半分以下のエネルギーで生きられる

夏野菜の美味しい季節になり、ついつい生野菜を食べ過ぎてしまいます。低下した消化力を回復するために1日半ほど食事を抜きました。身体は酷使しても滅多に不満を言いませんが、それは回復に十分な時間がとれる場合に限られると思います。一方で断食により胃腸を休ませると今度はスタミナ不足に陥ります。24時間断食の後に、山などで4,000kcal前後の強度の高い無補給の運動をしても問題はありませんが、2日を超える断食をするとスタミナ不足が現れます。今の食生活は一日1,000kcal前後のエネルギーを摂取していますので、これで4,000kcalを賄えるのは自分の身体がエネルギーを産生していることになります。カロリー制限と運動により活性化するオートファジーなどによって、現代栄養学が推奨するエネルギー量の半分以下で、人は生きられるのだと思います。もし現代の栄養学が正しいのであれば、肥満が社会問題化することはないのでしょう。

今こそクラウン

これまでに買った唯一の国産車は旅館用の軽トラックですが、今後買う可能性があるのはジムニーとN-VANです。これ以外にあるとすれば今月15日に発表された16代目クラウンをおいて他にはありません。日本経済の屋台骨であるトヨタが満を持して送り出したクラウン67年の歴史は「革新と挑戦」の連続で、世界的にも稀有な老舗ブランドの所以でもあります。目隠しをされて乗っても、動き出した瞬間に分かる剛性感や乗り心地、静寂性がもたらす独特の世界は、ロールスロイスと同等かそれ以上だと思います。高度成長期は大半の少年が自動車好きで、その頃の憧れは生涯消えないと思います。豊かさの象徴の中心的存在であったクラウンには、WLTCモード・リッター22.4kmという先端的な内燃焼機関こそが本当のエコであることを世界に示してほしいものです。日本国民は今こそクラウンを買って自動車産業を支えるべきでしょう。

食事は快楽や義務ではない

リーキーガットの主犯と目されるレクチンを排除する上で、ぬか漬けは重要です。玄米がネガティブリストに入るのは痛手ですが、祖先の知恵は偉大で、精米したぬかを野菜の栄養価を高めるために用いてきました。大半の野菜はぬか漬けになり、自生しているフキやワラビ、根菜類の葉なども活用できます。エリンギ、椎茸などレクチンを含まないキノコも美味しく食べられ、副々菜である漬物が主役になります。食生活が豊になる反面、食費と手間は半減し、より健康的で将来への不安もなくなります。チャック付き容器なら冷蔵庫で発酵スピードをコントロールしたり、旅先に持って行くこともでき便利です。面倒と敬遠していたぬか漬けですが、日々変化するぬか床はペットや植物と同じで、同時に栄養価の高い料理を作り、食生活を商業主義から取り戻してくれます。食事は自分の身体と対話をするためにあり、快楽や義務ではないことを思い出させてくれます。

たかが一食されど一食

最近のマイブームはぬか漬けです。買う漬物は微妙に口に合わず、他方美味しい漬物は高くて日常使いになりません。塩加減やたしぬか、漬け時間により酸味を調整できるぬか漬けは一日で漬けられます。乳酸菌が豊富で野菜のビタミンB群は5倍から10倍に増え、買う漬物に比べてコストが半減しより安全です。ご飯と味噌汁、納豆、ぬか漬けだけでこの先の人生を生きていけると考えると豊かな気分になります。一日一、二食しか食べませんので、栄養素を摂り入れる貴重な機会である食事がますます大切です。とは言えたかが一食に大金を払うつもりはありませんし、されど一食で一食たりとも無駄にしたくありませんから、ぬか床の温度や水分管理は欠かせません。美味しさの捉え方は人それぞれで、贅沢な食事が脳の喜ぶエモーショナルな美味しさに対して、ピュアな食生活がもたらす美味しさは体全体にしみ渡るマインドフルネスな感覚です。

36年ぶりのトム・クルーズ

今更ですが、まわりの評価が高いトップガンマーヴェリックを見ました。偉大な前作を超えたとは思いませんが、痛快娯楽として楽しめました。ストーリーにリアリティはないものの、この映画の本領は続編制作に36年の時が流れたことだと思います。自分にとっては主演のトム・クルーズが同世代であり、前作が公開された年に社会人になったこと以上でも以下でもありません。75歳の男性グループに20年前の時代を再現した修道院で1週間生活してもらうと、全員が積極的に身の回りのことを始め、肉体年齢や知能テストに明らかな若返りが見られたカウンター・クロックワイズ研究を思い出します。体が言うことをきかなくなるのは年のせいではなく、年を取ることに対する思い込みが原因だという研究の結論を、36年ぶりのトム・クルーズが体現していることこそこの映画の価値でしょう。

道端の草花を活けるだけ

最も簡単に幸せになる方法は道端の草花を活けることだと思います。都会でも広い公園や河原には美しい花が咲きますが、気づかないだけです。無機的な部屋はこれだけで明るくなり生命力をもらえます。花屋さんに行けば美しい花が手に入りますが、おそらく感じる幸福度は変わらないはずです。花であれ食べ物であれ、基本構造は同じでしょう。われわれはいつでも幸せになれるのに、お金で買う幸せだけが唯一の方法だと錯覚させることが市場経済の原動力です。欲望と恐怖は人を操る常套手段ですが、至るところに快楽のある生活では欲望とお金が結託した悪夢から覚めることはありません。貪欲な臓器である脳は常に快感を求め、強い習慣性があるために絶えず増量しないと快感を得られなくなります。大脳新皮質が作りだす幻想に支配される現代人は、貢献や信頼より消費や取引を重視し、常に不足と孤立から逃れられないように見えます。

自分ホーソン効果

2週間ほど食べたものを記録しています。体重は計りませんがレコーディングダイエットの要領です。小麦粉、レクチン、果物、砂糖、添加物の最小化が目標で、買っていた食品の多くがネガティブリスト入りする事態に直面し、生活の隅々にこれらが入り込んでいたことを実感します。大豆にたんぱく質を依存してきましたが、レクチンを無害化した納豆や高圧処理された大豆ミート以外は食べられなくなり、代わりにキノコ、海藻、魚を買う機会が増えました。体調や便に目立った変化はありませんが、気になるのはスタミナへの影響です。よく登る西岳山頂までの計測時間を見ると以前と変わりません。人に観察をされることで生産性が向上するホーソン効果は知られますが、食べたものを記録して自分で観察しても食生活の改善行動に効果的なのは新鮮な発見でした。

仕掛け人の休日

八ヶ岳に来るといつもリゾナーレの定点観測に行きます。星野リゾートには20年ほど泊まっていませんが、都市から離れ自然の元に来ても、皆引き寄せられるように、お金が使いたくて自分から商業施設に群がります。薄暗い松林をフィールドアスレチックに変え一人3,000円以上のお金に換えてしまう商売センスの良さにはいつも脱帽します。夢を売る商売には終わりがなく、次々と生み出される新商品に導かれ、おそらくどこまで行っても満たされることはなく、欲求から解放される日は永遠に来ないような気がします。人は自分自身のアイデンティティーを即物的なシンボルとしての消費行動により定義します。日本中至るところに中流的凡庸さが蔓延し、自分自身もその群衆の一部でありながら、こうしたビジネスを仕掛けている人たちは、どのような休日を過ごしているのか想像します。

貨幣経済より信頼経済

昨日は自給自足の住まいを見せていただきました。水は井戸と湧き水、電気はソーラー、トイレはコンポスト、調理や暖房の熱源は薪、食料は自ら耕す畑と害獣駆除の鹿などという夢の生活です。食糧危機が来れば貨幣経済より頼れるのは、自給自足と物々交換、労働交換の信頼経済でしょう。敷地内で伐採された木で建てられたセルフビルドの家から、美しい水田と森を眺めるときに流れる時間は平和でとても豊かです。不器用な自分が今できることは、人体に備わるサバイバル回路である長寿遺伝子のプログラムを働かせることです。カロリー制限状態の体は飢餓環境と解釈し、細胞の防御機能を高め、病気や体の劣化を防ぎエピゲノムの変化を最小限に留め老化を遅らせます。運動を併用すればミトコンドリアはエネルギー産生量を高め筋肉は毛細血管を増やします。最も安上がりにサバイバル能力を高める方法は、カロリー制限と運動かもしれません。

ただただ残念で悲しい

八ヶ岳の赤岳に登りました。山頂で清々しい朝の景色を眺めることができるのは、そこに登山道があるからです。険しい岩稜にルートを切り開いた先人や山中まで草刈り機を持ち込んで整備をしてくれる人への感謝の念が歩く一歩一歩に芽生えます。世界が感謝で満たされるなら不幸は消え去るのでしょう。人は下界での強欲や自己顕示、あざけり、ののしり、人より優位に立とうとするあさましさを忘れるために山に登るのかもしれません。その醜く気枯れた他責の感情がもっとも先鋭化した先にあるのが他人の生命を奪うことです。われわれには、同じ時代を生きる政治家の評価をする資格がありません。その背後にある真実は永遠に分からないか、分かっても関係者が死に絶えるぐらいの時間が必要だからです。今はただただ残念で悲しいです。

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