食べなければ死ぬ?

トルコ・シリア大地震で、278時間ぶりに40代の男性が救出されました。飲まず食わずで生き延びられる限界とされる72時間の壁は、阪神・淡路大震災を契機に使われ始めた用語です。人は呆気なく死ぬもので、定年退職して2、3年のうちに相次いで没した人を何人も知っています。老後は呑気に暮らしたいと思った途端に衰えが始まり、体力や生命力が急速に失われるのかもしれません。一方、驚異的な生命力で不死身のような人もいます。運命と言えばそれまでですが、寒さや飢えのような生命の危機に際し、動物本来の生命力が呼び覚まされ、逆境こそが生命力を高揚させる最大の因子だと思います。72時間で生存確率が著しく低下するのは、食べなければ死ぬという思い込みを持つからで、その4倍もの時間を生き延びた人は、おそらく普通の人が持つ信念体系から自由だったのでしょう。

働くことそのものが自由

学生時代以来のアルバイトは生活に潤いを与えます。非正規雇用を下に見る洗脳が染みついていましたが、見える世界が変わります。アルバイトの語源は仕事を意味するドイツ語に由来しますが、むしろ働く本質に近く、世の中にフルタイムで働く必要のある仕事などあるのだろうかと思います。平日朝だけの勤務ですから給与は少額ですが、働くことからお金の優先順位を下げると、そこには自由な世界が広がります。自己管理が不得手な自営業者にとって、定時に出勤する習慣は生活を引き締め、知的障がいという未知の領域を学ぶ機会になります。好きな運転に加え、富士山を望む屋上でランニングまでできるのは役得でしょう。わずかなバイト代にしても、お金の大切さを学ぶ機会になります。働くことの本質は社会や誰かとつながる喜びであり、「自由のために働くのではなく、働くことそのものが自由なのだ」という先人の言葉を思い出します。

生活習慣病は自分で治せる

最近の悩みは腰痛です。恐らく、近所の知的障がい者施設でランニングを始めたことが原因です。ソールの薄い室内履きで、陸上部出身の利用者と行うダッシュを含む朝練の衝撃が腰に来たようです。元々腰痛は持病でトレランレースを控えている理由でもありますが、慣れない運動で一気に悪化しました。しかし、医者に行く必要もなければ悩むこともありません。腰痛を含む生活習慣病は工夫をすれば自分で治せますし、多くの場合医者にかからない方が良い結果をもたらします。仰向けに寝て、立てた膝を左右に倒すストレッチと、背中の腰の辺りにボールをあて骨盤を立てるようにするだけで改善することは経験済です。他方、以前医者にかかったときは、背骨の曲がったレントゲン写真を見せながら一生治らないと不吉なことを言われました。健康問題に悩む人は少なくありませんが、大半は負荷のかかる体の使い方を改め、簡単なメンテナンスで治ると思います。

見せつける必要がない人たち

四半世紀以上腕時計をしませんが、近年腕時計の復権が見られるそうです。アクセサリーとしての高級時計ではなく、チープカシオと呼ばれるような安い普及品が人気なのは意外です。スマホが脳に与える深刻さが取り沙汰され、スマホの持ち込み禁止の職場が増え、取り出すのが面倒と言うニーズもあるようです。ウサーマ・ビン・ラーディンとその宿敵バラク・オバマが若い頃に使っていたCASIO F-91Wはアマゾンなら1,500円ほどです。薄くて軽くて多彩な機能とヘビーデューティー性を兼ね備えるコスパ最強のモデルは、正確さからアルカイダの時限式爆弾の起爆装置としても使われます。ビル・ゲイツは少なくとも3つのカシオを持ちますがあわせてもせいぜい1万円程でしょう。ローレックスなどできない現ローマ教皇やトップアスリート、世界のセレブリティまでが数千円のカシオをするのは、人に見せつける必要がないからでしょう。

忌まわしい一日?

昨日は忌まわしい一日でした。生活リズムが狂うマンデーブルーでも、天気が崩れる気圧と自律神経の乱れでもなく、ただ何かが狂うことで全てが悪い方向に転がる感覚です。近所の知的障がい者施設で、利用者の迎えのドライバーの朝活をしているのですが、昨日に限って対面通行が困難な細い道でゴミ収集車とすれ違えず7分ほどロスをし、その後も指定車以外通行できないこれも行き違い不可能な道で来ないはずのトラックと鉢合わせし、さらには毎朝のルートが工事中で通れず、いつもなら1、2本の列車の通過で開く踏切がしばらく開かず、何かがおかしい嫌な予感がした矢先、普段はおとなしい利用者に突然暴行を受けた職員が怪我をしました。幸い大事には至りませんでしたが、忌まわしいと感じる人々の集合意識が未来の現実を引き寄せるのだとすれば、未来に不安を感じるのではなく、今に感謝をして力の限り生きることが必要なのかもしれません。

冬こそ薄着

今朝の気温は0度で、昨夜ラブラドールと散歩に出ると風が強く寒さが身に沁みます。しかし、人間とは都合の良いもので、以前ほど寒さが嫌いではないのは、美しい雪の季節の山をまだ楽しめると思えるからです。加えて人体は寒いほど発熱物質である内蔵脂肪を燃やして深部体温を上げ、内蔵の動きが良くなり細胞の代謝が活性化して体を健康にします。日中の覚醒時には高い深部体温が夜になり低下することで眠くなり、良好な睡眠を得るには意識して深部体温を上げることが有効です。寒さは飢餓同様に長年人類を苦しめてきましたが、それを克服した人体にとって、その両者は生命力を高めるのに役立ちます。寒さや空腹に、内臓脂肪の燃焼と長寿遺伝子の活性化という一石二鳥の意味を見出せると寒さは積極的に受け入れるべきものになり、冬こそ薄着で過ごすことで体は寒さに順応し、同様に空腹も苦痛ではなく快感に変わります。

観光立国幻想を捨てよ

1968年に当時の西ドイツを抜き世界第二位の経済大国に躍り出た日本は、1990年の東西ドイツ統一以降も2010年に中国に抜かれるまでその地位を保ちました。いずれインドに抜かれるだろうと呑気に考えていましたが、そのドイツに今年逆転される可能性が高いと報じられます。G7最低の労働生産性と言われる日本に対し、2021年時点の労働時間当たりの実質生産物でドイツは1.62倍です。器用で勤勉とされる日本人の特性を活かすなら、その強さは工業製品や建築物などにおいて発揮され、製造業大国に全ての資源を集中することが日本復権の鍵だと思います。一方で、空港の使い難さを見ても、日本人は外国人のおもてなしに不向きで、観光立国幻想を捨てるべきかもしれません。年々進む高齢化も問題で、シニアの継続雇用という中途半端なやり方ではなく、自ら生産性を高め、生涯を通じて成果を発揮できる環境整備をすべきでしょう。

唯一のこだわりは自分の身体

面倒を減らしたい第二の人生を始めると、執着とこだわりはどちらも無用だと思います。共に一つのことに心がとらわれている状態を示しますが、前者は対象から離れ難い受動的な態度に対して、後者は能動的です。第一の人生におけるこだわりは生活の原動力でしたが、以前は関心のあった料理の美味しい店も、自動車の性能やデザインも、ホテルの贅沢さも、今は興味を感じません。モノが増えるよりパソコン1台で全てをこなせる方が望ましく、音楽を聴くのもラップトップのスピーカーを使います。山で使う帽子は90年代の始めにアメリカで買ったものですし、自転車は34年前に結婚祝いにもらったブリジストン製が現役で、18万km走ったフィアットは法定点検以外に手をかけません。唯一のこだわりは自分の身体で、自然のなかで体を鍛え、味覚を始めとした知覚を磨くなら、何がなくても楽しく生きていけると思います。

週末の午前中は山に行く

昨日の朝活は丹沢に行きました。蛭ヶ岳(1,673 m)に行く予定でしたが、前日降った重い雪にスピードが上がらず、山頂の2km手前で引き返しました。気温が下がる八ヶ岳と違い、首都圏の山は温暖な気候と雪の感触が楽しめるスノーハイクのいいとこ取りができます。家から近い山は土曜日の午後がフルに使えて、交通費であるフィアットの燃料代も800円ほどとお手頃です。休日のレジャーで人気なのは、買い物やグルメといったパッシブレジャーですが、太陽を浴びながら屋外で体を動かすアクティブレジャーは、健康になれる上に概してお金もかかりません。帰路購入したサツマイモを帰宅後焼き芋にしましたが、味付け不要なのにドーパミン系デザートに匹敵する美味しさです。レジャーの本質的な動機は健康のための活動であり、手頃な支出と上質な楽しみを実現する能動的レジャーの最右翼は、週末の午前中は山に行くことだと思います。

唯一の方法は少食

外出をする日は一食、家にいる日は二食の生活パターンが定着し、この1、2年の体重は小学生以来の50kg台を維持しています。よく噛んで丁寧に食べれば少量で満たされますが、産業が発達した現代は全ての商品を過剰に消費しなければ経済が窒息します。現代栄養学は、食べさせ続けるためのプロパガンダだと思います。この1、2万年の間、人体の構造は同じなのに、時代は極端な飽食社会に変わり、消費者は進んで欲しがります。食原病は現代に始まったものではなく、エジプトのピラミッドの碑文には、「人は食べたものの4分の1で生き、残りの4分の3で医者を養う」とのことわざが刻まれると言います。加えて現代の食事に含まれるナノ粒子レベルの食品添加物は、血液や臓器に吸収され炎症を引き起こす疑いが持たれます。人体はタフにできていて、大半の毒を除去してくれますが、その働きに報いる唯一の方法は消化酵素を節約できる少食しかないのでしょう。

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