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真面目に生きさえすれば

早くも2024年の1ヶ月が終わり、限りある人生の時間が無為に流れていくような焦燥感を覚えます。しかし、人生に限りがあるからこそ、人生の質を高めようという気持ちになります。人生の終わりを見つめるようになって、初めて人は人生の目的を探し始める気がします。それまでは目先の快楽に溺れ、非日常の豊かさを求めて、専らの関心は自分の外部に向かい、いらないものにばかりとらわれて来たのでしょう。満たされた生活を目指すほどに、いつしか人生の目的は金を稼ぎ使うという単純なルールに置き換わり、都市という金を生むハコのために生かされることになります。お金が至上価値になると、人生において本来必要ない虚偽のニーズが人々を洗脳し、人間性に溢れる豊かな暮らしとは無関係の贅沢品に夢中にさせます。人生の目標を持ち、日々を真面目に生きさえすれば人間性は高まり、焦ることはないのかもしれません。

犬も歩けば棒に当たる

今年の目標は体に悪いものを食べる回数を減らし、運動を増やすことです。しかし、妻がバレンタインデイのサンプルに買った数種類のチョコレートなどを食べてしまい、運動量を増やして相殺する必要があります。なるべく電車を使わず歩いたり走ったりしたので、今月の平均歩数は18,500歩になります。犬も歩けば棒に当たるで、歩いていると様々な発見があります。先日行った堀ノ内熊野神社の狛犬一対は1801年の作で、石造りの一の鳥居は、文化5年(1808年)に作られたもので11代将軍徳川家斉の銘があります。このような名所旧跡が近所に埋もれていることは歩くことで発見します。歩き回ることで発見するものには興味を引かれる商店も含まれ、昨日は学生時代のノスタルジーに浸れそうな大衆的な洋食屋さんに入りました。何より歩数が増えるとよく眠れるようになり、運動を増やすことは相乗的に健康に近づく道だと思います。

自炊のある暮らし

昨日は春めいた日差しで、来週は早くも立春です。寒い日は続きますが昔ほど寒さが嫌いではないのは、気温が低いと人体は体温を維持するために脂肪を燃焼して、身体を健康にするからです。寒さの影響を受けにくい地下にある自宅では、今年の冬もエアコンの出番はなく、他方で耐乏生活ということもなく、むしろ快適に過ごせます。それはこの時期に食卓に上る、鍋、おでん、湯豆腐を作る際の熱によって家が暖まるからです。調理に伴う熱はやさしく室内の温度を上げ、湿度も保ってくれます。調理のための炎は人々を癒し、かまどからのぼる湯気は幸せな感情をもたらしたと思います。伝統的な家屋に多い囲炉裏の煙でじっくり燻された木材は、味わい深い色になり防虫効果も期待できます。暮らしと深く結びついた自炊のある暮らしこそが、豊かさをもたらす気がします。

肉体の限界に挑む旅行

週末は善光寺の宿坊に泊まる予定でしたが、父の容体が安定しないためにキャンセルをさせて頂きました。外泊をするときは、大半が必然を伴う宿泊なので料金が安く、地元の生活を垣間見ることができる民宿を選びます。レジャーとして泊まるのであれば、静けさのなかで滞在できる冬の宿坊は選択肢の最右翼です。一方で高級と呼ばれる宿泊施設は、他人のこだわりやその能書きを強要されるような気がして、本心では楽しめません。日々の食生活も宿坊などの精進料理を目指しており、本場に触れる機会は魅力的です。庶民の暮らしに余裕ができる江戸中期になると、修験者ではない民衆が霊山などで修行を行うようになり、善光寺詣などが大衆化し、各地の大寺社には宿坊が整備されました。やがてそれは観光事業を形成しますが、当時の徒歩旅行は現代の安楽な旅とは異なり、肉体の限界に挑むような冒険だったのかもしれません。

終の棲家

先日迎えた誕生日が嬉しくないのは、強制的に年齢を思い出させられるからです。まわりの同年代からは、終の棲家や終のクルマといった物騒な話も聞こえてきますが、元気な80代、90代の人から見れば、自分の年齢などは子供でしょう。仮に終の棲家や終のクルマを考えるとすると、弱気にならないように自分に渇(活)を入れるような苦労が絶えない選択でありたいものです。そう考えるなら、10年20万kmをともにしてきた今のフィアットと、このまま寄り添うことが最良の選択肢になります。その点で、今の自宅が終の棲家にならないのは、飽くなき快適さを求める都市にあるからです。南会津町に買った古民家の以前の持ち主から昨夜電話をいただき、雪下ろしをしてあげるとの有難い話でした。終の棲家とは、日々の当たり前がどれほど有難いかが身にしみるような、自然とともに暮らす住まいのような気がします。

どんなものであれ美味しい

誕生日の祝いに妻が気楽なイタリアンレストランでご馳走してくれました。外食には気が進まないのですが、人が負担をしてくれる場合は話が別です。わざわざ行きたいとは思いませんが、普通に美味しい店で満足をしました。世間の店の大半は普通に美味しい店であって、仮にそうであるなら家で食べた方が気楽で出かける手間もありません。過去に行った凄く美味しいと思った店も、期待値が高まり過ぎて再訪したときには裏切られることが少なくありません。行ってみたい店はありますが、料理が食べたいわけではなく、その独特な雰囲気のなかで食事をしてみたいという施設見学が主目的です。断食の健康効果を知ってしまうと、食べることにモチベーションを持ちにくくなります。皮肉なことに、断食明けの食事はどんなものであれ美味しく食べられるので尚更のことです。

幸せな仕事人生

昨日は7年ほどお世話になった日本工学院での最後の授業で、今後はゴールデンウイークに開業予定のサウナ事業に専念したいと思います。いくつかの会社や大学で最終出勤日を迎えましたが、どの日も少しだけ景色が鮮明に映ります。ご多分に漏れず人前で話すことが苦手でしたが、ある日を境に苦手意識が消えた気がします。外資系企業に在職中、社内トレーニングを受けたとき、業界では名の知れたマッキンゼー出身の講師に、「君、話すのがうまいね」と言われた何気ない一言で、単純な性格ゆえ、以来人前で話すのが苦手ではなくなりました。立教大学で講師を始めた2003年以来、20年以上続けたティーチングジョブは、第二のキャリアとも言え、名残惜しくもありますが、前に進むためには今あるものを手放すことが必要かもしれません。幸せな仕事人生とは、好きと得意とお金になる(人の役に立つ)、の交点にあるものでしょう。

唯一の免罪符は断食

昨年末に9日ほどわが家に滞在した、かつてのオーストラリアの留学生が、旅先の台湾から地元のお菓子を送ってくれました。先月の日本を皮切りに、韓国、台湾を回るグランドツアーに出られるのは学生の特権です。気持ちはとても嬉しい反面、今年は健康リスクのあるお菓子を排除すると決めた直後だけに少し複雑な気持ちです。しかし、甘いもの好きの彼女が選んだだけにどれも美味しく、ついつい食べてしまいます。美味しさとは何かを考えると、それはβエンドルフィンに代表される脳内麻薬様物質による陶酔状態です。われわれは高級店の高尚なる食べ物が美味しく、低俗なジャンクフードは美味しくないと考えますが、おそらく脳はその違いを認識しないと思います。健康リスクの高い食品でも、その禁断の味は高級品と同様に満足できるはずです。いずれにしても唯一の免罪符は断食であり、体内のプラークさえも燃焼させてくれる気がします。

自然に眠る

一年を通じてほぼエアコンを使わない生活をしているので、この季節はよく眠れます。とは言えよく眠った日でもせいぜい6時間で、3時間で目覚め、そのまま起き出すこともあります。数十万人レベルの疫学的な調査によると、死亡率が最も低いのは7時間程度眠る人とされ、調査結果を元にした情報が世間に広がります。しかし、健康常識を疑う必要があると思うのは、元気な百寿者や健康長寿の人のなかには、こうした常識とは逸脱した生活をしている人が目立つからです。真面目な日本人は権威付けされた情報を真に受け、自分を不眠症だと思い込み、無理に眠ろうとするので本当の不眠症になります。医学論文のスポンサーが製薬企業であるように、日々目にする健康常識の多くは何らかの意図によって操作されている可能性があります。重要なのは自然に眠り自然に目覚めることであり、外部の雑音ではなく体の声に耳を傾けることだと思います。

冬こそ薄着

週後半にかけて寒波がやってくるようです。朝夕にラブラドールと散歩に行くときや外出時は、なるべく薄着にします。氷点下まで下がる東京の気温も寒いのですが、山の稜線で風に吹かれることを考えれば暖かく感じます。薄着生活の利点は内臓脂肪が燃焼しやすくなることです。日本人は内臓脂肪がつきやすい体質とされ、内臓脂肪が増えると代謝が乱れ、全身性炎症が慢性化すると言います。抗酸化作用により血管を修復するアディポネクチンが減り、高血糖、高血圧、血清脂質異常が起き、生活習慣病や老化を引き起こします。さらに食欲を抑える作用があるインスリンの効きが悪くなることから、食欲に歯止めがかからない悪循環に陥ります。恐ろしい内臓脂肪を減らす自然の機会を、使わない手はありません。人類を苦しめてきた寒さと空腹が、生命力を高め、健康を維持する秘訣であることは、体を鍛え続けよという天の啓示に聞こえます。

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