近所の公園に行くとすっかり春の風情です。昔は夏が好きでしたが今はどの季節も好きです。特にトレイルに程よく雪がついた降雪期の山の魅力を知ると冬が過ぎ去る気配に寂しさを感じます。人生は四季に例えられますが、人生100年時代なら四半世紀ごとに季節が移り変わることになります。日本人は若さへの信仰が根強いとされますが、どの季節にも魅力があるようにどの年代にも喜びを見出すことができます。これまでは成人前後まで教育を受け、65歳までひたすら働き、その後は引退して余生を楽しむ3つのステージの単線的な人生を送るのが常でした。昨今は「自分はどう生きたいのか」という問と向き合うマルチステージの人生、すなわち仕事一辺倒、キャリア一筋で自分をすり減らす働き方を避け、柔軟に自分らしい人生を組み立てる生き方が奨励されます。一方で長い人生を貯蓄で賄うことが難しく会社も年金もあてにならない時代は、できる限り健康に過ごし、より長く働くことが求められます。第一の人生がお金のためにピークを目指す働き方なら、第二の人生の働く意味は、時間という保存できない日常を自分の本音で生きることでしょう。
お知らせ
エキセントリックな日本人

外資による不動産開発が活況を呈する富良野では、ポストコロナを見据え100平米2億円のコンドミニアムが投資目的で買われていると伝えられます。一方で富士山や海一望で温泉のついた70平米ほどのそれほど築年の古くないリゾートマンションが100万円を切る価格で売られる二極化現象が見られます。優勝劣敗の鮮明化と考えるより、冷静にビジネスチャンスを捉える必要がありそうです。インバウンドバブルの熱狂に加わった人はしばらくその言葉さえ聞きたくないでしょうが、やり方次第では再び高い成長が狙えるのでしょう。マスクの有効性は未だ確かでないのに、マスク警察は進化して布製やウレタン製のマスク着用を攻撃する不織布マスク警察が注目されます。感染は1月の第一週にピークアウトしているのに、感情に突き動かされる日本人は世界最大の飲食街を抱える東京の外食産業の破壊に加担します。批判されて然るべきとは言え森会長の発言へのポリコレ全体主義的な容赦ない一斉攻撃にも違和感を覚え、振れ幅の大きいエキセントリックな国民が増えた日本は冷静さを欠いた物言えぬ国に向かっていると思います。
時間は意志で変えられる
2021年は激動の1月が終わりました。下一桁が1の西暦には不吉な出来事が起こると信じる人もいて、10年前は大震災が東北を襲い、その10年前にはニューヨークがテロ攻撃を受け、さらに前は湾岸戦争が始まりました。遠い古来に起源を持つ十二支や60年周期説など天体の動きが人間社会に及ぼす影響を信じる人も少なくありません。人体が月の周期の影響を受けるように、時の制約に人は運命づけられます。もし時間の束縛から自由になれるとすればそれは意志の力でしょう。スティーブ・ジョブズは毎日が人生最後の日と思えるほど苛烈な生活と引き換えに短い人生を終えました。使い切れないほどのお金をつぎ込んでも時間を止めることはできませんでしたが、人々の生活を一変させる悠久の時を生きたと思います。百寿者の多くは自分の年齢がたいそうな歳だとは思っておらず、身体の機能バランスや酸化ストレスへの抗酸化防御には個人差があります。同じ年齢でも相応以上に老ける人もいれば若々しい人もいて、高齢者というレッテル貼りやリタイアという人生イベントなど、歳を意識させる習慣はなくすべきでしょう。生物学的な年齢は歳月の力ではなく自分の意志によって変えることができると思います。
忖度文化は悪くない
昨夜娘が香港のクラスメイトの宿題の添削をしていました。英語力では遥かに劣る日本人がなぜ添削をするのか不思議に思いましたが、娘いわく日本以外の海外の友人たちは自己主張が強い分教師の出題意図を汲まない傾向があるそうです。日本人に強く見られる忖度文化は他人の気持をおしはかる美徳である一方、過剰な忖度が問題になります。組織を動かす原動力は嫉妬とも言われますが、忖度、保身、嫉妬の渦巻く組織は非生産的です。忖度し合うことで敵を作らずお互いの立場を守る風土も弱肉強食のビジネス界を生き残ることはできません。大脳新皮質は本能や感性を抑圧して人間関係を良くしようと感情を押し殺しますが、忖度する側もされる側の心にも多くの場合悪影響が及びます。ストレスの多くは人間関係と言われますが、悩みはすべて人が作り出した人工物であり、突き詰めれば心の汚れに起因するものでしょう。昨今企業にマインドフルネスが浸透するのは他人への優しさの欠如に対する不浄を取り除く禊なのかもしれません。
美食かつ微食
人が一生を過ごす時間のうち体調が良いと感じる瞬間はどの程度あるのでしょうか。深刻な症状が無くても生活習慣病予備軍や原因不明の不定愁訴を抱える人は多く、増え続けるアレルギー疾患に加え、運動をする人なら腰や膝に悩みを抱えがちです。振り返って見ると肥満している頃は様々なアレルギー疾患や膝の故障、胃痛などに悩まされましたが、痩せて運動を始めると不調は消え、自分史上最も今が健康体に近い状態だと思います。健康常識は何を信じても裏切られることが多いのですが、少食と運動だけは誰にでも通用する昔からの健康常識でしょう。少食はハードルが高いと感じる人もいますが、もっとも簡単な方法は食間を16時間以上あける間欠的断食です。朝食を抜くだけの話で、食べる瞑想により丁寧に食事をすれば何を食べても美味しく感じる美食かつ微食になります。なるべく少食にして体を動かすだけでガンを始めとした生活習慣病のリスクは劇的に下がり、幸せな感情が持続し医療費の多くも不要になります。
ホテル愛が招いた経営不振
帝国ホテルがサービスアパートメント事業を始めると伝えられます。ホテルグランドパレスの営業休止や霧島国際ホテルの廃業など老舗の経営悪化やオークラのダウンサイジングを見るとタワー館の99室をアパートに切り替えることに驚きはありません。新事業を育てる試みと日経新聞は報道しますが、サービスアパートメントは馴染みのある宿泊業態で、ホテル産業と区別する発想がこの業界を苦境に追い込んだと思います。賛否がありそうな一ヶ月36万円からという破格の料金設定は帝国ホテルの危機感を示します。新たに開発したルームサービスメニューは月額6万円、洗濯が3万円で利用できるならもはやホテルは著名人のための高嶺の花ではありません。宿泊業の黒字企業割合は18.0%(TKCの昨年9月期データ)で、これは飲食業の23.2%、小売業の43.3%、卸売業の50.8%、製造業の45.8%、サービス業の55.0%、建設業の58.3%と比べ最低で、93.5%という高い損益分岐点比率によりコロナ禍の影響をまともに受ける今後の決算では大半の企業の赤字化は明らかです。昔ながらのホテルを愛する気持ちが経営不振を招いたのなら皮肉な話です。
心身分離対心身一如
国際比較調査によると、コロナワクチン接種を「ぜひしたい」と回答した人の割合はブラジル68%、英国66%に対して日本は17%と調査対象国15カ国中最低でした。感染者や重症患者数を抑えているとは言え、世界一薬を消費する日本でワクチンが嫌われる理由は不可解です。ワクチン推進派は、過去100年間に寿命が伸びた背景にはワクチンの影響が大きく、確率論からしてワクチンの有効性には疑いの余地はないと主張します。一見理性的なこうした意見が見落としているのは、すべてのワクチンが有効とは限らないことと副作用の将来リスクが想定できないことだと思います。群馬県医師会の7万5千人を対象としたインフルエンザワクチンの調査では、打っても打たなくても羅漢率は同じでした。人間の生涯を通じた治験データは存在せず、日々健康常識は書き換えられています。米国ではワクチン接種を義務化した州知事が製薬会社から多額の献金を受けて問題になりました。医師が確率論を信じプラシーボ効果を嫌うのは西洋医学の成り立ちが心身分離だからであり、心身一如の立場なら自分が確信する方法の選択が正しいのでしょう。
存在するのは自覚だけ
2月7日に期限を迎える緊急事態宣言を1ヶ月延長する方向で調整に入ったとされます。なんとしてもオリンピックを開催して景気と支持率を浮揚させたい政権としては止む得ない選択なのでしょう。人間の意思決定のうち理性的、論理的なものは2、3割でその多くは感情に支配されます。感情的に生きれば悲観論に傾くのは人間の脳が生き残りのために悲観バイアスが強く働くからです。これから到来する状況は好ましいものではなさそうですが、破壊のもたらす良い面は新しいことが生まれる点でしょう。先行きの不安を抱えていても、自分の意志を失うことがなければ何とかならないことはありません。生きていくのに必要なものが増えるほど心配事が増えるように、最低限で暮らすことに満足を感じられるなら願望を追って執着を増やすより平静でいられます。人間の知覚は生理学的変化に慣れるためにやがて自粛生活にも慣れます。振り返ればわれわれは何を得ても満足できない快楽順応という儚い幸せで生きて来たことがわかります。人生に起こるすべての変化が流転の一部だと理解するなら、そこにあるのは自らの存在の自覚だけと気づくのでしょう。
健康の差は信仰の差
今の時期は自分と両親の確定申告をします。年に2、3度クリーニングで歯科医に行く以外に医療費は使いませんが、両親の医療費は膨大です。身の回りのことは一応自分でしますがいわゆる薬漬けです。医者を軽信し言われるままに従っていると誰しも薬漬けの人生を送る可能性が高まると思います。年を重ねれば高血圧はむしろ正常な反応なのに正常とされる数値は恣意的で簡単に病人や予備軍を生み出せます。現代医療が悪いと言うつもりはありませんが、経営がシビアな民間病院が多く、薬や医療行為を増やすほど利益が出る構造は一般企業と同じです。健康長寿を寿命と看做す欧米に対して、日本が世界最高レベルの長寿国であることは生かさず殺さず長く収奪し続けているからと考えることもできます。圧倒的な知識と情報量で優位にある医師に背いて薬を止めることなどできません。一方で薬や医者の世話にならずいつまでも自立して生活する人もいます。両者の違いは、年を重ねればやがて体は弱り誰しも病気が当たり前と考えるか、正常に扱えば人体は死ぬまで変化しながら健康体でいられると信じるかの信仰の差だと思います。
人生に隠された可能性
昨夜娘がインターン先の農家から戻りました。昼間は農家で作業をして日本時間の夕方から始まる英国の大学の授業をオンラインで受けられ、場所の拘束が消えることで時間が生み出され可能性が広がります。インターンは今でこそ一般化しましたが、学生時代に仕事を体験する経験の乏しかった自分の世代はその可能性が見えないままに終身雇用に身を投じて来ました。遠隔地との距離を消すテクノロジーは随分以前から存在しながら、企業も教育機関も医療機関も非接触を強制されるまで活用しなかった理由は単に長年の習慣を崩したくないからでしょう。対面授業に勝ることはないにしても一方で自由と自らの可能性を奪われてきた代償は少なくありません。企業や学校や病院を画一的なものとみなしその可能性を制限してきましたが、破綻と創造は紙一重のはずです。リスクに過敏に反応する日本人は否定的な意見によりさまざまな可能性を摘み取ってきたと思います。いくつになろうとも人生に隠されている可能性を知るなら人間は若いままでいられるのでしょう。