最後の既得権益とも言える大手メディアの苦境が伝えられます。電波利権はインターネットにより侵食され番組編成で大物タレントを外す動きも見られます。ネットフリックスやYou Tubeで見たい映像をいつでも見られる時代にテレビを見る理由などありません。不安を煽り過ぎて経済を破壊しクライアントからも見捨てられ始めたのでしょう。一方のSNSもフェイクであることには変わらず距離を置く動きも見られます。都合よく切り取られたフォトジェニックな生活が、見た人を不幸にする点ではマスメディアと同じなのかもしれません。もはや死語となったインスタ映えですが、捏造された写真に人は飽き始め、投稿する本人もおしゃれな生活を演じることに息苦しさを感じるはずです。生活水準を上げることに目が行くとお金のことばかり考えるようになります。収入が上がれば生活や交遊関係が派手になり、浪費生活を維持するためにやりたくない仕事を続けることになります。結果的に家族もお金に縛られ毎年ハワイ的な生活から抜け出すのが難しくなります。お金に縛られることなく自分が大切にしたいことと向き合うことが人生を豊かにするのでしょう。
お知らせ
物理法則の最終審判
先月ロサンゼルス近郊でタイガー・ウッズが単独事故を起こし重傷を負ったニュースに衝撃が走りました。道路から大きく外れた見慣れない車の映像も話題を呼びましたが、現場は緩い下り坂のカーブで、45マイル制限の道路を7、80マイルで走っていたとされます。樹木に衝突し横転した派手な事故にタイガーらしさを感じた人もいるでしょう。ポルシェカレラGT、ベンツSLRマクラーレン、AMG S65などいずれも600馬力を超える高性能車を所有するタイガーですからその運転スタイルは容易に想像がつき、同じ感覚で運転をされたなら大会スポンサーであるヒュンダイのジェネシスGV80にとっては迷惑な話です。タイガー自身は事故当時の記憶がないと話しており、ブレーキ痕がないことから居眠り運転も疑われます。タイガーは過去にも事故を起こしたことがあり、安全が守られるゴルフの試合とは異なり、自動車の運転というある種のエクストリームスポーツは物理法則の最終審判を受けることを学ばなくてはならないのかもしれません。
ジャンキーの境界
福島で旅館をしている頃は朝食に業務スーパーの天然酵母パンを出していて、厚切りのトーストをオリーブオイルで食べるのが好きです。今でもこの食パンが無性に食べたくなり近所の業務スーパーに時々行きますが、同店のベルギー産トリュフチョコレートとともにこれらは安全かつ安価な合法ドラッグだと思います。特定成分のみを集める精製度が高いほど中毒性が強く、小麦と糖質を摂取して血糖値が上がると脳内でドーパミンが分泌され美味しいと感じ幸福感に浸れます。人を夢中にさせるエクスタシー経済は年間4兆ドルと試算され、中毒症状がエスカレートすれば収入のかなりの割合を使い、身体と生活を破滅に導く人も出ます。中毒になる理由は夢見る効果がやがて逓減してしまい摂取量を上げないと満足できなくなるからです。安全に使用するためには脳の報酬回路を制御する必要があり、摂取の間隔を16時間以上開けることで中毒になることを防ぎ、同時に糖質制限のメリットを享受できると思います。高揚感をもたらしストレスやつらいことを忘れさせてくれる食べる喜びを健康的に楽しむためには自分なりの自主規制が必要なのでしょう。
コンビニ受診が犯人?
昨年の医療費が過去60年で初めて対前年減少となりました。毎年2~3%程度増加していた国民医療費が前年度から2~3%台の減少となり、国民皆保険が施行された1961年4月以来異例の珍事とされます。感染症流行に伴い不要不急のコンビニ受診が控えられ、ウイルス干渉による感染症が激減したことも理由でしょう。医療技術の高度化、高薬価医薬品の開発、国民の高齢化に伴う医療費の自然増がこれまでの常識でしたが、興味深いのは受診の抑制が健康悪化につながっていないことです。人口動態統計によると昨年1~10月の死亡者数は前年同期比で14,315人減少しており、こちらも例年にない珍事です。ウイルス対策の強化が他の感染症の死亡者を減らしたと考えられますが、皮肉な見方をすれば医療へのアクセスを絶つことで健康になったとも言えます。過去30年医師の数とガンなどの生活習慣病がパラレルに増加している事実を知るなら医原病の影響は排除できないと思います。コンビニ受診のみならず、栄養剤や風邪薬を気軽に用いる風潮が健康を害していることもやがて明らかになるでしょう。
残るのは虚しさと生活習慣病
高級官僚13人が繰り返し接待を受けた問題で事務次官候補と言われた内閣広報官が辞職しました。相も変わらぬ政官業癒着の馴れ合い金権体質はコロナ禍に苦しんでいる世間とは隔世の感があります。息子を政務秘書官に起用して顔をつないだ上で利害関係が明確な会社に就職させた総理、予算委員会の質疑で菅さんの息子とは知らなかったなどと見え透いた答弁をする高級官僚らの緊張感の無さは嘆かわしいばかりです。夜の銀座でわずか数時間に一人3、40万使う人にとっては7万の接待など物の数ではないでしょうが、標準的な市民感情とは乖離します。金を使うことに意味を見出す虚栄心は貧しさの裏返しでしかなく、過ぎ去ってしまえば華やかな日々は虚しさと生活習慣病しか残しません。人生の成功者ほど豪奢な生活をしているとイメージ操作されますが、執着と失う恐怖にいつも支配されることになります。仏教における三界のように、あらゆる宗教は欲望にとらわれる欲界を最下位に置きます。欲望を超越し物質的条件にもとらわれなくなった時、初めて心の平穏が訪れるのでしょう。
美と官能と逃避の理想郷
週末にジェフリー・バワの本を読みました。20世紀のアジアを代表する建築家の一人で現代のアジアのリゾートホテルは何らかの形で彼の影響を受けているはずです。最も強い影響を受けかつその世界観を世に知らしめたのはアマンリゾーツで、借景とプールを一体に見せるインフィニティプールなどは一例でしょう。トロピカル・モダニズムの熱帯建築家と称されるバワですが、その生涯は変革と融合の連続であり、コロンボの自宅と郊外のカントリーハウスを生涯改造し続けました。ヨーロッパ人とアジア人のアイデンティティを持つ洗練された同性愛者であり、華やかさの反面ミステリアスで人間らしい葛藤の狭間で生きたように見えます。彼の死後18年でバワ建築のいくつかの建物が取り壊され、認識できないほど改造されましたが、彼は熱帯建築家というレッテルを嫌い、遺産として作品が残ることは避けたかったと思います。クライアントの求める機能性の要件を明確にすることから設計は始まり、前提が変われば設計やデザインは意味を持たないのでしょう。彼のファンが未だにスリランカ詣をするのは作品に共感するからではなく、彼が美と官能と逃避の理想郷を生み出して行くプロセスをトレースしたいからだと思います。
少なく食べる贅沢
身近に自然が少ない都心で過ごすと運動不足になりがちです。体重を一定に保つには食べる量を調整することが必要で、朝食を摂らずにごく軽い昼食と夕食だけの1.5食の食べ方は無理なく食べる量を抑えられます。午前中に多少の空腹を感じますがその食欲がどこから来るのか意識を向けると、それが嗅覚から始まることが分かります。嗅覚が五感のなかで唯一大脳新皮質を経由せずに直接海馬や扁桃体につながるのは、生存に必要な栄養素を嗅ぎ分ける機能があるからでしょう。空腹を客観視できるとそれは耐え難い欲望ではなく、昼食が待ち遠しくなり食べないことを楽しめます。昼食はごく少量にして食事に集中して時間をかけた動的瞑想にします。16時間以上の食間をあけても少量で満足でき、注意深く味わうことが贅沢な食事であることに気づきます。ストレスを貯めない方法は昼と夜の食べ方を変えることで、夕食は一切の制限なしに食べますが、実際には食べる量は自ずと抑制が効きます。家畜化された現代人は運動機能と視覚、聴覚、嗅覚、味覚の感覚器官を退化させたと考えられますが、原始の祖先と同じ飢餓環境で五感を研ぎ澄ますことが感情の暴走を抑えると思います。
豊かな人生とは賢い消費者になること
近所の商店街ではマクドナルドやバーガーキング、サイゼリアといったチェーン店ばかりか、採算度外視に見えた個人商店までが閉店し、シャッター街は地方都市だけの問題ではありません。自宅から最も近いセブンイレブンが15mほど移転して新装開店し、一部商品の30円引きと福袋のプロモーションで客を集めていました。福袋は人間の生存本能ともいえる損得感情に巧みに訴え、買う必要のないものを買わせます。ニーズの無いところに需要を生み出す福袋のマジックはあらゆる分野で活用されます。増量中というお得感を演出するのも一種の洗脳で、消費者に内容量あたりの価格を計算させて無駄に大きなポーションに誘導します。1950年以降の世界経済の繁栄は不要なものを買わせる無限再生の福袋経済で潤ってきたと思います。消費の満足ではなく購買に満足を感じさせ、無用な物を買い込み、無駄に大きな冷蔵庫で腐らせ、もったいないからと無理に食べてしまいます。豊かな人生とは賢い選択をすることを通じて賢い消費者になることでしょう。
1984は現実世界
「国民のために働く内閣」として発足から5ヶ月の菅政権が、森おろしに自信を深めたマスメディアのターゲットになっています。首相の息子らしからぬ写真を見せつけられると、菅さんを擁護してきた人達も沈黙せざるを得ません。外見で人を判断してはいけないのですが、内面は外面に現れます。バイデン一家ほど深刻でなくても政権トップとして国家運営を任せて良いものかその資質を不安視するのは正常な反応だと思います。苦労人のトップ故に家庭を省みる余裕がなかったのかもしれませんが、人々が大枚をはたいてダイエットに勤しむのは、自己管理ができない人物とみなされたくないからです。出身母体の役所の問題だけに息子は息子と強弁するにも限界があるでしょう。嘆かわしいのはスキャンダルを暴く週刊誌ぐらいしか、マスメディアに存在価値が見出せないことです。ウィグル問題や尖閣問題など内外に深刻な脅威がありながら、コロナウィルスが沈静に向かうと別の些細な問題で国民感情を煽り社会問題の本質から目をそらせる手口を見ると、ジョージ・オーウェルの1984はまさに今の現実世界なのだと思います。
日本には産業博物館が必要
昨日FB友達の投稿を見ていて、以前見たゼロ戦とスピットファイアの展示を思い出しました。タイプ394と呼ばれる後期型のスピットファイアは息を呑むほど美しく、現代のエアレースでも通用しそうな芸術品で、その場に釘付けになりました。航空力学が生み出した偶然の産物ではなく、戦争という非常事態にあってさえ設計者は作品として美へのこだわりを捨てなかったのでしょう。一方のゼロ戦はセンチメンタルの入り込む余地のない兵器特有の機能美に引き付けられます。1943年2月のポートダーウィン上空で交戦した両者は、長時間飛行で飛来した零戦が5機喪失したのに対して、レーダー管制で待ち伏せ迎撃したスピットファイアは42機を失いました。ロンドンにある国立科学産業博物館に行くと産業革命発祥の地らしく英国製造業の底力を見せつけられます。同じくロンドンにある大英帝国戦争博物館は歴史博物館でありながら、戦争が起こした産業のイノベーションについて学べます。製造業の復活を嫌った占領政策のためか日本には実質的な戦争博物館がなく、現在に至る産業史を学べる博物館が身近にないことは経済衰退の一つの遠因だと思います。