市は孤独を招きやすく、パリなどの都市部で文明病とされるガンが多発するようになったのはナポレオンの時代とされます。都市化による便利な生活と享楽は人間の体を蝕み、一方で地域の文化を崩壊させてきたと思います。