美醜を決めるのは心の状態

世界情勢が大きく動くなかで参議院選挙への関心が高まります。安泰と思われていた岸田自民がここにきて場外乱闘に巻き込まれているようです。選挙につきものの醜聞合戦も盛んで、楽天社長の怪しげなパーティーが注目されます。戦争当事国のウクライナ人モデルや未成年者を含む女性を集めたとされるパーティーに、総理の右腕の官房副長官が出席していたというのが事実なら痛手でしょう。かつては爽やかなスポーツマンのイメージがあり、新しいタイプの財界リーダーと目されてきた楽天社長ですが、いまやその面影は失せ、精悍とは言い難い残念な感じです。人の美醜を決めるのは心の状態であり、欲に埋没すればそれは表に出るものでしょう。抑制の効いた爽やかな成功者がこの国に現れるにはまだ時間が必要なのかもしれません。暴露系YouTuberやSNSで急速に拡散されるネガティブキャンペーンは20代30代の浮動票に影響を及ぼしそうです。

人類史最大のパラドックス

進歩の概念は常に選択肢を増やすことでしたが、それは必ずしも幸せをもたらさなかったようです。日本に生まれたことを感謝するのはグルメ大国だからではなく、レクチンを無毒化する納豆などの発酵食文化が発達しているからです。レクチンの排除をはじめとした健康な食事を忠実に守るならスーパーに行っても、ましてやデパ地下などで買える商品はありません。大半の人は美味しい食べ物をあきらめてまで、健康になりたくないと考えますが、美味しさをあきらめる必要はないと思います。わずかに残された、食べてもよい食品を少量口にするときの味わい深さはまさにマインドフルネスで、エモーショナルな美味しさをあきらめる代償として十分です。生活習慣病が蔓延する飽食社会においては、ほとんど食べないことが最も健康という人類史最大のパラドックスを受け入れ、止めることの清々しさのなかに味わい深い食べる喜びを感じたいと思います。

食べるものがなくて当然

ジョコビッチによりグルテンフリーが話題となった全米を震撼させたのはレクチンです。グルテン問題などレクチンという巨大氷山の一角に過ぎません。不定愁訴の主因は医学界が認めようとしないリーキーガット(腸もれ)の可能性が高く、その特効薬はレクチンの排除です。とりあえず1か月ほどなるべくレクチンを止めることにしました。もやし、豆腐、きゅうり、ナス、トマト、豆類、果物など日常的に買っていたものはいずれもネガティブリストに入り幸か不幸か買うものが見当たりません。人類の繁栄を支えてきたはずの植物が我々を殺そうとしていたパラドックスを信じるなら食べるものがなくて当然でしょう。もはやカルト宗教並ですが、糖質制限から肉食制限へと順調?に歩みを進めて来たので一日のカロリー900kcal以下という制約はむしろ歓迎です。怪しげな現代栄養学よりは米国を代表する心臓外科医の言うことを試してみます。

最凶の敵レクチン

米国の心臓外科医スティーブン・R・ガンドリー氏の著書「老けない食事」と「食のパラドックス」を読みました。植物が動物と戦うための武器であるレクチンは人の健康にとって最凶の敵との主張です。自分の健康観を揺るがす内容で、小麦や砂糖、肉類は当然としても、健康的だと思っていた果物(アボガドを除くほぼ全て)、玄米、そば、あらゆる豆類、トマト、ナス、キュウリ、豆腐までもがネガティブリストに入ります。著者の主張を受け入れるなら、何が食べられるかというポジティブリストを頼りに生きることになります。大好きな赤飯や玄米も手放す必要がありますが、ごはんを白米に戻して一汁一菜にして、味噌汁の具と漬物の野菜に注意をすれば条件を満たすことはできそうです。天然の魚や発酵させた納豆、キノコ、海藻類は食べても良いので、悲観すべき内容ではないのかもしれません。

制約が生む幸せな食事

酷暑の時期は東京を離れる日が増え一人暮らしをします。必然的に料理をしますが、一日一、二食なので、調理が煩わしいと思ったことはありません。ごちそうを作るつもりなど元々ありませんから、作るのも簡単です。家にある食材を入れた味噌汁や納豆、漬物、ご飯といった日本の伝統食は俗に粗食と呼ばれますが、飽きることなく毎回美味しく食べられます。小麦や砂糖、レクチン、肉、乳製品、添加物を最小化しようとすると世間で食べられている多くの食品はネガティブリスト入りしますが、食べられるものが少ない方がメニューに悩まず好都合です。お金を稼いで生活が向上すると期待値も一緒に上がるので満足は永遠に訪れません。満足の分母が大きい人は分子にはミシュランレストラン的な料理が必要になります。一方で、制約によって自動的に食べ物を制限すれば分子が粗食であっても幸福ホルモンの分泌量は変わらないと思います。

携帯で助けを呼べる?

昨日は西岳経由で権現岳手前にある、のろし場(2,530m)にラブラドールと登りました。山に登りながら自分と向き合うには自分のペースで歩める単独行動が理想ですが、人間よりはるかに走力があるにもかかわらず影のようにピッタリと寄り添うラブは、ペースを乱さない最良のパートナーです。何が起こるか分からない山では単独行は避けるべきですが、勝手を知る八ヶ岳南部であれば、ある程度のリスクは想定できます。他方で、標高2,500m前後の山域は気象変化や滑落が致命傷となる可能性もあり、朝の散歩程度の山行でも、応急処置用になるバフ、防寒具、予備電源、ライト、非常食などセルフレスキューの備えが必要です。一方日常生活に目を向けると、食料危機や必ず起こるとされる首都直下地震、富士山の噴火に対して、多くの都市住民がほぼ無防備なのは、山で何かあればすぐに携帯で助けを呼べると勘違いしているようなものかもしれません。

静と動の幸せ

昨日は夏山シーズン最初の西岳、編笠山に行きました。昔は意を決して行くルートでしたが、今は冨士見登山口から一周最速2時間半の足慣らしの山です。トレイルランニングが健康に良いと思うのは、人類が長年行ってきた運動に最も近いからです。人体は長距離を走ることにも短距離を早く走ることにも適応しますが、おそらく狩猟採集の時代は長距離を徒歩で移動しながら時々走り、獲物を追い込む時は全速力で走っていたと想像します。登るときは森の清涼な空気を吸いながら規則正しいリズム運動によりセロトニンが分泌され、山道を駆け降りるときは脳からの指示が筋肉に届くよりも早く原始時代の脊髄反射が蘇り体を動かします。いわゆるゾーンに入る感覚はドーパミンが分泌されているのでしょう。静と動の幸せホルモンを同時に分泌できるスポーツはトレランを置いて他にはないと思います。

人生を変える旅

以前書店で見たブルータスの特集は「人生を変える1泊旅」でした。人生を変えるとは、その影響が生活を一変させるほどの現実の行動として現れる必要があります。先日のサウナ泊以来多少誇張して言えば、自分の生活は一変しました。妻が買ってきた赤福3個を餞別代りに食べた後は身体に悪い食品を自分比5分の1程度まで削減することにしました。最初の行動は家にあった大好きなピーナッツかりんとうを処分することです。砂糖、小麦、ピーナッツという三巨悪で作られた食品が身体に致命傷を負わすことは頭では分かっていても心で許していました。娘が某ミシュラン系のベーカリーでアルバイトをするのですが、パンなど論外で大目に見ることをやめました。サウナでの48時間断食のあと意気込んで出かけたスシローで、ほんの数皿食べてすっかり満足した衝撃が脳の回路を書き換えたようです。地球上で最も美味しいと信じている熟したバナナも例外ではありませんが、問題は3か月後もこの生活が続いているかでしょう。

止めるだけで健康になれる

2日間の断食明けの食事はスシローに行きました。回転寿司の良い点は食べた量を可視化できることです。シャリもネタもどことなく小さくなった気がしますが、皿数は普段の6割でデザートも食べたくありません。断食により体が正常な食欲を取り戻し、これが本来、体が欲する適正な食事量だと思います。誘惑さえなければ断食は難しくなく、ただサウナに入るだけの恵比寿のドシー℃は最高の環境です。翌日の睡眠時間は普段より長く、目覚めが爽快なのはサウナの効用でしょう。カプセルホテルやホステルには何度か泊まっていますが、意外にも静かで耳栓を使うこともありません。高級なホテルに泊まりスパを利用すれば一人1泊10万円コースですが、2,500円の断食サウナでも、それと同等以上の健康効果を体感できます。健康をお金で買う人は身体に良いとされる消費対象を探しますが、体の炎症を招く食事を止めてサウナに入るだけで十分健康になれるのでしょう。

共感を得られない感覚

都心のサウナ1泊旅行に行き、新月に向けて2日の断食をしたので、要した費用は2,500円だけです。ロウリュができて雰囲気のある本格的なフィンランド式サウナに3セット(サウナ、冷水、外気浴×3)を6回ほど行い皮膚の血色は良くなり、良質な睡眠が得られて解毒らしき効果を実感できます。サウナで居合わせた同年配の肥満気味の男性は、気の毒なほどの荒い息づかいで、むしろ寿命を縮めているのかもしれません。価値のある旅行とは何かを考えます。もし2,500円の一泊旅行がそれなりの価値を持つのであれば、必然性がない限り宿泊に1万円以上自己負担したいとは思いません。宿泊関連の仕事をしてきたので、自分が消費者になっても完全な消費者目線になることは困難です。何らかのビジネスのインスピレーションを与えてくれることが宿選びの基準なので、世間的な評価と自分の感覚がかけ離れていることも多く、宿選びに共感は得られないでしょうが。

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